ジャパンダイジェスト
ドイツニュースダイジェスト1000号記念特集

翻訳者ウルズラ・グレーフェ、
「村上春樹」を語る

村上春樹 ドイツ語翻訳
青木奈緖Ursula Gräfe
1956年、フランクフルト生まれ。作家、翻訳家。フランクフルト大学で日本学、英語学、米文学を学ぶ。川上博美、小川洋子、東野圭吾らの作品を翻訳し、特に村上春樹の訳者として知られる。出版された村上作品は15冊以上。

翻訳として正しいとか正しくないとか、そういうことではないと思います。それよりはむしろ日本語のとらえ方の問題になってくると思うんです。

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スコット・フィッツジェラルドやトルーマン・カポーティといった現代アメリカ文学の翻訳者としても知られる村上春樹。そんな彼が、自ら手掛けたサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の翻訳について、かつてこう述べていました。私も村上春樹のドイツ語訳を手掛けただけに、「日本語のとらえ方の問題」が「ドイツ語のとらえ方の問題」に置き換わるだけで、彼の言っていることは、とてもよく分かります。翻訳に当たっては、元の日本語と同じように、分かりやすいドイツ語になるよう心掛けています。それにふさわしい表現をドイツ語で探し当てるのは、とても大変なことですが、これが著者と読者に対する私の責任だと思います。それだけに、これまでアモス・オズやフィリップ・ロス、ジョナサン・フランゼンといった面々に授与されてきたドイツの全国紙「ディ・ヴェルト」の文学賞受賞に際して、彼が審査員から「現代の日本でもっとも重要な作家」と称えられたのは、大きな喜びでした。

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日本ではよく「村上現象」が取り上げられますが、国境を超えてこれほどのベストセラー作家になったのは、村上春樹が異文化を繋ぐ術に誰よりも長けているからではないか、とみています。日本の戦後世代を代表し、アメリカ文学を紹介してきた村上春樹のルーツは西洋と東洋の両方にあり、そのため登場人物が世界中で受け入れられるのです。とりわけ韓国や台湾では、最もよく読まれている作家です。

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アジアでは、登場人物たちがあらゆる束縛から逃れて、孤独でありながらどこにでもいるようなごく普通の人であるところに読者が惹かれ、新鮮に映るのでしょう。西洋では、いろいろな世界が緩やかに繋がり、架空のものや、いつも敗北すれすれ、それどころか、最初から負けが決定してしまっているような人生であっても、型にはまっていないことが、新鮮に映るのです。

彼のこうした手法は、「魔術的リアリスム」とドイツで呼ばれることがあります。もともとこれは、ラテンアメリカ文学の流れを指した言い方なのですが、村上春樹が現実の世界を魔術的に読み解いていく手法が、日本文学独自のものである、という点はあまり知られていません。日本にはほかにも、芥川龍之介のような偉大な作家がいますからね。

村上春樹の作品には、どれも独特のムードがあります。話の流れだけでなく、作品に秘められた彼ならではの雰囲気をもドイツ語で再現するのが、翻訳者としての私の使命です。ドイツにお住まいの皆様にならお分かりいただけるかと思いますが、ただ一語一句をそのまま訳すのではありません。日本語とドイツ語のように大きく異なる言語であれば、なおさらです。ですから、まずはふさわしい言葉遣いを探し当てることを念頭に置いています。もちろん、どれがふさわしいかというのは人それぞれで、決まったルールはありません。そこを感覚的につかみ取り、母語であるドイツ語に置き換えることが翻訳者としての仕事だと考えています。

村上春樹の物語のコンセプトは、彼自身の言葉を借りれば、世界と人間の存在の多層性といったような複雑なテーマであっても、分かりやすく表現し、読み手を本の世界に引き込むような書き方をすることです。ヴェルト文学賞の審査員の言葉を借りれば、「小説を通じてじっくりと考えを深めていく唯一無二の方法を確立させ、軽妙さと真面目な部分が同居したそのスタイルは、世界中の読者の心をつかんだ」のです。

最後に、村上さんと日本の読者の皆様方に、改めて受賞をお喜び申し上げます。

(訳:宇野将史

 
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