CD「ベスト・オブ・ベルリン」
この5月、ベルリンの音のベスト盤とでもいうべきCDが発売された。その名も“Best of Berlin”(EMI MUSIC)。ベルリナー・モルゲンポスト紙とシュプレーラジオの共同制作で、収録曲は7000人以上のリスナーが参加したネット投票から選ばれた。ベルリンをテーマにした81の歴代ヒット曲の中から人気の高かった上位40曲を、2枚組みに収めてできあがったCDがこれだ。
選ばれた音楽は、時代もジャンルもまさに多種多様。1枚目は流行歌が中心で、1950年代のシェーネベルク少年合唱団から2001年のディー・プリンツェンまで、やや詰め込み過ぎの印象も受けるが、その分内容は豊富だ。マレーネ・ディートリッヒの《私はベルリンにまだトランクを置いてある》では、この大女優の故郷への消しがたい思いが伝わってくるし、2005年に亡くなった最後の「ベルリン・オリジナル」の1人と言われるハラルド・ユーンケや、ベルリン訛りが印象的なヴォルフガング・グルーナーなど、その歌には全体的にノスタルジーが漂う。イタリアの名歌手ミルバも、《アレクサンダー広場》という哀愁豊かな歌を残している。
2枚目は、1970~80年代のロックやポップスが中心で、名曲が目白押しと言ってよい。冒頭のウド・リンデンベルクの《パンコー行きの特別列車》は、今回の投票でとりわけ人気が高かった曲だそうだ。83年、リンデンベルクは東ドイツでのコンサートを当時の首脳陣から拒否されたことからこの曲を書いた。軽快なスイングのメロディーに乗って歌われるのは、最高指導者ホーネッカーへのパンチの効いた皮肉(パンコーはホーネッカーの居城があった地区の名)。これが功を奏したのか、同年東ベルリンでのコンサートは実現した。その後のドイツ再統一に、いくらかでも貢献した歌と呼べるかもしれない。
リンデンベルクは西ドイツ出身のミュージシャンだが、Puhdys、City、Silly、Keimzeitといった東ドイツの人気バンドの魅力も捨てがたいものがある。Sillyの《Mont Klamott》というタイトルは、第二次大戦のがれきで作られた山を指し、その作業に携わった女性が登場する。歌詞を理解しながら聴くと、歴史の影が時折顔をのぞかせるのに気付く。一方、壁を隔てた西ベルリンのバンドIdealの《Berlin》では、ボーカルの刺すような歌声と挑発的な歌詞から、80年代初頭の空気が伝わってくる。いずれもあの時代のベルリンでなければ生まれなかった音楽だろう。
ベルリンをテーマに曲を書いたのはドイツのミュージシャンに留まらない。ルー・リード、デヴィッド・ボウイ、ロビー・ウィリアムスといった大物も、ベルリンから何らかのインスピレーションを受け、曲を書いているのは周知の通りだ。
ライナルト・グレーベの《ブランデンブルク》は、そんな多くの人を惹きつけて止まないベルリンへの憧れを、「何も起きない辺境の地」ブランデンブルクの視点からユーモアを込めて歌った傑作。サッカーチーム、ヘルタ・ベルリンの応援歌《Nur Nach Hause...》は、多くの人が一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
退廃、混沌、憧れ、ノスタルジー、愛着、反発……。歌詞カードが付いていないのが残念だが、戦後ベルリンの音をめぐる歴史を俯瞰することができる楽しいCDだ。