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ベルリン国際映画祭閉幕特集 -後編-

若松孝二監督にインタビュー

カリスマ的前衛作家として国際的な人気を誇る若松孝二監督。今年のベルリナーレでは、新作「実録・連合赤軍~あさま山荘への道程」のほか、トリビュートとして過去の作品3本が上映された。702号に続き、ベルリン国際映画祭閉幕特集・後編となる今号では、フォーラム部門でNETPAC (最優秀アジア)賞とCICAE(国際芸術映画評論連盟)賞の2冠を戴いた監督に、同受賞作について語っていただいた。

Koji Wakamatsu
1936年4月1日、宮城県生まれ。高校中退後上京し、さまざまな職を経て映画監督に。1963年にピンク映画「甘い罠」で監督デビュー。“ピンク映画の黒澤明”と称され、次々とヒット作を世に送り出した。65年に若松プロダクションを立ち上げ、足立正生、山本晋也、高橋伴明らを輩出。主な作品に「胎児が密猟するとき」(1966)、「腹貸し女」(1968)、「寝盗られ宗介」(1992)などがある。また、「女学生ゲリラ」(足立正生監督、1969)、「愛のコリーダ」(大島渚監督、1976)をプロデュースするなど、プロデューサーとしても高名である。

権力者側の視点に立って、映画を撮ってはいけない

許せなかった「突入せよ! あさま山荘事件」

赤軍というのは、かつてのファシスト国家にしかないのですよ。国家のいいなりになっていた親の世代への拒否反応から生まれたのです。しかし、連合赤軍は、ドイツ赤軍とイタリアの「赤い旅団」とは違い、権力に対してではなく、自分の仲間たちに銃口を向けてしまった。それを僕は、断じて許すことができません。

今回の作品で、僕は彼らを批判するつもりはありません。中立的な視点から赤軍を描いたつもりです。それをどう受け止めるかは、観客が決めてくれればいい。僕が撮るというと、皆、また革命映画だろうと思うでしょうが、今回は違う。そういうものは、まただれか他の人が撮ってくれればいい。

原田眞人監督の「突入せよ!あさま山荘事件」(2002)を観て、これは許せないと思いました。権力者側の視点に立って映画を撮ってはいけない、というのが僕の持論です。そこで、なんとか事実に近い映画を撮りたいと思った。中で何が起きたのか、世界で何が起こっていたのか、なぜあそこまでいったのかを徹底的に描くために、どうしても60年安保まで遡り、自分でもきっちり理解する必要があった。

全財産を担保に

昔から撮影のスタイルはまったく変わっていません。例のごとく密室劇なので、経済的でしたし、カメラ3人、照明二人、助監督4人という小さいチームで撮りました。役者はオーディションで選びました。皆最初は“イケメン”でしたよ。怒鳴りつけて、繰り返させて、どんどん追い込んでいった末に、ああいう役柄に近い顔立ちになっていったのです。当時の学生たち特有の話し方を教えるのは大変でしたね。赤軍のように合宿をして、撮影をしました。

制作上の制約がなかったので、楽しみながら作れました。自分は絶対にこれを残さなければならないと決めて、自分で資金を集めて、自分ですべてをやりました。全財産を担保に入れました。名古屋に自分の映画館を持っているので、日本ではそこで先行上映をしています。

元赤軍派メンバーと一般観客の反応

若松監督元赤軍派メンバーたちはこれを見て、「ようやく自分たちのことが認められた」と喜んでくれました。肩身が狭かったが、これでやっと面を上げることができると。20年の懲役を終えた植垣康博も見てくれました。東京拘置所にいる重信房子はシナリオに朱筆を入れてくれた。鑑賞後、一般の観客たちはほとんど泣いて出てきます。あまりの衝撃で椅子から立ち上がれないという人もいました。

オウム事件についての記録映画を撮った森達也監督と、3度ほど対談しました。赤軍とオウム、どちらのケースでも、優秀で生活に困らない若者たちがテロ事件を引き起こしている。しかし、麻原彰晃が自分の欲望を満たすために組織を利用したことに対し、森恒夫は、本気で革命を起こそうとしたと思うんです。

今度の作品にもエロティシズムを期待した観客がいるかもしれませんが、これは実録ですからね。実際、少しでも変なことを考えたら、それこそ「粛正」ですよ。殺されてしまうんです。植垣は「俺は適当にやってたよ」とか言うけれど、その事実は残っていない。昨今のいじめと同じで、閉塞情況のはけ口が、暴力や他者の排除に行ってしまったのでしょう。

僕はパレスチナ難民キャンプ、サブラ・シャティーラの大虐殺(レバノンのベイルート市内で1982年に起きた虐殺事件)の後を訪ねたことがありますが、恨みを持って死んだ人の顔は凄まじいものです。リンチ死した赤軍メンバーの死顔はそれとは違う。彼らは粛正されても恨んではいなかったのではないのでしょうか。永田洋子に「総括」を強要され、遠山美枝子が自分の顔を打つシーンだけは、特殊メイクを雇いました。鏡に映る遠山の腫れ上がった顔が、永田の顔と並ぶところで、永田に「この醜い顔は、あなたの内面そのものですよ」と言ってやりたかった。

警官を映画の中で殺すために監督になった

僕は映画の中で警官をたくさん殺してやろうと思って、監督を志しました。僕ほどたくさん権力者を殺した人間はいないんじゃないですか?皆僕に騙されて、お色気目当てで映画館に来て、バサッと刀で切られるような目に遭って帰っていく。僕は人に気に入られたくて映画を作っているわけじゃない。作品は、手をかけなくても自然に育っていくものです。いまの日本は難病や犬猫の映画、マンガの映画化、リメイクばかり。程度の低いものを作って、宣伝にお金をかけている。皆バカですよ。

僕が影響を受けたのはゴダール(ジャン=リュック・ゴダール、フランスの映画監督)だけです。彼に「映画には文法がない」ということを教わって以来、自由に作るようになりました。きちんとした考えさえあれば、どんなに無茶苦茶に撮ってもちゃんと繋がります。日本の映画から学ぶことなんて一つもありません。向こうは僕から学んでいるかもしれませんがね。それでも大島渚には共鳴しますし、北野武は好きです。いちばん好きなのは「あの夏、いちばん静かな海」かな。あれと同じで、「実録・連合赤軍」も青春映画なのです。青春はなんでもありです。そして苦しいです。僕の映画はどれも苦しいんですよ。

(INTERVIEW:KAYO ADACHI-RABE)

ベルリナーレでの若松作品

100本以上のアヴァンギャルドな“性と革命の映画”を撮った若松孝二監督を、再評価する機運が高まっている。今回のベルリナーレでは彼の初期作品3本と、新作「実録・連合赤軍~あさま山荘への道程(United Red Army)」が出品され、大反響を呼んだ。

写真:©Internationale Filmfestspiele Berlin

壁の中の秘め事
「壁の中の秘め事」
そのうち「壁の中の秘め事(Secrets Behind the Wall)」は、1963年にベルリン映画祭のコンペティション部門に出品されたもの。ある団地の住人たちの欲望と孤独が織りなす心理ドラマだ。当時日本では「国辱ムービー」のレッテルを貼られたが、欧州ではスタイリッシュな映像で高い評価を得ている。
ゆけゆけ第二の処女
「ゆけゆけ第二の処女」
「ゆけゆけ第二の処女(Go, Go Second Time Virgin)」(1969)は、驚くべき画面展開で、今回特に注目を浴びた傑作。若者たちの性衝動をニヒルな世界観で捉えている。監督の思想的盟友である足立正生の脚本が、透徹した不条理を追求した。
天使の恍惚
「天使の恍惚」
「天使の恍惚(Ecstasy of the Angels)」(1972)は、一連の赤軍事件に対する若松監督の直接的なリアクションといわれる。追いつめられたアナーキストたちが、内部分裂しながら爆弾テロに走る。過激な内容のため、公開当時は上映拒否が相次いだ。
実録・連合赤軍~あさま山荘への道程
「実録・連合赤軍
~あさま山荘への道程」
上映時間3時間の大作「実録・連合赤軍~あさま山荘への道程」は、学生運動の始まりから、アジトでのリンチ事件を経て、あさま山荘事件に至るまでの過程を、記録資料を交えながら人間ドラマとして再現したもの。自らも赤軍に参加していた若松監督ならではの、鬼気迫る映像が胸を打つ。上映後のディスカッションも大いに盛り上がった。

(TEXTE:KAYO ADACHI-RABE)

第58回ベルリン国際映画祭レポート
ファンタジーとドキュメンタリーの繚乱

今年のベルリナーレでは、商業的な劇映画よりも、想像力豊かな実験的作品やドキュメンタリー映画が俄然光って見えた。足立ラーベ加代(映画研究者)

傑作ぞろいのドキュメンタリー作品

マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督による、ローリング・ストーンズのコンサート記録映画 「Shine a Light」(米国)は圧倒的だった。伝説のザ・バンドの解散ライブ記録「ラスト・ワルツ」から30年、スコセッシは最新の技術でスターたちの強烈な存在感と対決するかのように、挑発的な撮り方をしている。「ただの記録ではなく、カメラや編集の力によるポエジーを発散させたかった」という。劇作家だったチェコ共和国初代大統領の記録をP.コウテツキ(Pavel Koutecky)と M.ヤネク(Miroslav Janek)監督が撮った「市民ハヴェル(Obcan Havel)」(チェコ)でも、国賓としてストーンズが現れ、独特の愛嬌を振りまいていた。こちらも突出した人物の素顔に迫った快作である。

 Shine a Light 市民ハヴェル
左)Shine a Light 右)市民ハヴェル(Obcan Havel)
©Internationale Filmfestspiele Berlin

ユンゲ夫妻(Winfrien Junge&Barbara Junge)の世界最長観察記録「ゴルツォーの子どもたち(Die Kinder von Golzow)」の最終巻「...dann leben Sie noch heute...」(ドイツ)も絶賛を浴びた。この作品は、1961年に、ある小学校に入学したひとクラスの子どもたちの人生を、2007年まで追ったもの。同窓生でいちばん出世した隣り町の町長になった女性の、ドイツ統一後の失脚には泣かされる。この作品に現れる“本物の生活時間”は、唯一無比の映画的体験ではないだろうか。

日本在住の中国人監督リ・イン(Li Ying)のドキュメンタリー「靖国」(日本/中国)④もすごい。不毛な議論を重ねるよりも、現場を知ることが肝心なのだ。「ご神刀」の鋳造所や、軍服姿の人や政治家たちが参拝に来る異様な場面など、いまでは撮影禁止になった境内の様子を衝撃的に伝える、貴重な記録である。

ゴルツォーの子どもたち(Die Kinder von Golzow) 靖国
左)...dann leben Sie noch heute... 右)靖国
©Internationale Filmfestspiele Berlin

独創性と想像力の競演

カナダのガイ・マディン(Guy Maddin)監督の「My Winnipeg」は耽美的な疑似無声映画で、かつ監督の故郷を紹介する疑似記録映画だ。弁士は監督本人。雪の降り止まない故郷を後にする列車の中で、主人公が子ども時代を回想する。前進するごとに後退する記憶、遠ざかるほどに立ちふさがる故郷。雪が見せる夢のように幻想的な、美しい映画だ。

フランスのミシェル・ゴンドリー(Michel Gondry) 監督の「Be Kind Rewind」も独創性で群を抜いていた。あるレンタルビデオ屋で、カセットの中身が磁気を帯びて全部消えてしまう。商売を続けるために、店員たちが人気映画を次々と自分たちで撮り直す。「ゴースト・バスターズ」「キングコング」「キャリー」など、悪趣味な選択も爆笑ものながら、チープな素材で有名シーンを再現する、瞬間芸の連発にお腹がよじれる。普通の映画の何倍ものアイデアが詰まった、才気ほとばしる作品だ。荻上直子監督の「めがね」、押井守監督の「真・女立喰師列伝」もやはり、だれにも真似のできない独特の発想で、世界の秀逸なファンタジー映画と肩を並べた。

ゴルツォーの子どもたち(Die Kinder von Golzow) 靖国
左)My Winnipeg 右)Be Kind Rewind
©Internationale Filmfestspiele Berlin

オードレイ・エストゥルゴー(Audrey Estrougo)監督の「Regarde-Moi」(フランス)は、ドキュメンタリータッチの劇映画。パリ郊外の団地でたむろする多国籍の若者たちの物語が、最初は男の子たちの側から、そして次に女の子たちの視点から繰り返し語られる。この視点の転換の仕方が画期的だ。ライバル関係にある女の子同士の友情が、赤裸々に描かれていて感動的だった。主人公の住空間を面白く捉えている点で、廣末哲万監督の「夕日向におちるこえ」や、熊坂出監督の「パークアンドラブホテル」も斬新だった。

Regarde-Moi
Regarde-Moi
©Internationale Filmfestspiele Berlin

娯楽映画 vs 実験映画

商業映画としては、ポール=トーマス・アンダーソン (Paul Thomas Anderson)監督の「There will be blood」(米国)が傑出していた。石油王を演じたダニエル・デイ=ルイスとうさん臭い宣教師役のポール・ダノの、悪党ぶりが猛烈にうまい。轟音のような音楽がスクリーンを何倍にも膨らませる。

ジェームス・ベニング(James Benning)監督の実験映画「RR」(米国)は孤高の名作だった。列車が現れ、風景の中を通り過ぎるまでを延々と撮る。こんなところによく列車が来るものだとか、金属音にもいろいろな音色があるなあとか、この角度で列車が通りすぎるのが、これほど痛快なのはなぜだろうなどと感慨に浸りつつ、感覚の刺激に没頭できる。「列車はそれ自体が映画的です」とおっしゃる巨匠に、今年もまた多くを学んだ。

There will be blood, RR
左)There will be blood 右)RR
©Internationale Filmfestspiele Berlin

(TEXTE:KAYO ADACHI-RABE)

 
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