「リュッツォ岸通りから橇そりの鈴の音が響き来たり、そして、ひとつまたひとつと点っていくガス灯が、点灯夫の足取りをこっそり教え、甘美な祝祭日の宵にも点灯夫は点灯竿を肩にかつがなければならなかった、この夕暮れどき」(『1900年頃のベルリンの幼年時代』(ヴァルター・ベンヤミン著/ちくま学芸文庫刊)
ベルリンには世界的な劇場や美術館などとは別に、日常の中の文化遺産ともいうべきものが存在する。その1つが、街角を今も照らし続けるガス灯だ。
ベルリンのガス灯の歴史は古い。ロンドン、ハノーファーに続いて、最初のガス灯がベルリンに設置されたのは1826年のこと。初期の頃は、ベンヤミンの回想録に描かれているように一つひとつが人の手によって点灯されていたが、やがて自動化され、19世紀後半の白熱マントルの発明とともに、世界中に広がっていくこととなる。戦後、多くの都市のガス灯は電灯に置き換えられていったが、ベルリンにはまだ約3万個ものガス灯が残っている。
ガス灯野外博物館に展示されている1892年製のガス灯
「まだ」と書いたのは、つい5年ほど前は約4万2000個ものガス灯が残っていたからだ。2011年、ベルリン市はごく一部の歴史的なものを除いてガス灯を順次電灯に置き換えて行くプランを発表し、実行に移している。ガス灯は二酸化炭素を多く排出する上、維持費が高いというのがその理由だ。
ある夜、U2のゾフィー・シャルロッテ広場駅で降りて、ヴント通りを歩いた。シャルロッテンブルク宮殿の南側は多くのガス灯が残る。1960年代、壁に囲まれた西ベルリンでは東側からの電力が遮断される事態を想定。ガスの原料となる褐炭を貯蔵できる利点からガス灯が使われ続けた。今もベルリンのガス灯の約85%が旧西側にあるのはそのためだ。
ヴント通りからシュロス通りに入ると、5つのガス灯を組み合わせた豪華な街灯に出会った。奥に見える宮殿とロマンティックな情景をつくり出している。そこからクノーベルスドルフ通りを歩いて、リーツェン湖のほとりに向かった。ただ、最新のLED街灯はガス灯の白光と似通っているらしく、私にはその違いがあまり分からなかった。
シュロス通りで出会った歴史的なガス灯
歴史的なガス灯をもっと見たくて、ティーアガルテン公園にあるガス灯野外博物館を訪れることに。ところが、老朽化と心無い破壊行為により、かなりの割合のガス灯が点灯していないか破損していた。
寒いので帰ろうかと思った頃、はっとするような美しいガス灯を、よりによってバーガーキングの建物の壁に見つけた。1892年のベルリン製で、現在もシュパンダウ地区の古い一角で使われているタイプだという。私は夢中で写真を撮ったが、ドライブスルーの前だったので怪しまれたかもしれない。
市の文化財局によると、約3300もの歴史的なガス灯を除いて、引き続き電灯に置き換えていく方針だという。「これも時代の流れ」と一言で片付けてしまうにはあまりに惜しい、ベルリーナーの生活の営みを伝える遺産である。
ガス灯文化協会
Gaslicht-Kultur e.V.
約35年前からガス灯の保存活動をする民間団体。代表のベアトルト・クヤート氏は、「ベルリンのガス灯は、世界でもユニークな工業・文化遺産であり、この街と共に歩んできたかけがえのない歴史の証人です。市当局の論拠には、発電の際に生じる二酸化炭素が考慮されておらず、天然ガスで灯されるガス灯こそ100%自然のものです」と語る。
住所:Am Postfenn 5, 14055 Berlin
URL:www.gaslicht-kultur.de
ガス灯野外博物館
Gaslaternen-Freilichtmuseum Berlin
ガス灯の文化を守る目的で、1978年に設置された野外博物館。最寄りはS バーンのティーアガルテン駅。ティーアガルテン公園の一角にドイツの各都市のみならず欧州中から集められた約90もの歴史的なガス灯が並べられている。いずれもドイツ技術博物館が所有するコレクションで、そのなかには1826年製のベルリン最古のガス灯も。
オープン:24時間年中無休
住所:Str. des 17. Juni 17, 10557 Berlin