5年に一度の現代アートの祭典ドクメンタ15を観に行こう!
ドイツ中部の都市カッセルで、5年に一度100日間にわたって開催される大規模な現代アート展「ドクメンタ」。15回目となる今回は、ドクメンタ史上初めてアジア出身のアート・コレクティブが芸術監督に選ばれ、これまでにない芸術祭の形で注目を集めている。特集では、そんなドクメンタ15を楽しむためのさまざまなヒントをお届けする。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)
目次
「アートではなく友だちをつくろう」現代美術展のイメージを覆すドクメンタ15
ドクメンタとは?
もとはナチス政権によって「退廃芸術」の烙らくいん印を押されたモダンアートの回復と、第二次世界大戦の被害を大きく受けた復興を目的に始まった。第一回目は1955年にカッセルの芸術家で教育者のアーノルド・ボーデの主導で開催されたが、1975年のドクメンタ5以降はその都度異なる芸術監督を選出。その時代に問いを投げかけるような強いテーマ性を持った国際現代アート展となっている。
ドクメンタ15の芸術監督「ルアンルパ」
ドクメンタ15には、インドネシアのアート・コレクティブの「ルアンルパ」が芸術監督に選ばれた。東アジア出身者で、かつグループが選ばれるのはドクメンタ史上初だ。ルアンルパは2000年、表現の自由と集会の自由が厳しく制限されていたスハルト政権末期に美術学校で学んでいた学生たちが結成。アートスペースの運営をはじめ、展覧会やワークショップなどを通して、インドネシアの都市生活や文化的課題にアプローチしてきた。
2020年には、ドクメンタ15のためにルアンルパのメンバーのうち2人がカッセルに移住。彼らが掲げるモットー「Make friends, not art」(アートではなく友だちをつくろう)のもと、地元カッセルとの親交を深めてきた。またドクメンタ15には、アート界のスターではなく、主にグローバル・サウス(アフリカ、アジア、南米など、資本主義のグローバル化によって負の影響を受ける人々や場所)のアーティストやコレクティブを67組招待。その多くがカッセルに長期滞在し、展示やパフォーマンスだけでなく、庭の手入れや食事会、カラオケの夕べ、美術館内のスケートボード場や野外サウナなど、想像力に溢れた場所を創り出している。アーティスト同士の交流やカッセルでのプロジェクトは、ドクメンタ15の閉幕後も続いていく予定だ。
反ユダヤ思想をめぐる論争も
オープニング直後の6月21日、反ユダヤ主義と批判された作品が布で覆い隠されるという異例の措置が取られた(写真下)。問題となったのは、インドネシアのタリン・パディが2002年に発表した垂れ幕の作品「People’s Justice」(人民の正義)。インドネシア軍事政権下での困難を他国の戦争や暴力と結びつけて批判的に表現した本作には、イスラエルの国家情報機関のメンバーや、SS(ナチス親衛隊)の帽子を被った人物などが描かれていた。
「People’s Justice」(人民の正義)
ルアンルパやタリン・パディは声明を出し、反ユダヤ主義との関係を否定した上で、作品によって傷ついた人々への謝罪を述べた。作品はその後撤去され、ほかの出展作も改めて審査されるという。また今後、連邦政府からドクメンタに資金提供すべきでないとの意見や、それに対して「芸術の自由」の侵害ではないかという懸念も。6月29日には「芸術における反ユダヤ主義」と題したパネルディスカッションも行われたが、それ以降も一部アーティストが展示を自主的に取りやめるなど、論争の着地点は見えていない。
しかし、こうした混乱の影にドクメンタ15のエネルギーに満ちた空間が覆い隠されてはならない。非欧米圏を中心とするアーティストたちの視点を通して、西欧中心では見えにくい差別や社会問題に光を当てること、そして新たな世界の捉え方を提示することこそが、ドクメンタ15が目指すところなのだから。整然と並べられた作品を鑑賞するだけではなく、世界各地のコレクティブは、あらゆる体験を通して人々と語り合うよう来場者をいざなっている。
参考:www.documenta-fifteen.de 、The New York Times「Documenta was a whole vibe. Then a scandal killed the buzz.」、Süddeutsche Zeitung「Antisemitismus-Eklat im Mittelpunkt: documenta geht weiter」
ドクメンタ15をひもとくキーワード
ドクメンタ15では、コンセプトやアートに取り組む姿勢を表す、さまざまな言語のキーワードを掲げている。それは「英語が世界共通語」という西欧中心の考え方から距離を置き、ほかの文化圏の価値観から学ぼうとする姿勢でもある。ここではその一部を解説する。
KEY1ルンブン Lumbung
インドネシア語で共有の米倉のこと。同国では、農家が収穫して余った米をルンブンに貯蔵し、共同体で分け合うという。ルアンルパは、この言葉をドクメンタ15の中心的なコンセプトとし、さまざまな資源やエネルギー、資金、アイデア、知識などを共有し、分け合うことをテーマとした。ドクメンタ15の参加アーティストやコレクティブは、ルンブン・メンバーおよびルンブン・アーティストと呼ばれる。
KEY2マジェリス Majilis
アラビア語で、共同体の重要な問題を決定するための集会を指す。ドクメンタが始まる前からドクメンタチームや参加アーティストを集めたマジェリスや、小さなグループに分かれてのミニマジェリスが何度も開かれ、アイデア交換や重要な決定を行うほか、参加者同士の交流を深めた。
KEY3ノンクロン Nongkrong
インドネシア語のスラングで、仲間とぐだぐだおしゃべりしたり、お酒を飲んだりすること。インドネシアには昔から根付いている習慣で、ぶらぶらと時間を過ごすなかで自然な交流が生まれるという。ルアンルパはドクメンタ15の楽しみ方として、来場者にもこの方法を勧めている。
ドクメンタ15の必見会場6選
ドクメンタ15では、中心部のミッテ地区や緑豊かなフルダ地区をはじめ、ノルトシュタット地区、工業地域のベッテンハウゼン地区など、市内に点在する計32カ所で展示が行われている。そのなかでも、特におすすめの会場と作品をピックアップ。
INFORMATION
開催期間:2022年6月18日(土)〜9月25日(日)
開催時間:10:00〜20:00
チケット:1日券27ユーロ(19ユーロ)、2日券45ユーロ(32ユーロ)、夜間入場券12ユーロ(8ユーロ)、ファミリー券60ユーロ、全期間券129ユーロ(104ユーロ)
※かっこ内は割引価格
www.documenta-fifteen.de
ルルハウス1. ruruHaus
ドクメンタ15の「リビングルーム」とされているruruHausは、もとは1950年にオープンしたデパートだった場所。ドクメンタ15のオープン前から、ここでアーティストたちによる会議や食事会などが行われ、期間中も展示はもちろん、シンポジウムやワークショップ、ディスカッションなどさまざまなイベントが催される。ドクメンタの案内所をはじめ、書店やカフェ、スマートフォンなどの充電ステーションも完備されているので休憩場所として利用するのも◎。
Obere Königsstr. 43, 34117
www.ruruhaus.de
フリデリチアヌム2. Friederichianum
ドクメンタのメイン会場の一つ。ドクメンタ15では、フリデリチアヌムに「Fridskul」(Fridericianum als Schule、学校としてのフリデリチアヌム)という新たな名前を付け、さまざまな教育の可能性を探るという。作品の展示だけでなく、アーティストたちの居住・作業スペースやキッチン、図書館、子ども向けのワークショップスペースや託児所などもあり、「学びの場」として機能する。アジアやアフリカ各国のコレクティブによる、さまざまな国の芸術的・政治的活動を記録したアーカイブを観ることができるほか、アボリジニの主権を守るために闘う人々のイメージが鮮やかな色彩で描かれた、リチャード・ベルの絵画作品も必見。
Friedrichsplatz 18, 34117
ドクメンタハレ3. Documenta Halle
ドクメンタハレへの入り口は、さびたトタン屋根でできた構造物になっている。これはナイロビのコレクティブWajukuu Art Projektによるもので、ここをくぐると彼らのインスタレーションがナイロビのストリートノイズと共に現れる。キューバ出身のタニア・ブルゲラを中心とするINSTARは、一党独裁が続くキューバ政府から厳しい検閲を受けたアーティストらの作品を展示。ドクメンタという国際展を通して、表現の自由や社会平等を守るための切実な声が世界に届けられる。ほかにもバングラディシュのアーティスト集団Britto Arts Trustによる大壁画をはじめ、タイのコレクティブBaan Noorg Collaborative Arts & Cultureによるスケートボード場では誰でも滑ることができるなど、圧巻の大型作品が並ぶ。
Du-Ry-Str.1, 34117
4. WH22
会場は19世紀にワインショップ「グンデラッハ」の本社ビルとして建設され、その後はクラブやバーが軒を連ねるナイトライフの中心地だった所。パレスチナのコレクティブThe Question of Fundingは、ガザ地区のアーティスト集団Eltiqaと展覧会を共同で企画。彼らは開催前には反ユダヤ主義の疑惑をかけられたが、実際に展示がスキャンダルになることはなかった。またトリニダード・トバゴのAlice Yardは、100日間のレジデンスプログラムを実施。9人の招聘アーティストがここで生活し、カッセル各地の会場で作品を展開する。
ハーフェン通り765. Hafenstraße 76
カッセルにはかつて貨物輸送のための港があり、古い産業用の建築が多く残るエリアがある。1907年に建てられたHafenstraße 76の建築もその一つで、9組のアーティストが作品を展示。数あるインスタレーションの中でも注目したいのが、ベルリンのグラフィックアーティスト、Nino Bullingによるドローイング作品だ。シルクに描かれたシンプルな線の中に、クイアの人たちの情緒溢れる愛の物語が広がっている。ベルリンで活動する3人組のコレクティブFehra's Publishing Practicesは、冷戦時代の公文書を訪ねる3人の女性を題材にしたフェミニズムの物語『Borrowed Faces』を、コミカルなフォトノベルで展開する。
Hafenstr. 76, 34121
ヒュブナー社跡地6. Hübner-Areal
ベッテンハウゼン地区は、ドクメンタ15が新たに会場にした工業地域で、この建物はバスや列車などの部品を製造するヒュブナー社がつい最近手放した場所。マリからは世界的に有名なフェスティバルを立ち上げたFondation Festival sur le Nigerが参加し、マリの伝統的な操り人形をはじめ、コンサートや演劇、映画などを展示。会場内に張られたテントには円形のクッションを並べた団だんらん欒空間が広がり、アーティストらや来場者でティータイムを楽しめる。またJatiwangi art Factoryは、屋根瓦や石のインスタレーションを展示するほか、音楽ライブやパフォーマンス、ディスカッションなどを通じて展示ホールを活性化させる。
Agathofstr.15, 34123
知ればもっと世界が広がる注目すべきアーティスト&コレクティブ
ドクメンタ15が世間を驚かせたことの一つは、スターアーティストがほとんど参加しておらず、世界各地でローカルに活動するコレクティブが招待されたことだった。メイン会場以外にも、ぜひドクメンタで観るべきアーティスト&コレクティブをご紹介する。
インドネシアAgus Nur Amal PMTOH
インドネシアのストーリーテラー、Agus Nur Amal PMTOH。ドクメンタ15の記者会見では、自作の段ボール製テレビと一緒に登場。カッセルの子どもたちとのワークショップをもとに作ったフルダ川の未来についての歌を歌い、喝采を浴びた。グリムヴェルトでは、そんな彼の色彩豊かで遊び心いっぱいのインスタレーションが広がり、生き生きとした物語の世界をさらに楽しめる。
展示場所:Grimmwelt Kassel(Weinbergstr. 21, 34117)
ウガンダWakaliga Uganda
Wakaliga Ugandaはウガンダの貧民地区を拠点とする映画制作チームで、超低予算(推定200米ドル)で制作されたアクション映画で知られる。ドクメンタハレの一番奥には、自作の映画ポスターがたくさん貼られた暗い廊下が続き、そこを抜けると彼らの長編映画が上映されている。低予算で制作されたとは思えない、華麗なるアクションと驚きのストーリー展開に爆笑・感動必至。
展示場所:Documenta Halle(Du-Ry-Str.1, 34117)
ベトナムNguyen Trinh Thi
ハノイ出身の映画監督Nguyen Trinh Thiは、フルダ川近くの旧砲塔にインスタレーションを設置。ベトナム北部の収容所を描いた自伝的小説『Chuyen ke nam 2000』の一場面をモチーフに作られた空間で、暗い通路を通り抜けると、円形の部屋の壁に映る影の戯れが目に飛び込んでくる。哀愁を帯びた柔らかなフルートの音色は、北ベトナムの森で吹く風によって奏でられているもの。
展示場所:Rondell(Johann-Heugel-Weg, 34117)
ケニアThe Nest Collective
ナイロビのThe Nest Collectiveは、カールスアウエ公園に古着で造られた小屋を立て、中では古着のビジネスに関わる人たちのインタビューが上映されている。映像の中では、欧米のファストファッションへの飢えがいかにアフリカ諸国の犠牲になっているかが印象的に語られる。古着の小屋の周囲には、古い電化製品のゴミの塊も置かれ、先進国での無秩序な消費に対して警鐘を鳴らす。
展示場所:Karlsaue(An der Karlsaue)
ハイチAtis Rezistans|Ghetto Biennale
ベッテンハウゼン地区にある聖クニグンディス教会は、1927年にコンクリートで建てられ、第二次世界大戦の空襲からも無傷であった建築だ。ハイチのアート集団Atis Rezistansはここで、ハイチのブードゥー教やスピリチュアリティーをテーマにした彫像とサウンド作品を展示。むき出しの教会の魅力と、彼らのインスタレーションが見事に調和する様に、思わず息をのむ。
展示場所:St. Kunigundis(Leipziger Str. 145, 34123)
INTERVIEW日本からのドクメンタ15参加アーティストCINEMA CARAVAN & 栗林隆
ドクメンタ15に日本から唯一参加している、CINEMA CARAVAN&栗林隆。ドクメンタの期間中、カッセル各所で地元のハーブを使ったサウナ「元気炉」や映画上映会、DJ、バーなどを展開する。彼らがドクメンタに参加した経緯や、オープニングを迎えた今の思いを聞いた。
PROFILE
栗林さん(左)と志津野さん(中央)
CINEMA CARAVAN
志津野 雷 Rai Shizuno
写真家、CINEMA CARAVAN主宰。「地球と遊ぶ」をコンセプトに、写真家やミュージシャン、大工、料理人らと共に移動映画館プロジェクトを、ホームである逗子海岸映画祭をはじめ、世界のさまざまな場所で実施している。
https://cinema-caravan.com
栗林 隆 Takashi Kuribayashi
日本の美術大学を卒業後、カッセルやデュッセルドルフなどで12年間暮らす。「境界」をテーマに数々の大掛かりなインスタレーションを制作。2005年から逗子、2013年からはインドネシアでも活動。
www.takashikuribayashi.com
これまでの歩みがドクメンタへの道に
CINEMA CARAVANの志津野雷さんと栗林隆さんが出会ったのは2007年、核燃料の再処理工場がある青森県六ヵ所村を旅した時のことだった。そこでの二週間の旅は、今回のドクメンタ参加につながる原点でもあると二人は語る。
志津野:僕をはじめとする逗子のサーファー仲間は、海や自然から恩恵を受けているので、六ヵ所村で出る汚染水に対して疑問を感じていました。再処理工場で何が起こっているのか自分たちの目で確かめたいとの思いから、青森へ向けてキャンプをしながら北上し、それぞれの場所で上映会やトークを開催。隆くんはドイツから日本に帰国して1年くらいのころで、共通の友人を通じてこの旅に参加してくれました。現在に続く仲間たちにも、その時に出会っています。
その後、志津野さんはCINEMA CARAVANを仲間たちと立ち上げ、栗林さんもアーティストとしての活動を続けていた。そして2013年、栗林さんはインドネシアに拠点を構えることになり、現地でドクメンタ15の芸術監督ルアンルパと知り合う。地元コミュニティーとつながりながら活動するルアンルパは、CINEMA CARAVANの活動とも共鳴する部分が多い。そのため栗林さんの紹介で志津野さんもインドネシアへ行ったり、逆にインドネシアのチームを逗子に招待したりと、ゆるやかな交流が続いた。
栗林:ルアンルパがドクメンタ15の芸術監督に決まったという話を聞いたのはコロナ禍中のことで、僕自身はちょうど原発の形を模したサウナ「元気炉」をつくり始めたころでした。西欧中心や資本主義的なアートの在り方が行き詰まりつつある今、アート界のど真ん中の人ではなく、彼らのようなコレクティブが選ばれたことが、すごく誇らしくて痛快で。「僕らもルアンルパを応援しにカッセルへ行こう」と、志津野とも話していました。そうしたら2年後くらいに、ルアンルパのメンバーから直接、「隆とCINEMA CARAVANをドクメンタ15に招待したい」と連絡が来たのです。
「移動式」と「蚊帳」のアイデア
こうしてドクメンタへの参加が決まり、カッセルでの滞在を重ねながら構想を練っていくが、肝心の展示場所がなかなか見つからなかった。そこで思い付いたのが、自分たちがこれまでやってきたように、場所を選ばない「移動式」のキャラバンを行うことだった。
栗林:移動式にするなら、できるだけ軽く作る必要があります。そこでひらめいたのが「蚊かや帳」を使うこと。「蚊帳の外」という言葉は、日本だけでなくアジア各国にもある表現ですが、ルアンルパのようにアート界の中心から「蚊帳の外」だと思われていた人たちが、今回芸術監督として「蚊帳の中」に入ってきているし、僕らもまたドイツに来れば「蚊帳の外」の人間です。ルアンルパの「Make friends, not art」というモットーのように、今度は僕らが蚊帳を立てて、その中に「蚊帳の外」の人たちをどんどん迎え入れることで、友だちをつくろうということになりました。
オープンの約1カ月前にカッセル入りしてからも、展示場所の決定をはじめ、作業スペースや材料・工具の確保などに苦戦。さらに食当たりになり、3日間寝込むという災難に見舞われた二人……。そんなピンチを救ったのも、かつてドイツで紡いだ縁だった。
栗林:今回のドクメンタで展示の現場監督を務めているのが、なんとかつてカッセルの美大で一緒に学んだ同級生でした。28年ぶりの再会を喜びつつ、現状を伝えたところ、僕たちにの制作に必要なものを全て手配してくれて。あれは本当に助かりました。
志津野:この話もそうですが、今回ひしひしと感じたのは、これまでの僕たちの活動、ドイツ、日本、インドネシアでの小さなコレクティブの物語が、お互いを引き寄せ合ったりつないだりしてくれたということ。過去のさまざまな縁が、僕たちにここまでの道を提示してくれたように思います。
キャラバンが運んでくる自由気ままな「オアシス」
そうして迎えたオープニングの日、薄い蚊帳(かや)をまとったオープンエアのハーブサウナ「元気炉」や映画上映会、バー、DJ ブースが集まる心地よい空間がカールスアウエ公園に現れた。空が薄暗くなってきたころにぽっと明かりがともり、さまざまな国からのアーティストや来場者、散歩で公園を訪れた市民たちが集まってくる。心地よい音楽や映像が流れ、サウナの中でも知らない人同士が語り合ったりと、自然と人の交流が生まれていた。
栗林:オープンから数日を経て、今回のドクメンタで僕らに託されている部分がなんとなく見えてきました。それは「シリアスにならないこと」(笑)。ドクメンタでは政治的なメッセージや現在起きている論争はもちろん、来場者に考えることを求める作品も多い。それは大切なことですが、一時そういうことを忘れて、心の底から笑ったり話したり感じ合えるような場所って、実はとても重要なのではないかと。
志津野:ドクメンタが激しいメッセージを出せば出すほど、僕たちのこういうポジションが大事になってくる。自分たちがただ気楽に楽しんでる空間が、ドクメンタ15にとってもいい響きになっていると、オープンから数日で手応えを感じています。
キャラバンは移動式のため、最初はカールスアウエ公園で始まり、次はフリードリヒ広場、ハーフェン通り76に移動。そして次にどこへ行くかは、風の赴くままに決めていくという。
栗林:次の移動場所をどこにするかは、今の設営が終わってから考えようかなと。僕たちの作品に遊びに来た人の話を聞くと、「CINEMA CARAVANのサウナ最高だぞ!」といううわさを聞いたという人が多くて。だけどある日突然、その場所がまっさらになって何も無くなっている。「もういなくなっちゃったの?」「あれは何だったの?」と話しながら、次どこに僕らが現れるか、みんながワクワクしながら待っている。その感じがなんだか面白いです。
栗林さんがカッセルで剣道を教えていた教え子とも、28年ぶりに作品の前で偶然再会したという
カッセルの街にふと現れる、不思議なエネルギーに満ちた空間。そこで人々が笑い語り合い、そして心を休める様子は、まるで長い旅路の中で出会うオアシスのようだ。ドクメンタ15を訪れる際は、ぜひ彼らが運んでくる温かなひとときを楽しんでほしい。