バウハウスから現代へと受け継がれる
機能美から生まれたドイツデザイン家具
コロナ禍で家具の需要が伸び、空前の家具ブームが続く今、改めてドイツ生まれの家具が注目されているという。その秘密は、バウハウスの精神を継ぐドイツデザインの特徴にあるようだ。本特集では、建築家・和田徹さんにお話を伺い、家具におけるドイツデザインの原点を探るとともに、ドイツ家具の魅力に迫る。(Text:編集部)
ドイツデザインの原点はバウハウスにあり!
お話を聞いた人
和田 徹さん
スイス・バーゼル在住の建築家。スイスと日本を拠点に、建築や空間デザイン、アート、グラフィック、プロダクト、編集、教育、観光の分野でなど幅広く活動する。ドイツのデザイン史についても造詣が深く、自身の仕事もバウハウスをはじめとするドイツデザインからの影響を受けている。世界中の家具をコレクションするヴィトラ・デザインミュージアムで日本語ガイドも務めている。
アトリエ・トオルワダ:www.ateliertoruwada.com
「装飾美」から「機能美」へ
産業革命以前までの欧州の家具は、国ごとに大きな違いはなく、装飾が多いことが特徴でした。一つひとつ職人によって作られた家具は、何世代にもわたって受け継がれていき、そうした文化は現代でも残っています。産業革命が起こると、家具製造の分野も次第に工業化されていきました。それによっていろいろな新しい技術や素材が登場し、家具職人たちは装飾ではなく、次第に機能性に目を向けるようになります。
さらに20世紀に入ると、手工業の伝統を守りつつ、どのように工業化させ、新しいものを取り入れていくか、ということが職人たちの間で話し合われるようになります。そのためには教育が必要だ、という流れから1919年に誕生したのが、総合的教育機関「バウハウス」でした。バウハウス初代校長で建築家のヴァルター・グロピウスは、建築はさまざまな分野とつながっており、それらをもう一度見直して、建物や家具のデザインに反映していこうという理念を掲げていました。そのため、学生たちは建築だけでなく、色彩や造形などさまざまな科目を学んだのです。こうしたバウハウスというムーブメントのなかで、いわゆる「ドイツデザイン」が誕生します。その主な特徴は以下の3点です。
- 機能美を重視する
- 合理性と新しいテクノロジーを重視する
- 装飾を排除しミニマルを重視する
バウハウスの幾何学的なデザインは、こうした要素から成り立っています。また色彩学に基づいて配色されるなど、全て理にかなったものをデザインに取り入れているんですね。その代表例は右に挙げているような家具です。しかし、バウハウスによって確立されたドイツデザインは、1933年のバウハウスの閉校、つまりナチスが政権を握ってから第二次世界大戦が終わるまで、暗黒時代を迎えることになりました。
進化を続けるドイツデザイン家具
戦後間もなくして、ドイツデザインの先駆者といわれる工業デザイナーのディーター・ラムスが登場します。彼はバウハウスで確立されたドイツデザインの思想を再び取り上げて、自分のデザインに反映しました。バウハウスの時代と違うのは、電化製品もデザインするようになったこと。ますます機能美を追求したドイツデザインは、実はAppleの創始者であるスティーブ・ジョブズからも注目されていました。ジョブズは初代Macのデザインを、ドイツの工業デザイナーであるハルトムート・エスリンガーに依頼しているんです。今のApple製品を見ても、機能美を重視していることが分かりますよね。
家具メーカーの多くは専属のデザイナーがいるわけではなく、プロダクトごとにデザイナーに依頼します。いろいろな人とコラボレーションしながら家具をつくるというのが主流。ラムスやエスリンガーをはじめとする戦後のデザイナーたちによって、バウハウスの精神を原点とするドイツデザインが、さまざまな家具メーカーの製品として受け継がれてきたのです。
コロナ禍で家具が売れているのには、それなりに理由があります。人々が自宅で仕事をすることになり、それに適したデスクがないといけない。家族が多いと、スペースを取る大型家具を置くわけにもいかない。そういった状況下で、形や用途を変えられて、いろいろな環境に対応できる家具のニーズが高まってきているんですね。長時間快適に座っていられる椅子や何年も使える家具など、ドイツデザインの重視する「機能美」が今改めて注目されているといえます。以下では、ドイツデザインをベースにしながらも、常に新しい家具を生み出してきた作り手をご紹介します。
バウハウスの代表的な家具
Clubsessel B 3 ワシリーチェア
建築家マルセル・ブロイヤーによるこの椅子の通名は、バウハウスで教鞭を執った画家ワシリー・カンディンスキーの名にちなむ。直線と弧と円で構成され、新しい素材として鉄パイプを使用している
Satztische ネスティングテーブル
美術家ヨゼフ・アルバースのデザインで、異なる大きさの四つのテーブルにもなり、一つにまとめることもできる。使い勝手が良いのはもちろんのこと、収納性にも優れている
Bauhaus-Wiege ゆりかご
建築家ペーター・ケレルによるデザイン。三角と丸を使った幾何学的な要素で構成され、配色も色彩学の理論に基づいてなされている。バウハウスの典型的なデザインの一つ
ドイツが誇る家具ブランド&デザイナー
機能美や柔軟性を重視するドイツデザインの家具は、世界中に愛用者が存在する。そんなドイツ家具は、どんなメーカーやデザイナーによって世に広められ、進化を遂げてきたのか。それぞれの代表的な家具にスポットを当てながら、その魅力をさらに深掘りする。気に入った家具があれば、購入を検討してみては?
曲木技術のパイオニアThonet
トーネット社
欧州の老舗カフェでよく見かける曲木椅子。この特殊な技術を生み出したのが、トーネット社の創設者であるミヒャエル・トーネットだ。ボッパルト・アム・ラインで、トーネットは曲木技術を用いてエレガントな椅子を作っていた。それに目をつけた旧オーストリア州首相の計らいで、1849年にウィーンに拠点を移すことに。
そして1859年に誕生したのが、ウィーンのカフェ文化を象徴する曲木椅子「Nr.14」(現在は214)だ。無垢の木を曲げて作られたこの椅子は、36個の部品に分解でき、大量生産を実現させた。世界中に送り出されたこの椅子は160年以上も愛され続け、2021年のドイツサステナビリティ賞デザイン部門を受賞している。バウハウスにも影響を受けた同社は伝統を守りながら、ドイツデザインを世界に広める立役者ともなった。
創業年:1819年
創業場所:ボッパルト・アム・ライン
www.thonet.de
座り心地を追求したソファが自慢Brühl
ブリュール社
ブリュ―ル社は環境に優しい素材を用い、高品質で長持ちするソファを得意としている。「生きた多様性」を掲げ、豊かな想像力にあふれたデザインによって、座り心地や多機能性を重視した家具を製作。生活におけるさまざまな変化やニーズに対応してくれる。
現在クリエイティブ・ディレクターを務めるのは、創業者の娘であるカティ・マイヤー・ブュ―ル。デッサウのバウハウス校で学んだほか、コペンハーゲンやロンドン、ニューヨークでも経験を積み、国際的にも高く評価されている。ドイツの建築デザイン賞Iconic Award2021を受賞したeasy pieces foreverも、彼女が手掛けたソファー。その名の通り、ベースフレームと優雅なクッションのみでシンプルに構成されているが、部屋や用途に合わせて自在に組み替えることができる。
創業年:1948年
創業場所:バート・シュテーベン
https://bruehl.com
バウハウスの名品を復刻Tecta
テクタ社
建築家のハンス・ケーネッケによって創設された「Tecta」は、ラテン語で「形作る」という意味の家具メーカー。1972年に東ドイツから亡命してきたヴェルナー・ブルッフホイザーと息子のアクセルによって引き継がれた。アクセルは、当時まだ存命だったバウハウスの巨匠たち、マルセル・ブロイヤーやヴァルター・グロピウスなどと交流し、名作家具の生産を実現していった。
そんなテクタの代名詞ともいえるのが、キャンチレバー構造の椅子(Krangstuhl)だ。キャンチレバーとは、曲線パイプによって片側だけでバランスを取る構造。バウハウスでは脚の構造に弱点があったが、テクタ社独自の特許技術で復刻が可能になった。2020年に発表されたキャンチレバーチェアの新作D9は、一筆書きのような曲線のフレームと、身体をしっかりホールドしてくれるボリュームのある背もたれが特徴だ。
創業年:1956年
創業場所:ラウエンフェルデ
www.tecta.de
自然も人も優しく支える木製家具Hülsta
ヒュルスタ
創業者のヒュルスと、創業場所であるシュタットローンを掛け合わせて名付けられた「ヒュルスタ」。小さな家具工房としてスタートしたが、創業者の息子であるカールが、ドイツで最も有名な家具ブランドの一つへと成長させた。職人たちが伝統的な家具作りに励む一方で、1968年には世界で初めて「システム家具」の理論を打ち出したほか、220以上の技術で特許を取得。また、自然保護の観点から熱帯雨林の木材を使用せず、自然にも人にも優しい木材を厳選している。
そんなヒュルスタの家具の中でも、今まさにおすすめしたいのが無垢材を使った「HOME OFFICE - SolitärSchreibtisch」。在宅勤務をイメージしたこの机は、パソコンなどを使った作業にも十分なスペースがあるだけでなく、棚も付いているため機能性が抜群だ。
創業年:1940年
創業場所:シュタットローン
www.huelsta.com
ドイツを代表する工業デザイナーDieter Rams
ディーター・ラムス (1932-)
戦後、ドイツデザインに再び息を吹き込んだディーター・ラムス。工業デザインという分野を切り開き、長年家電メーカーのブラウンの専属デザイナーも務めていた。機能美を追求したラムスのデザインは、バウハウス時代の色彩はないものの、金属やプラスチックなどの素材をそのまま活かしたシンプルさが特徴だ。
そんな彼を代表する家具は、Regalsystem 606。1960年につくられたこの棚は、自由にレイアウトできる、システム化された初の家具である。従来の決まった大きさや形をした棚では、各々のニーズに合わないことに目を付けたラムスは、棚のシステム化を思いついたという。設置の仕方は、壁にトラックを取り付け、あとは好きな位置に棚板を取り付けるだけ。和田さんも愛用する家具の一つだ。ラムスがデザインした電化製品やモダン家具は、世界中の美術館に展示されている。
時代を先取りする現役デザイナーKonstantin Grcic
コンスタンティン・グルチッチ (1965- )
ロンドンで学んだ後、工業デザイナーとして花開いたコンスタンティン・グルチッチは、現在はベルリンを拠点として活躍している。グルチッチの家具は、ドイツデザインの機能美やシンプルさが取り入れられながらも、遊び心のある柔軟なデザインが特徴だ。数々のデザイン賞を受賞しており、一部の家具はニューヨーク近代美術館(MoMA)にも所蔵されている。
2016年にヴィトラから発売されたStool-Toolは、コロナ禍でも注目される家具の一つ。椅子とテーブルを組み合わせたこの家具は、そのまま座ることはもちろん、またいで座ることで背の部分をテーブルにすることもできる。キャスター付きで重ねて収納できるので、家庭だけでなくオフィスの共有スペースなどとも相性が良い。ニューノーマルを生み出すグルチッチのデザインは、今後も進化を続けていくだろう。
家具デザインの歴史をもっと知りたい人に ヴィトラ・デザインミュージアム
ヴィトラは、1935年にスイス・バーゼルで創業した家具ブランドだ。米国のデザイナーであるイームズ夫妻の家具を欧州で広めた企業としても知られる。理念に「多様性」を掲げ、ドイツのデザイナーはもちろん、多くのクリエイターとコラボレーションしながら、数多くの家具を作り続けてきた。国境を挟んだドイツのヴァイル・アム・ラインに工場があり、1989年に同じ敷地内にデザインミュージアムをオープンさせた。
世界中の家具がコレクションされた常設展のほか、テーマごとに深堀りする展覧会はマニアにも定評あり。現在会期中の展覧会「Deutsches Design 1949–1989」(開催中~9月15日まで)では、戦後40年のドイツデザイン史を知ることができ、ディーター・ラムスのデザイン製品も展示されている。工場見学と合わせて1日たっぷり過ごすプランがおすすめだ。和田さんの日本語ガイドはメール( このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください )で予約可能。
Vitra Design Museum
Charles-Eames-Str. 2, 79576 Weil am Rhein
www.design-museum.de
※新型コロナウイルス感染症の影響により、チケットは要予約。最新情報はウェブサイトにてご確認ください。