Dr. Frank-Walter Steinmeier 1956年1月5日ノルトライン=ヴェストファーレン州デトモルト生まれ。メルケル政権の外務大臣。辞職したSPDの同僚ミュンテフェリング氏に代わり、今年11月から副首相を兼任する。 |
どの上司に付くかで出世が決まるという俗諺に、ぴったりなキャリアをたどってきた。
アビトゥア取得後19歳で社会民主党(SPD)に入党するが、ギーセン大学で法学博士号を取得する35歳までは1党員に過ぎなかった。しかし、ニーダーザクセン州首相府のメディア権利部に職を得た1991年、上昇気流に乗る。ボスである州知事が、後に連邦首相となるゲアハルト・シュレーダーだったのだ。
まず私設秘書、次に事務次官へ昇級。やがてSPDが連邦で政権を樹立した98年、ボスの首相就任に伴って一緒に連邦へ移り、その翌年には首相補佐官へと出世する。しかし裏方に徹し、選挙区にも立っていなかったため、一般には知られない存在だった。
それゆえ2005年にメルケル新政権の外務大臣に抜擢されたとき、有権者には驚きが走った。が、その直後に発生したドイツ人の人質問題で高い危機管理能力を示し、昨年末にはアサド・シリア大統領との対談にも成功。先ごろの中近東会議に先立っては、米ライス国務長官からシリアの参加を交渉してほしいと頼まれ、国際的な尊敬も勝ち取った。
一方、メルケル首相のダライ・ラマ非公式招待には立腹したといわれ、「長年努力してきた中国との友好関係が水泡に帰しかねない」とやんわり批判。冷戦の時代にブラント首相が行った緊張緩和外交が、共産圏の窓を開いた前例を思い出してほしいとも。難しい局面を迎えた大連立政権で、首相との二人三脚はうまくいくだ ろうか。
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