演出家・筒井潤さんインタビュー 演劇「釈迦ヶ池再訪 / Der Buddha-Teich–erneuter Besuch」
主催:岡本あきこ、FFTDüsseldorf、共催:株式会社precog、助成:NRW州文化科学省、NRW芸術振興財団、文化芸術活動基盤強化基金(クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会、公益財団法人セゾン文化財団
デュッセルドルフの劇場FFT(Forum Freies Theater)で、2013年から開催されてきたNippon Performance Nights。日本人アーティストのためのプラットフォーム、そしてデュッセルドルフの日独交流の場として、数々の現代的そして実験的な作品やプロジェクトを招聘してきた。10周年を迎えた今年、プログラムの一つとして演出家・筒井潤さんの作品「釈迦ヶ池再訪 / Der Buddha-Teich – erneuter Besuch」が上演される。今回脚本・演出のみならず、俳優として舞台にも立つ筒井さんに、本作についてお話を伺った。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)
Jun Tsutsui筒井 潤さん
演出家、劇作家。大阪を拠点とする公演芸術集団dracom(ドラカン)のリーダー。個人での演劇、ダンス、アートツーリズム作品等の演出も多数。様式やジャンルを問わない活動を行っている。
www.dracom-pag.org
異なる言語を話す二人芝居
2019年にFFTで上演された筒井潤さんの演劇「釈迦ヶ池(Shakagaike) – Der Buddha-Teich」では、日本語とドイツ語、それぞれの言語を話す二人の俳優が登場する。ドイツ語のセリフに日本語、日本語のセリフにドイツ語の字幕が舞台に映し出されるものの、「お互い理解できているのだろうか?」という戸惑いがまた観客を楽しませてくれる。今回の「釈迦ヶ池再訪 / Der Buddha-Teich – erneuter Besuch」は、それに続く新作だ。タイトルのほか、二人の俳優が各々の言語を話すという演出はそのまま引き継がれている。
前作に出演した鎌田菜都実さん(左)とナジャ・デュスターベルクさん(右)
そもそも釈迦ヶ池とは、大阪府吹田市にある池で、1880年に「釈迦ヶ池遊猟事件」が起きた場所。当時来日していたプロイセン王国の17歳の皇族ハインリヒとその一行が、「禁猟制札の場所」である釈迦ヶ池にて鴨猟をしたところ、それを発見した村人との間で暴力を伴う騒動となった。最終的に独日の国際問題にまで発展し、日本側が謝罪する形で収められた。
前作の制作時、日独での共同制作において何か良いテーマはないかと探していた筒井さん。そんな折、異なる言語・文化の間で起きたこの事件を知り、作品のモチーフに選んだ。「この事件があまり知られていないこともあって、浮き足立っていました。ただ、このレアな事件を伝えたいという気持ちが先立ちすぎて、前作では事件の紹介が大きな要素になってしまって。だから、次は落ち着いて臨もうという思いがありました」。
さらに、2022年には同事件に関する『プロイセン皇孫日本巡覧と吹田遊猟事件』(山中敬一著、成文堂)が出版される。この本の存在が、事件の紹介ではないアプローチによる筒井さんの作品づくりを後押しした。「すごく詳しく書かれている本なので、これでもう私はその事件を知っているみたいな得意げな気持ちにならずに済むなと(笑)。もちろん今回も事件を取り扱うわけなんですけど」と筒井さん。最終的に新作「釈迦ヶ池再訪」では、1880年にドイツで出版された『Prinz Heinrich’s Weltumsegelung』(未邦訳:ハインリヒ皇子の世界周航記)とやはり同事件をモチーフにした絵本『カモとはらきりじいさん』(岩崎書店、絶版)の2冊を、とにかく読解していくというコンセプトに落ち着いた。新たなアプローチ方法により、前作を観劇していない人でも楽しめる内容になっているという。
あえて女性が演じる、あえて男性が演じる
前作には女性二人が出演したが、今回は二名とも男性が演じる。「話が進むにつれてポリティカルな話題になっていくので、前作ではあえて女性を選びました。男性がいかにも賢そうな表情をして政治的な話をしているのってよくある光景だし、なんならそれさえも批判の対象になりうる。今回は男性二人がそれを自覚してやる。半ばパロディー化するぐらいの方が面白いんじゃないかって」。そう話す筒井さん自身も、今回は日本語を話す俳優として出演する。対するドイツ語は、前作でドラマトゥルクを務めたオレック・ジューコフさんだ。
「前作の制作中に彼から聞くジョークやエピソードが面白かったんですよね。前作も笑いの要素は多く含まれていたんですけど、出演者二人がとても誠実に演じてくれて、誠実さが勝っていたところがありました。今回はもっとばかばかしいことをやろうってオレックと話しています」
どこまでも「分かり合わなさ」を楽しむ
コミュニケーションの齟そご齬から起きた釈迦ヶ池遊猟事件。前作では「分かり合えなさ」がテーマの一つになっていたが、あれから数年、そもそもお題の立て方自体が間違っているのではないかと筒井さんは考えるようになった。「〈分かり合えなさ〉って言っちゃうと、人と人は分かり合うことが前提になっている。他者と分かり合いたいという希望があるし、分かり合えなさには期待と落胆が混ざっているような気がして。だから私が常々考えてきたことは、どちらかというと〈分かり合わなさ〉だったと思うんです。〈分かり合わない人〉といかに同じ空間で共に暮らすことができるのか、それを考える方が現実的だなと」。
新作では、その「分かり合わなさ」の中でいかに対話を続けるかを舞台上で繰り広げる。「対話を重視する世の中ですけど、それはつまり結論を出さないということ。ついつい結論めいたことを言えちゃう人がいたりするんだけど、そうすると対話が終わるんですよね。今回の舞台では、お互いが意地悪なことを言い合ってかわし続けるみたいなやり取りになっています」。
違う言語を話す人はもちろん、日本語を話す者同士だとしても、日常的に「分かり合わなさ」に遭遇する場面は少なくない。筒井さんは「釈迦ヶ池再訪」を通じて、無理に分かり合えなくていいという境地を、私たち観客に見せてくれるのかもしれない。
Nippon Performance Nights
10周年を迎えたNippon Perfomance Nightsでは、11月21日(木)~24日(日)の4日間、全3作品を上演。終演後にはアフタートーク、そしてキュレーターの岡本あきこがNippon Performance Nightsの未来像について観客と語るトークイベントも開催される。フードはアーティスト・キッチンコレクティブ「cookmal」が担当。
プログラム
11月21日(木) | 20:00 | 「釈迦ヶ池再訪」筒井潤 |
11月22日(金) | 18:00 | 「すかすかな石を見る」武本拓也* |
20:00 | 「幾億年のエコー」田中奈緒子* | |
11月23日(土) | 15:30 | 「これまで/これから」トークイベント |
19:00 | 「幾億年のエコー」田中奈緒子 | |
20:00 | 「釈迦ヶ池再訪」筒井潤* | |
11月24日(日) | 15:00 | 武本拓也ワークショップ「知覚で立つ/耳を澄ます」 |
18:00 | 「すかすかな石を見る」武本拓也* |
トークを含む全プログラムは日独両言語で開催。作品やチケットに関する詳細情報(日本語、ドイツ語)はFFTウェブサイト上にて。
https://www.fft-duesseldorf.de/reihen-festivals/nippon-performance-nights
助成団体
Nippon Performance Nights vol.10: 文化とメディアのための連邦政府資金によるBündnis intemationaler ProduktionshUäuserプログラム、NRW州文化科学省、Landesbüro Freie Darstellende Künste NRW、NRW芸術振興財団/FFT: デュッセルドルフ市文化局、NRW州文化科学省/武本拓也: 公益財団法人セゾン文化財団、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京区タートアップ助成]、独立行政法人国際交流基金