ジャパンダイジェスト

カイザー・ヴィルヘルム記念教会の鐘の音

ヨーロッパの響きというと、私はまず教会の鐘の音を思い浮かべる。それは除夜の鐘に代表されるようなお寺の単音の鐘と決定的に異なり、音の高さの異なる複数の鐘が同時に鳴り響く本質的にポリフォニック(多声的)な世界である。初めてヨーロッパを訪れた際、知らない街で聞いた教会の鐘の音は、自分がいま異文化の地にいることを心から実感させてくれた。

カイザー・ヴィルヘルム記念教会さて、ベルリンに数ある教会の中で私の最も好きな鐘の音は、カイザー・ヴィルヘルム記念教会のものである。にぎやかなクーダムの通りを歩いていて、ふとあの壮大ともいえるハーモニーが聞こえてくると、ときには立ち止まって聞き入ってしまう。戦争の惨禍を今に伝えるこの教会の鐘の響きは、私にはベルリンという街の音を何か象徴しているように思われてならない。「ベルリンと音、あるいは音楽」をテーマにしたこの新しい連載は、まずここから始めることにしたい。

簡単にこの教会の鐘の歴史をひも解いてみよう。1895年の教会設立当時のオリジナルの鐘は、実はプロイセンがその前の普仏戦争で戦利品として獲得した大砲を溶かして作ったものだった。5つの鐘の中には当時ドイツで最大の鐘もあったというから、一体どんな響きがしたのだろうか。しかし、第2次世界大戦がこの教会の運命を根こそぎ変えてしまう。当時ほかの多くの教会でそうであったように、銅の鐘は武器に作り変えるため再び溶かされ、教会自体も1943年11月23日の連合軍の爆撃によって、一夜にして廃墟と化してしまったのだ。

戦後、破壊された教会を取り壊すか保存するかで激しい議論が繰り広げられた結果、エゴン・アイアマンの案が採用されることになった。戦争への警告碑として残された廃墟の塔屋部を囲むようにして、八角形の教会堂と六角形の幾何学的な塔が新たに建てられた。6つの新しい鐘は、この細長い塔の上部3段に分けて吊り下げられている。中でも5600キロの最大の鐘には、「街は焼け落ちた。だが、私の救いはいつまでもすたらない。私の正義が終わりを迎えることはないだろう」というイザヤ書の一節が刻まれているのが象徴的だ。

マルティン・ゲルマー牧師同教会のマルティン・ゲルマー牧師によると、この鐘の響きから受けた感銘を伝えてくる人は少なくないという。また毎週金曜日13時からの和解の祈りは、「今お聞きになったあの鐘の音が平和の祈りへと誘います」と、訪れた人々に語りかけてから始めるのだそうだ。

記念教会の鐘が鳴るのは、毎日13時、17時半、18時のそれぞれ約8分前から。日曜日は礼拝の始まる10時と18時の2回。通常は5つの鐘のみで、6つ全部が鳴らされるのはクリスマスや復活祭など特別な祝日に限られるのだという。実際に鐘を鳴らすところも見せていただいたが、壁に設置された6つのスイッチを順々に押していくだけだったのは少々意外だった。ベルリンを訪れる際は、平和への願いが込められたこの遥かなる響きにしばし耳を傾けてはいかがだろう。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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