よみがえった無声映画「ベルリン・大都市交響楽」
都市はさまざまな音に満ちている。人々の雑踏、都市生活には不可欠な地下鉄やSバーンの騒音など、ベルリンと言われて人がイメージする音は千差万別だろう。ひょっとすると、現在のこの街を象徴するのは、日々止むことなく鳴り響く工事現場の音かもしれない。壁崩壊以降の再開発が着々と進むベルリンだが、この街の歴史を振り返るとき、今でも決まって語り草になる時代がある。“黄金の20年代”と呼ばれる1920年代だ。
1927年9月23日に封切られたヴァルター・ルットマン(Walter Ruttmann)監督の実験的なドキュメンタリー映画「ベルリン・大都市交響楽(Berlin. Sinfonie der Großstadt)」のリニューアル版が9月24日、初公開80周年を記念し、レビュー劇場のフリードリヒシュタットパラスト(Friedrichstadtpalast)で満員の聴衆を前に上映された。戦前のベルリンの都市生活を余すところなく捉えたこの無声映画のもう一つの主役は、エドムント・マイゼル(Edmund Meisel)が映画用に作曲した音楽である。今回の記念上映に合わせて、現存するピアノ譜をもとに作曲家ベルント・テヴェス (Bernd Thewes)が新たにオーケストレーションを施し、ベルリン放送交響楽団の生演奏によって20年代のベルリンが蘇ることになったのだ。
映画は、ばく進する蒸気機関車のシーンで幕を開ける。線路を刻むリズミカルな音楽とともに当時ターミナルだったアンハルター駅に列車が到着すると、夜の眠りから覚めた街が静かに動き出す。四方八方から人が集まる通勤風景から工場の労働シーンへと移るにつれ、テンポはどんどん加速する。当時としては異例の細かいカット割りによって、大都市ベルリンのせわしなくもダイナミックな1日を描いたルットマンの映像に、マイゼルは当時主流だったムード的な映画音楽とは一線を画す即物的でシンフォニックな音楽を書いた。
映画にはあらゆる階層の人々が登場する。当時交通量がヨーロッパ一と言われたポツダム広場のシーンでは、打楽器や管楽器を使って、街の喧騒まで音化されている。マイゼルは、騒音のテンポ、路面電車や車の音、工事現場のリズムまでメモするような人だったらしい。やがてネオンきらめく夜の享楽へ。華やかなダンスと居酒屋の風景ではジャズバンドも加わり、音楽がはちきれんばかりのクライマックスを迎えたところで突如幕となる。まるであの慌ただしい1日が、またすぐにやって来ることを暗示しているかのようだ。
映像とのわずかなズレさえ許されないオーケストラの生演奏は、聴き手にとってもスリリングな体験だったが、映画音楽のスペシャリストであるフランク・シュトローベル (Frank Strobel)の巧みな指揮によって最後の一音が映画のラストシーンと同時に鳴り終わると、会場は大喝采に包まれた。
大都市が内包するリズムとテンポ。そして、巨大な工業化を前にしての不安の萌芽。それらが奏でるハーモニーは、80年後の我々が見ても今なお新鮮だ。この「ベルリン・大都市交響楽」のリニューアル版は、11月30日にARTEでも放映される。