ジャパンダイジェスト

ドイツにおける宗教事情

このところ、世界でもドイツでも世論を騒がせている「難民問題」。ドイツは歴史的にキリスト教との関係が深いが、昨今の難民は多くがイスラム教を信仰する人々であることが、事態を複雑化させている要因の一つであるようだ。ドイツで宗教はかつてはどのように受け入れられいたのだろうかまた、東西分裂と再統一を経て変化はあったのだろうか。その歴史を振り返りながら現在ドイツが直面している状況を紐解いてみたい。

カトリックと神聖ローマ帝国

ドイツの宗教の歴史は、厳密にいえば、紀元前10世紀より以前の先史時代、民俗としての土着の宗教にまでさかのぼることができる。しかし、今回はオットー1世が戴冠した962年以降の神聖ローマ帝国時代の宗教事情から触れることにしたい。

キリスト教のローマ教皇(カトリック教会のトップ)から「ローマ皇帝」であると認定された、ドイツ王オットー1世が戴冠を受けたことによってはじめて成立したのが、イタリアから西ヨーロッパ全体を包括する神聖ローマ帝国。ローマ教皇とローマ皇帝は、互いの影響力を利用し合うが、ときにあつれきを生み、叙任権闘争、カノッサの屈辱などといった歴史的な事件が起こった。これらの事態を小休止させざるを得なくなる間接的要因がイスラム勢力の手中にあったキリスト教の聖地エルサレムを取り戻そうとする「十字軍」運動だ。11世紀後半から200年に及ぶ十字軍運動を経て、最終的にエルサレムはイスラム勢力下に置かれる。

宗教改革からエバンゲリッシュが派生

次の歴史的転換期として、1517年にはマルティン・ルターによる宗教改革が起こる。この宗教改革によって、今までは特権階級のものであったキリスト教の教理が民衆にまで及ぶことになった。そのため、カトリック教会やドイツ皇帝の威信は揺らぎ、ルターはカトリック教会から破門された。そのルターの主張に共感する人々は「エバンゲリッシュ(福音派、プロテスタント)」として一派をなすこととなった。現在、「エバンゲリッシュ」と呼ばれるグループは、カトリックとともにドイツにおいて最大規模の宗派となっている。

近代になって、ドイツにおける宗教の存在が危ぶまれる事態に直面したのはナチス時代。宗教、特にキリスト教は、国家やヒトラー個人を崇拝の対象としない。そのためナチスドイツとしては邪魔な存在であった。この時代に、多くの宗教者が処刑された。また、沈黙を守った宗教者の中には戦後になって批判された者もいた。また、ナチスドイツにより虐殺の対象となったユダヤ人は多くがユダヤ教徒であった。そのため、戦前にはドイツに20万人いたユダヤ教徒が戦後わずか1万2000人にまで減っている。

東ドイツにおける宗教事情

第二次世界大戦後、ドイツは民主主義のドイツ連邦共和国(西ドイツ)と社会主義のドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂。西ドイツではほかの民主主義の国々と同じように、個人の信教の自由が認められていた。しかし、東ドイツでは違う。建前としては、東ドイツでも信教の自由がうたわれてはいたが、社会主義統一党が信仰よりも優先されるべきだと考えられており、信仰を持つ国民は社会的に重要な立場には付きにくい状況があったといわれる。

1990年の再統一後、宗教という観点からドイツ社会をみてみると、東ドイツ出身者に多い「無宗教」や移民の多くが信仰する「イスラム教」の台頭が著しく、また、キリスト教については様々なスキャンダルの頻発、教会税の負担を嫌って信仰を捨てる傾向(2014年には21万8000人がカトリック教会から脱退)が強い状態が続いている。

現代ドイツにおける「宗教」の扱い

例えば英国国教会を国の宗教とする英国とは違い、ドイツは「国の宗教」の規定を持っていない。もちろん、「信仰、宗教」の自由は、ドイツ連邦共和国基本法、第3条(3)でしかと保障されている。

国の宗教をもたない代わりに、ドイツでは、国が宗教団体とパートナーシップ契約を結び(コンコルダート)、互いに協力をする関係を築いている。この協力関係の例として、国家による教会税の徴収・分配や、学校における宗教科目の必修化(一部例外あり)、宗教団体による社会福祉事業などがある。この契約を結んでいるのは、現在のところカトリック教会(1933年)及びエバンゲリッシュ(福音派)教会(1955年)などキリスト教の流れをくむ団体のみである。

このパートナーシップ契約を結べるのは、「公法上の宗教団体」とされている。ドイツの宗教団体には、二つの種類がある。「民法上の宗教団体」と「ドイツ連邦共和国基本法上(一般には「公法上」と記されることが多い)の宗教団体」である。民法で規定された団体は、一般の非営利社団と同じように登記することで法人格を得て、税金などの優遇措置が受けられる。その後、①規則を持ち②所属員数が一定数以上であり③存続の保証があるという3つの条件を満たした上で、州の認可を得られた場合、公法上の宗教団体となる。


ドイツ国家とイスラム教の関係

イスラム教は現在、ドイツの公法上の宗教団体ではない。一方でドイツには400万人以上のイスラム教徒がいるとされ、その数は総人口の5%以上にあたる。連邦政府は、イスラム教徒を国家の一員として統合政策や教育を進めるためにも、イスラム教を公法上の宗教団体とする必要がある。

しかし、イスラム教内の派閥争い、シリア国内の内戦でも明らかなように、同じイスラム教といっても宗派が違えば教理が異なることも多い。50以上の国や地域から来た移民が、皆同じイスラム教の思想を持っているとは単純に理解することはできず、そのため、人数が多いにもかかわらず、イスラム教を代表する機関を設けることすら不可能である。このような状況を踏まえつつ、イスラム教団体との対話を進めるための場を作るべく、ドイツ政府は模索を続けている。

打開策の一つとして、内務大臣(当時)ヴォルフガング・ショイブレ氏により、「ドイツ・イスラム会議(Deutsche Islam Konferenz、DIK)」が2006年から開催されている。この会議には、10のイスラム教団体が参加し、国家との対話を行っている。2015年のドイツ ・イスラム会議に参加したのは、国の代表として連邦政府から3名、州専門閣僚会議から3名、市町村から3名、イスラム教団体の代表として10名、そのほかの専門家が3名の合計22名であった。この会議の最終目標は、イスラム教を公法上の宗教団体として国家システムに組み入れ、公立学校でのイスラム教育を実現し、社会の様々な分野でより幅広く活動できるようにすることである。公立学校でのイスラム教育については、一部の州で州の管轄のもとで行われている場合もあり、その数は年々増加の一途をたどっている。

推移

用語解説

教会税
Kirchensteuer

ドイツで勤務する際に支給される給与明細書にも記載されている税金。自身の信仰する宗教を正式に役所に申告している場合に教会税が課税され、徴収される。州により額が異なるが、金額は所得税の8パーセントから9パーセントであり、集まった額は教会運営のみならず老人ホーム運営などの社会福祉の分野にも利用される。この税金を苦として教会から抜ける人も多い。

<参考>
www.bamf.de/SharedDocs/Anlagen/DE/Downloads/Infothek/ Sonstige/muslimisches-leben-kurzfassung-deutsch.pdf ドイツ移民者亡命者庁 ドイツにおけるイスラム教徒の生活について
www.deutsche-islam-konferenz.de/ ドイツイスラム会議
www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/ ドイツ連邦共和国基本法 日本語訳
http://religiouslaw.org/cgi/search/pdf/200207.pdf 塩津徹 ドイツにおける公法上の宗教団体
www.logos.tsukuba.ac.jp/~horoatsu/rreligionsingermany.pdf 保呂篤彦 世界宗教の現在:西ヨーロッパの宗教:ドイツの宗教
www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu_kaigai/pdf/h20kaigai.pdf 文化庁 海外の宗教事情に関する調査報告書 
■広辞苑 第6版 岩波書店
■詳説世界史 山川出版社
■ドイツの実情

今井民子(いまい・たみこ) 気が付けば在独10年以上、日独両企業に勤務した経験を活用しながら尽きることのない好奇心を持って読者の皆さんに分かりやすく面白いニュース追跡を目指しています。日本人らしさを忘れずにドイツで生きていくことが目標です。よろしくお願いいたします。
最終更新 Dienstag, 04 Juni 2019 15:37  
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