都市ガイドシリーズ 17
ドイツとソルブの文化が交差するバウツェンの魅力再発見!
16の個性豊かな州からなるドイツ。歴史や文化はもちろん、言葉も食もそれぞれ異なる。そんな魅力たっぷりのドイツ各地の都市を、一つずつスポットを当てて紹介していく「都市ガイドシリーズ」。第17回目は、1000年以上の歴史を誇る「塔の街」として知られるザクセン州のバウツェン。この街はドイツの少数民族ソルブ人の中心地として、その歴史や文化を脈々と受け継いでいる。そんなバウツェンをニュースダイジェスト編集部が実際に訪れ、その魅力をたっぷりとお届けする。
(文: ドイツニュースダイジェスト編集部・岡島真琴、取材協力:ドイツ政府観光局)

バウツェンってどんな街?

ザクセン州の上ラウジッツ地方に位置するバウツェンは、シュプレー川沿いに広がる城塞に囲まれた古都。チェコ国境まで約15キロ、ポーランド国境まで約40キロという中央ヨーロッパの十字路に立ち、人口約4万人の小規模都市でありながら、重厚な歴史と独自の文化的景観を持つ。ドレスデンから列車で約1時間というアクセスの良さも手伝い、近年、静かな注目を集めている。
スラブ系の集落を起源とするこの街が歴史上の文献に初めて登場するのは1002年のこと。13世紀にはボヘミア王の命により自治権を獲得し、商業都市として栄えていく。17世紀にはザクセン公国へと帰属が移り変わるなか、街は幾度の戦火や疫病を乗り越え、その都度復興を遂げてきた。1813年にはナポレオンとプロイセン・ロシア連合軍が激突した「バウツェンの戦い」の舞台にもなった。街を歩けば、中世の市街や17の塔が並び、「塔の街」としても知られる。ロマネスク、ゴシック、バロックが混在する旧市街はザクセン有数の美しさで、約1300もの建築文化財が登録されている。
バウツェンのもう一つの顔が、ドイツの少数民族ソルブ人の文化的中心地であることだ。6世紀以降に現在のドイツ東部へ移住した西スラブ系民族の末裔であるソルブ人は、長い歴史の中でドイツ化の圧力にさらされながらも、独自の言語・文化・習俗を守り続けてきた。街の看板や駅の案内表示がドイツ語とソルブ語の二言語で記され、ソルブ語の教育・研究機関やソルブ博物館、劇場などが文化継承の拠点として息づいている。
アクセス
バウツェン駅 Bahnhof Bautzen
Nürnberg Hbf
● ドレスデン中央駅から
REで約53分
● ベルリン中央駅から
ICEとREで約2時間50分
● フランクフルト中央駅から
ICEとREで約5時間(最短)
シティーツアー

バウツェン市観光局では、さまざまなガイドツアーを提供している。旧市街地や要塞跡、曲がりくねった路地を歩きながら、1000年の街の歴史を巡ってみよう。イースターの季節には、ソルブ文化を代表するお祭りである復活祭の騎馬行列を見学できる特別なツアーも。同市観光局のウェブサイト、もしくは現地のツーリストインフォメーションでの申し込みが可能。
www.bautzen.de/tourismus-kultur-freizeit
バウツェンのおすすめスポット
バウツェンを旅行する際にはぜひ訪れてほしい、おすすめスポットをご紹介。。
Dom St. Petri① 聖ペトリ大聖堂

旧市街の中心にそびえる聖ペトリ大聖堂は、ドイツ最大の「シムルタネウム」(複数の異なる宗派が共同で使用する教会)として知られる。1523年に宗教改革の波が訪れた際、プロテスタントの礼拝が始まる一方、カトリックの参事会もその地位を守り続けた。1543年に結ばれた協定により、一つの聖堂を両派が分かち合う独自の形が生まれ、現在も東側をカトリック、西側をプロテスタントが使用している。今日では合同の礼拝や地域イベントなども行われている。
Fleischmarkt 6, 02625
www.kaiserburg-nuernberg.de
Sorbisches Museum② ソルブ博物館

オルテンブルク城内に位置するソルブ博物館は、ソルブ民族の歴史と文化を伝える専門の博物館。その起源は1856年にさかのぼる。1937年にナチス政権によってソルブの公的活動が全面禁止されると博物館も閉鎖を余儀なくされたが、戦後に再建された。現在は民族衣装、絵画・彫刻、文書資料など約3万5000点を収蔵し、3フロア約1000平方メートルの展示空間でソルブの歴史や民俗、文学、美術を幅広く紹介している。
Ortenburg 3, 02625
https://sorbisches-museum.de
Deutsch-Sorbisches Volkstheater③ ドイツ・ソルブ市民劇場

1963年、市立劇場とソルブ劇場の合併によって誕生したこの劇場は、ドイツ語・上ソルブ語・下ソルブ語という3言語で上演を行うドイツで唯一の二文化が共生する劇場だ。約400席の大ホールと小劇場を擁し、年間約1000公演・25本の新作を観に13万人の観客が訪れる。毎年6〜8月に開催される「Bautzener Theatersommer」は、シーズンのハイライトとして人気を集めている。ソルブの歌と踊りをより間近に体感したいなら、同じくバウツェンを拠点とするソルブ民族アンサンブル(Sorbisches National-Ensemble)の公演も合わせてチェックしたい。
Seminarstr. 12, 02625
www.theater-bautzen.de
Friedhof St. Nicolai④ ニコライ教会廃墟と墓地

1444年に建てられたニコライ教会は、1550年からカトリックのソルブ人教区教会となった。しかし1634年に火災によって焼け落ち、以来廃墟のまま今日に至る。墓地礼拝堂は18世紀半ばに建設され、教会の廃墟は埋葬地として開放されている。廃墟に囲まれた墓地には多くのソルブ人の著名人が眠っており、墓石の名前や碑文にソルブ語が刻まれているものも多い。丘の上に広がる墓地からはシュプレー川を望む眺めが美しい。
Vor dem Gerbertor 5, 02625

Bautz’ner Senfladen Manufaktur & Museum⑤ バウツナーマスタード工房&博物館

バウツェンの特産品といえばマスタード。1920年代から生産が続き、1953年には国営工場として設立された「バウツナー・ゼンフ」は、旧東ドイツ全土で親しまれた国民的調味料だ。1993年に民営化されて以降も伝統のレシピを守り続け、今やドイツ全国にその名が知られる。こちらの小さな博物館では、重さ1.3トンものマスタード製粉機をはじめ、マスタード植物の栽培から製造・活用までの歴史をたどることができる。ビーダーマイヤー様式の店舗を再現したコーナーでは、石臼挽きの手作りマスタードを試食・購入することも可能。
Fleischmarkt 5, 02625
www.bautzner-senfshop.de
Alte Wasserkunst⑥ 旧給水塔

シュプレー川沿いにそびえる旧給水塔は、バウツェンの旧市街を象徴する景観の一つ。15世紀末、急増する人口に対応するため1496年に初代の木造塔が建てられたが、1515年に焼失。現在の石造りの塔は1558年に再建されたもので、市の防衛施設を兼ねた独特の形状を持つ。塔内部のポンプで汲み上げた水を市内へ供給し続けたが、1965年に450年以上の役目を終えた。現在は博物館として公開されており、184段の階段を上った展望台からはバウツェンの旧市街とラウジッツの丘陵地帯を一望できる(ハトのフンに注意!)。
Wendischer Kirchhof 2, 02625
www.altewasserkunstbautzen.de
Gedenkstätte Bautzen⑦ バウツェン記念館

バウツェンには、かつて政治犯を収容した二つの刑務所が存在した。「黄色い悲惨」と呼ばれたバウツェンIと、秘密警察シュタージが管轄したバウツェンII。ナチス政権、ソ連占領期、東ドイツ独裁政権という三つの時代にわたり、反体制派の人々がここで自由を奪われていた。現在はバウツェンIIの跡地が記念館として公開されており、独房や囚人護送車の実物を見学できるほか、収容者・看守・拘禁環境にまつわる個人の証言や記録も展示されている。元政治犯たちの主導で1993年に設立され、入場は無料。
Weigangstr. 8a, 02625
www.stsg.de
Saurierpark⑧ ザウリアーパーク

バウツェン郊外に位置するザウリアーパークは、200体以上の実物大の恐竜モデルが並ぶ家族向けテーマパーク。ドレスデンとゲルリッツを結ぶアウトバーンA4沿いという好立地で、ザクセン東部を旅する家族連れに人気の寄り道スポットとなっている。恐竜エリアのほかにも、クライミングジャングル、宇宙ステーション、水中の世界を楽しめるエリアなど、多彩なアトラクションがそろう。開園期間は3月下旬〜11月初旬まで。入場料は4歳以上19ユーロのほか、お得なファミリー券も。
Saurierpark 1, 02625
www.saurierpark.de
スタッフが現地で見つけたもの
歩いたからこそ見つけた街の魅力。バウツェン散策がさらに楽しくなるヒントをご紹介!
Ⓐ Ritter Dutschmann 騎士像の由来はソルブ人君主?
旧市街の中心、市庁舎前の広場に立つ噴水の上に、鎧姿の騎士像が堂々と佇んでいる。16世紀に制作されたこの像の由来は諸説あるが、その一つにソルブ人の君主ドゥッチュマンの伝説に基づくとするものがある。腕自慢のドゥッチュマンが馬で噴水を飛び越えようとしたところ、そのまま忽然と姿を消した。彼は井戸に落ちたとも、馬ごと次の路地まで飛んだともいわれている。台座にはバウツェンの歴史的場面が刻まれている。

Ⓑ Hexenhäuschen バウツェン最古の建築「魔女の家」
シュプレー川のほとりにひっそりと立つ三角屋根の家。1604年以前に建てられた元漁師の家で、バウツェン最古の建物の一つだ。「魔女の家」という名前は、この家の写真を使った絵葉書が制作されたことで広まったもので、もともとそう呼ばれていたわけではない。現在はプライベート博物館として、内部には当時の居間やキッチンが再現されているほか、ドールハウスのコレクションも展示されている。毎月第1・3日曜のみ開館。


Ⓒ Alte Gerberei シュプレー川のほとりの黄色いホテル
バウツェンに宿泊するなら、シュプレー川のすぐそばにあるホテル「Alte Gerberei」がおすすめ。この建物は1617年に建てられたもので、18世紀中頃までは皮なめし職人や染色職人が住み込みで働いていたという。館内にはさまざまな工芸品が美しく並べられており、川の流れる音を聞きながらゆったりとした時間を過ごせる。朝食のビュッフェでは、この地域のパンやハム、チーズ、手作りジャムなどが楽しめる。

Ⓓ Sorbische Kulturinformation お土産はやっぱりイースターエッグ!
ソルブのイースターエッグは、ろうけつ染めなど独自の技法で彩られた精緻な工芸品。バウツェンのソルブ文化インフォメーションでは、イースターエッグをはじめ、民族衣装の人形や工芸品、本やCDなど幅広いグッズを取り扱う。展示、見学ツアー、イースターエッグの絵付けワークショップなども随時開催しており、ソルブ文化を知りたい人の入口として気軽に立ち寄れる施設だ。

小さな民族の広い世界 バウツェンに息づくソルブ文化

西スラブ系の少数民族ソルブ人が多く暮らすバウツェン。人口約4万人のうち、約5〜10%がソルブ人だといい、街の看板や標識はドイツ語とソルブ語の二言語で記され、ソルブ語の幼稚園〜高校、博物館、劇場などが街に点在している。彼らは、ドイツとソルブという二つの言語・文化をどのように行き来しながら暮らしているのか。そして、小さな民族がソルブ語やソルブ文化を守り続けることにどんな意味があるのか。そんな問いを胸に、ソルブ文化の中心地を訪ねた。
参考:木村護郎クリストフ「ソルブーしぶとく生き残ったスラヴ系の少数民族」石田勇治編集代表
『ドイツ文化事典』(丸善)、木村護郎クリストフ『節英のすすめ』(萬書房)
二つの言語が並ぶ街へ
ドレスデンから近郊列車に揺られて約1時間。バウツェン駅のホームに降り立つと、最初に目に飛び込んでくるのは「Bautzen/Budyšin」という駅名の看板だ。道路標識も、お店の看板も、街のあちこちで二つの言語が並んでいる。ドイツの街にいるはずなのに、どこか違う空気が漂っている。
そもそも筆者がバウツェンに興味を持ったのは、上智大学外国語学部教授で社会言語学者の木村護郎クリストフさんと出会ったのがきっかけだった。この地で話されるソルブ語を観察することで、消滅の危機に瀕する言語を守ろうとする人たちの在り方を研究してきた木村さんは、ソルブ語を学んだことで見える世界が大きく変わったという。
ドイツ語の下にソルブ語が並ぶ街路標識。バウツェン旧市街の全ての街路標識に両言語が刻まれている
例えば、木村さんは著書の中でこんな例を挙げている。ソルブのある村を紹介する冊子には、ドイツ語とソルブ語が併記されているが、実際には微妙に異なる内容が書かれているという。ドイツ語版には「(この村では)何百年も前からソルブ人とドイツ人が、私たちの二言語を使う故郷の繁栄のために共に働いている」とあるが、一方ソルブ語版の同じ箇所には「私たちの祖先が見せてくれた模範は、ソルブ民族の存続のために全力をそそぐ責任を自覚させる」とある。ドイツ語では「故郷の繁栄」が語られ、ソルブ語では「民族の存続」への思いがつづられているのだ。
ソルブの歴史を少し調べてみると、彼らの「存続」という言葉に込める切実さが少しずつ見えてくる。6世紀以降にラウジッツに定住したソルブ人は、中世以来、ソルブ語禁止令などの抑圧や同化政策にさらされ続けてきた。特に苛烈だったのがナチス政権下で、1937年にはソルブの公的活動が全面的に禁止される。ソルブ語の出版物や、学校での教育も禁じられた。東ドイツ時代には一転して少数民族保護が政策として掲げられたが、褐炭採掘のための急速な工業化によって多くのソルブの村落が取り壊され、ドイツ人との混在が進むにつれて、ソルブ語の使用は著しく減退していった。それでもソルブの人々は、言語と文化を手放さなかった。
ソルブ語が飛び交う空間
さて、実際にバウツェンの街を歩いていても、二言語の看板は目にすれど、ソルブ語が耳に入ってくる場面はそう多くない。現在、5万人ほどとされるソルブ意識を持つ人口のうち、日常的にソルブ語を話すのは1万人以下とされている。加えてソルブ人は基本的にソルブ語・ドイツ語の二言語話者であり、日常生活はドイツ語だけでもなんら支障はない。では実際にソルブ語が息づく場所へ行ってみようと、まずはソルブ博物館を訪れることにした。
博物館の扉を開けると、その日はたまたまソルブ語での講演会が開かれており、エントランスでは軽食を囲みながらソルブ語が飛び交っていた。それが、初めてこの街で聞いたソルブ語だった。展示室に入ると、まず目を奪われたのが民族衣装のコレクションだ。地域や宗教、年齢や身分によって異なる衣装が整然と並んでおり、深紅や黒を基調にした重厚なものから、白地に精緻な刺繍が施された華やかなものまで、その多様さに圧倒された。ガラスケースの中のイースターエッグは、蜜ろうで描かれた幾何学模様が息をのむほど繊細だ。

受付の女性に話を聞くと、彼女は母語がソルブ語で、ドイツ語は第二言語だという。ソルブ博物館には26年ほど勤めており、穏やかな口調でこう話してくれた。「同僚の中にはソルブ人だけでなく、ドイツ人やポーランド人もいます。彼らがソルブ語を学び、文化を一緒に守ってくれることは、私たちにとってとてもうれしいことなんです」。日常における言語の使い分けについて尋ねると、「ドイツ語を話すのには何も苦労はないけれど、やっぱり自分の母語はソルブ語。教会の礼拝なんかは、ソルブ語の方がしっくりくるわ」とほほ笑んだ。
会話の最後に、彼女は少し得意げにこう言った。「ソルブ語と日本語で、同じ発音で同じ意味の言葉があるって知ってる? 正解は『はい/ Haj』よ」。小さな偶然だけれど、遠く離れた日本語とソルブ語がどこかでつながっているような、不思議な親しみを感じた。
ソルブ人芸術家たちの作品も数多くコレクションしており、農村の暮らしや祭りの風景が生き生きと描かれている
聖歌の響きの中で
翌朝、リープフラウエン教会でソルブ語の礼拝が行われていると聞き、早起きして出かけた。40人ほどが集まっており、若者や子どもの姿も見られた。もちろん礼拝に参加しても、自分はソルブ語を理解することはできない。それでも途中、ソルブ語で歌われた聖歌の美しさは心に響いた。
今日のグローバル社会において、なぜ彼らはソルブ語を使い続けるのだろうか。コミュニケーションのためだけであれば、ドイツ語だけでも十分暮らせる。それでも彼らがソルブ語を守る理由について、木村さんはこう語っている。自分たちの落ち着ける空間をソルブ語によって保ち、不安定な流動化する世界の中でよりどころを持つことができる、と。
ドイツでも日本でも、少数民族の存在は多くの人にとって身近なものとは言えないだろう。しかしドイツという異国で暮らす日本人の自分にとって、自らの素直な気持ちを話すとき、それが日本語であることがいかに重要かを思えば、彼らの感覚を少しだけ想像できるかもしれない。戦争や紛争が続くこの時代に、複数の民族が互いの言語と文化を尊重しながら共存すること。バウツェンに生きるソルブの人々は、その一つの可能性をひっそりと、しかし長い時間をかけて示しているように思えた。
バウツェンをはじめとする上ラウジッツ地方のソルブ人はカトリックが多く、教会はソルブ語話者が集まる場所にもなっている
バウツェンで体験しよう!ソルブ文化への入口
バウツェンの街を歩いていると、ふとした瞬間にさまざまなソルブ文化の断片に出会う。小さな民族が長い時間をかけて守ってきた言葉・料理・祭りなど、旅の中でその文化にできるだけ触れてみたい。その入口となるヒントを集めた。
● 話す・聞く
ソルブ語はポーランド語やチェコ語と同じ西スラブ語群に属する言語。バウツェンを中心とした上ラウジッツでは「上ソルブ語」、ブランデンブルク州コットブスを中心とした下ラウジッツでは「下ソルブ語」が話される。東ドイツ時代以降、ソルブ語の学習・使用は積極的に認められ、楽団や劇場、出版社、また新聞や放送などのメディアが整備された。1998年からは、ドイツ語を母語とする子どもに幼稚園でソルブ語を身につけさせる「ヴィタイ」(Witaj、歓迎の意)というイマージョン教育や、ソルブ語が母語の児童とドイツ語が母語の児童が共に両言語で授業を受ける二言語学級などが導入されている。
ソルブ語の早期教育プロジェクト「Witaj」のポスター

● 食べる
ソルブ料理は、古くから畑や庭で採れるもの、そして近隣で手に入る食材を使って作られてきたという。シンプルながらも洗練された味わいが特徴で、じゃがいもにクワルクと亜麻仁油をかけた料理や、結婚式の際に食べる特別なスープ、西洋わさびソースを添えた牛肉料理などがよく知られている。バウツェンでソルブ料理を味わうなら、旧市街のレストラン「ヴィェルビク」(Wjelbik)へ。地元食材を使った伝統料理とラウジッツワインで、観光客だけでなく地元民からも人気の店だ。
ソルブ料理レストラン「Wjelbik」
Kornstr. 7, 02625
www.wjelbik.de

ソルブのウェディングスープ
Sorbische Hochzeitssuppe
コンソメがベースのスープに、ミートボール、野菜、卵豆腐のようなものが入っている
ソルブのウェディング料理
Sorbisches Hochzeitsessen
牛フィレ肉にシュプレーヴァルト産の西洋わさびソース、近郊で採れた新鮮な野菜が添えられている
● 読む
ドイツを代表する児童文学作品の一つ、プロイスラーの『クラバート』(偕成社)は、ソルブに古くから伝わる「クラバート伝説」がもとになっている。孤児の少年クラバートが魔法の水車場に迷い込み、黒魔術を学びながらも愛の力で呪縛から逃れるこの物語は、宮崎駿監督も高く評価しており、映画「千と千尋の神隠し」との類似点を指摘する声も多い。物語を読んでから訪れれば、ラウジッツの森や霧の風景がまた違って見えてくるはずだ。さらにその世界を味わいたいなら、バウツェンから車で1時間ほどのところにある「KRABAT-Mühle」へ。ここは、クラバートが夢の中で導かれる「シュヴァルツコルムの水車場」をテーマにした施設で、博物館や体験工房を通じて物語の世界を楽しむことができる

クラバートの世界を味わえる体験施設
「KRABAT-Mühle」
https://krabat-muehle.de
『クラバート』
作:オトフリート・プロイスラー
訳:中村浩三
発行元:偕成社
● 祝う
鳥の結婚式
Vogelhochzeit

1月25日、ソルブの子どもたちは前夜に窓辺や玄関先にお皿を置いて眠りにつく。翌朝目覚めると、特別なお菓子が盛られている。これは、寒い冬の日にえさをもらったお礼として、この日に結婚式を挙げる鳥たちから子どもたちへの贈り物だ。鳥の結婚式はラウジッツの多くの幼稚園や学校で楽しまれており、一部の地域では子どもたちが民族衣装をまとった結婚式の参列者に扮して行列を行う。
復活祭の騎馬行列
Osterreiten

イースターの日曜日、燕尾服にシルクハット姿の男性騎手たちが、白・赤・青のソルブカラーで飾られた馬に乗り、復活祭の知らせを隣の教区へ届けに行く。約1000人の騎手が八つの教区教会とマリエンシュテルン修道院に集まり行列をなし、聖歌を歌いながら教会を三周したのち、それぞれのルートを進む。カトリックの信仰とソルブの伝統が一体となった、この地方でしか見られない光景だ。
魔女の火あぶりと五月柱
Hexenbrennen & Maibaum

4月30日の夜は魔女の火あぶりで冬と悪を追い払い、翌5月1日には五月柱を立てて春を迎える。その後行われるのが「マイバウムヴェルフェン」(五月柱倒し)という行事だ。若者たちが五月柱を押し倒し、倒れた瞬間に全員が走り出す。先端の小旗を一番に手にした者が「五月の王」となり、踊り子の中から「五月の女王」を選ぶ権利を得る。柱の周りで行われる伝統的なリボンダンスも見どころの一つ。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック






