名門歌劇場の行方
今年9月、ベルリン州立歌劇場(Staatsoper Berlin)が一般公開された。日ごろ見ることができない舞台裏やリハーサルの様子に触れられるとあって、大勢の人が押し寄せた。
この日明らかになったのは、普段目に付く部分以外の、劇場のくたびれ具合だった。壁は至るところで剥がれ落ち、地下通路は何とも言えない古めかしいにおいがする。ヘルメットをかぶって地下の舞台装置を見学した際、担当者の説明に驚いた。
「この劇場は戦後の1955年に再建されましたが、舞台装置は1920年代に作られたものを、今もほとんどそのまま使っています。当時はヨーロッパ最先端だったのですが……」
同歌劇場は1743年に建てられたプロイセン最初の王立劇場に起源を持つ、ドイツでも屈指の伝統と実力を誇るオペラ座の一つである。日本にもファンは多く、10月の来日公演では大好評を博した。一方、芸術面の充実ぶりとは裏腹に、劇場本体の修復の必要性がだいぶ前から叫ばれている。しかし、事はなかなか前に進まない。いったい、どういう事情があ るのだろうか?
ベルリンには同歌劇場のほか、ドイチェ・オーパー( Deutsche Oper)、コーミッシェ・オーパー(Komische Oper)という二つのオペラ劇場がある。これは、壁があった時代は東西に分かれていたのが、統一によってすべてベルリン市に組み込まれたという事情によるのだが、「一つの街にオペラ劇場が3つも必要なのか」という議論は長い間絶えることがなかった。
もう一つ、地方分権の国ドイツの特徴として、文化行政も州に任されているという事情がある。ベルリン市は州と同等の権限を持つため、州立歌劇場の所有主も国(連邦)ではなくベルリン市である。3つの歌劇場に毎年1億1200万ユーロ(約185億円)という補助金が市から注がれているが、これは市の文化予算全体の3分の1に近い額だ。600億ユーロ(約10兆円)という莫大な借金を抱える市にとっては、二重の苦しみである。
そのため、昨年秋から文化部門の責任者も兼ねるヴォーヴェライト市長は、州立歌劇場を国へ移管することを繰り返し訴えてきた。ベルリンの今の懐事情では、3歌劇場の水準を維持することは非常に難しいというのが理由だ。州立歌劇場の修復に関しても、この点が長く争われてきた。だが連邦政府は、ベルリン市の申し出を明確に拒否。代わりに2億3000万ユーロ(約380億円)という修復費の大部分を引き受けることで、決着させようとしている。順調に進めば、改修工事は2010年から始まり、3年以内に終わると見込まれているが、果たしてどうなるか。事態を忍耐強く見守ってきた音楽監督のバレンボイム氏も、そろそろしびれを切らしつつある。
ベルリンが誇る州立歌劇場の伝統の音は、これまで自動的に継承されてきたわけでも、今後も確実に安泰というわけでもない。そこには政治を含めた現実とのせめぎ合いが常にあるということを、最近メディアを賑わせている一連の動きを見ていて思う。