森の音楽会―ヴァルトビューネの楽しみ
毎年6月末になると、コンサートホールや劇場が夏休みに入る一方で、ベルリンの街のあちこちで野外コンサートが開かれるようになる。中でも広く知られているのが、シャルロッテンブルク地区の森の中にあるヴァルトビューネ(「森の劇場」の意)だろう。毎年6月半ば、シーズンの最後に行われるベルリン・フィルのコンサートはテレビでも放映されるので、ご覧になったことがある方も多いはずだ。
そもそもヴァルトビューネは、古代ギリシャの円形劇場をモデルに、1936年のベルリン・オリンピックに合わせて造られた建造物の一つ。当初はディートリヒ・エッカートビューネという名称で、オリンピックでは器械体操などの競技がここで行われたという。
第2次世界大戦後、現在の名称になったこの野外劇場は、当初は主にボクシングの試合などに使われていたが、60年代に入ってコンサート会場としても用いられるようになる。ところが、65年9月のローリング・ストーンズのコンサートで事件が起きた。コンサートの短さに失望したファンが暴動を起こし、警官隊が放水して鎮圧する事態にまでなったのだ。被害額は膨大なものとなり、その後しばらくはほとんど使われなくなった。
ヴァルトビューネが再びコンサート会場として活況を呈するのは、80年代に入ってから。サーカス小屋を思わせる現在の白い屋根が舞台上に設置され、やがてベルリン・フィルが毎年ここで演奏するようになると、テレビ放映の影響もあって世界的に知られるようになった。いまやベルリンの夏の音楽シーンに欠かせない舞台である。
先日、弱冠27歳のベネズエラ人指揮者グスターボ・ドゥダメルの登場で話題を呼んだ、ベルリン・フィルのコンサートに足を運んでみた。2万2000枚のチケットは数カ月前からすでに完売。お客さんは2時間ぐらい前から会場にやって来て場所を確保し、持ってきた弁当をほおばりながら和気あいあいと楽しんでいる。この開放感は野外ステージならではのもので、コンサートが始まると、音楽に混じって小鳥の鳴き声なども耳に入ってくる。
劇場の一番上に立つと、意外と傾斜がきついのに驚くだ ろう。舞台との高低差は30メートルもあり、石の階段の上り下りはなかなか大変だ。だが、曲目が進むにつれて、この構造が舞台とのすばらしい一体感を生み出す。夕暮れ時、空の色合いは刻一刻と変わり、音楽と溶け合うかのように感じられる瞬間さえある。やがて、ろうそくや花火を灯す人が増えてくると、コンサートは佳境に。「リズムの夜」と題してラテンアメリカの音楽を並べたこの日のプログラムは、若武者ドゥダメルのまっすぐな音楽作りと極彩色のオーケストラの響きによって、アルトゥーロ・マルケスの《ダンソン第2番》で壮大なクライマックスが築かれた。最後は、手拍子と口笛が入り乱れての恒例のアンコール曲《ベルリン の風》で幕。
これから夏本番にかけてヴァルトビューネでは、ヘルベルト・グリューネマイヤー(7/22)、エリック・クラプトン (8/15)、ダニエル・バレンボイム指揮ウエスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ(8/23)などのコンサートが予定されている。夏の心地よいベルリンの風を感じながら、 この上なく贅沢な時間が待っているはずだ。