ビールに使われる植物と言えばホップ、というのは当たり前ですよね。 しかしドイツで さえ、ホップが一般的になったのは、ほんの100年ほど前だったのです。6000年とも言われるビールの長い歴史からすれば、ごく最近の出来事です。
ビールは麦から造られるアルコール飲料ですが、昔は味付けに多種多様な植物やスパイスが使われていました。古い文献を見てみると、ヤチヤナギ、イソツツジ、ニガヨモギなどが多く使われていたようです。ビールの発酵、腐敗の科学的証明がされていない時代には、どんなにベテランのビール職人でも酸っぱく不出来なビールになることがよくありました。その解決策として普及したのが、味が濃く香りも強い植物を調合してビールの味付けに使うという方法だったのです。こうして調合された香味料は「グルート」と呼ばれ、最近まで使用されていました。アルコール分を補うために酩酊感を与える植物を入れることもあったようですから、身体に良くなさそうですよね。
ビンゲンの対岸に立つザンクト・ヒルデガルト修道院。
今はブドウ畑に囲まれている
いつ頃からホップがビールに使われ始めたのかは明らになっていませんが、ホップは薬草として古くから栽培されていました。それが初めてビールに使われた記録が残るのは12世紀。修道女であったヒルデガルトが最初と言われています。ライン河畔のビンゲンにある修道院の院長であった彼女は優秀な自然科学者で、醸造家でもありました。
ホップがグルートにとって代わったのは、ホップはビールに爽やかな苦みをもたらすだけでなく、抗菌効果に優れ、複雑な調合も不要だからです。醸造家から見れば、願ってもない貴重な植物です。しかし、バイエルン以外の地域では、なかなか使用が許可されませんでした。それには「グルード権」と教会支配が関わっていました。グルートの複雑な調合方法は、当時の英知が集まった修道院の秘伝、いわば専売特許でした。都市の醸造者組合は修道院に高いグルート使用料を支払ってビールを醸造していたのです。中世の教会は強大な影響力を持っていたので、自分たちの利益にならないビールの醸造を許可するわけがありません。グルートをやめてホップを使用したいと考える都市側と教会の争いは、教会支配からの都市の独立運動にも発展しました。
ドイツでホップの使用に最後まで反対していたのは、選帝侯としても巨大な権力を持っていたケルンの大司教でした。この地でも16世紀になってようやくホップの使用が許可されるのですが、その理由は、大司教がグルートからの収入を手放す代わりにホップの使用料を徴収する権利を手に入れたからです。
そんな時代背景を考えると、1516年にバイエルンでビールの品質を向上させるために公布された「ビール純粋令」(ビールの原料を麦芽、ホップ、水に限った法律)は画期的な法律とも言えますね。ビール純粋令以降、グルートを使ったビールは淘汰されていきました。
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