ジャパンダイジェスト

クリスマスマーケットを彩った音色

クリスマスマーケットというと、いまではベルリン市内にいくつもあるが、その昔は一つしかなかった。18世紀半ばに現ミッテ地区南のペトリ広場からブライテ通りにかけて始まり、後に王宮広場前、現在ドームが建つルストガルテンへと延長されたクリスマスマーケットは、約200年もの間、例外の時期を除いては変わらぬ場所で12月の季節を彩った。

19世紀から20世紀初頭にかけての時代に、ベルリンのクリスマスマーケットを歩いたら、どんな音が聞こえてきたのだろうか。ドイツのクリスマスマーケットは町ごとの特色が強いことで知られるが、ベルリンの市には2種類の「名物」ともいえる物売りたちがいた。一つは、その三角形状から「ピラミッド」とベルリンっ子が呼んだ、クリスマスツリーを模した木組みの装飾品を売る人々である。本物のツリーと違って何年も使えるうえ、ロウソクを何本も灯せることから、貧富を問わず家庭で好んで用いられた。本物のモミやトウヒの木が一般家庭を飾るようになるのは、テューリンゲンやハルツ地方から鉄道で大量に輸送することが可能となる19世紀後半以降のことだ。

地下の様子
活気あふれる昔のクリスマスマーケットの様子。
ヴァルトトイフェルやピラミッドの物売りの姿も見える
© 出典:Renate Steinchen『Alt-Berliner Weihnacht』Argon, 1994より

もう一つは、ヴァルトトイフェル(Waldteufel、直訳:「森の悪魔」)という名の、けたたましい騒音を生み出す器具を売る少年たちで、“Waldteufel kooft(kauft)!”というベルリンなまりの甲高い掛け声があちらこちらから聞こえてきた。19世紀のクリスマスの風俗画を見ると、この2種類の物売りたちの姿が描かれていないことは、まずないと言ってもいい。

「なかでも私たち子どもの心をくすぐったのは、ヴァルトトイフェルでした。それはクリスマス市だけでなく街のあらゆる通りで鳴らされていて、ゴーゴーうなる音が聞こえてくると心が喜びで躍ります。そして、クリスマスが近いことを実感するのです。それだけでなく、クリスマス市で鳴り響くラッパや口笛の音は耳を麻痺させるほどでしたが、子どもにとっては喜ばしい音楽でした。そして屋台で売られる焼きたての揚げ菓子の匂いは、寒い冬の空気いっぱいに満たしました」(ナリ=ルーテンベルクという女性が書いた1840年代のベルリンの回想録より)

クリスマスマーケットはまた、あらゆる社会階層の人々が集う場でもあった。ちょうど王宮広場前に市が立っていたこともあり、王家の家族も民衆との接点を求めて、時折装飾品やお菓子を買いに訪れた。いまよりもずっと街の明かりが少なかった時代に、クリスマスマーケットの華やかさは特別だった。屋台のおもちゃやお菓子は庶民にはなかなか手が出なかったようだが、彼らはそれでも市に殺到し、見て回った。目抜き通りのウンター・デン・リンデンさえも、この時期は閑散としていたという。手回しオルガン、物売りたちの活気溢れる声、人々の笑い声などが渾然一体となって空間を満たし、時折、パロキアル教会やニコライ教会の鐘が夜空に祝祭的に鳴り響く。

ベルリン最古のクリスマスマーケットがあった一帯は、第二次世界大戦後に区画が変わり、かつての名残はもう見られない。「ピラミッド」やヴァルトトイフェルの物売りたちがベルリンのクリスマスマーケットから消えて久しいが、今年も変わらず、人々はあの場に集う。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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