ジャパンダイジェスト

Nr. 16 音楽の国の、音楽の授業

「ドイツは音楽の国」と信じている日本人は少なくないでしょう。かく言う私もその1 人でした。幼い頃からピアノを弾いていたせいか、偉大な作曲家を生んだドイツへの憧れは相当に強いものでした。ところがドイツに来てすぐに「ここは本当に音楽の国?」と疑問視するようになりました。なぜなら子どもも大人も偉大な作曲家の名前をほとんど知らず、クラシック音楽への関心がとても低いからです。信じてもらえないかもしれませんが、娘の通うギムナジウムのクラスメートのほとんどは、バッハもモーツァルトもベートーヴェンも知りません。あえて「ベートーヴェンって知っている?」と聞いてみると、「誰それ?(Wer ister?)」ではなく「何それ?(Was ist das?)」と聞き返してきます。

ドイツと音楽の関係は、私が想像していたものとはかなり違っていました。日本のように小学校でリコーダーが配られることもない。音楽室には大作曲家の絵が1 枚も貼られていない。校長は毎日生徒に楽しく歌わせる元音楽教師でしたが、音楽の教科書が配布されたことは小学校4 年の間に一度もありませんでした。

音楽
イラスト: © Maki Shimizu

私の娘がクラシック音楽の作曲家について学校で習ってきたのは小学2 年生の時だけ。それはフランツ・ヨーゼフ・ハイドンでした。なぜか。それはドイツ国歌(Nationalhymne)のメロディーを創作した人だからです。ところがよく見ると、メロディーと国歌の歌詞を覚えることが授業の目的だったので、ハイドンの名前は“ついで”に覚えたにすぎなかったのです。

ドイツの音楽教育は、いったいどこで行われているのでしょうか。それは、まず家庭から始まるようです。両親のどちらかがクラシック音楽を好んで聴く家庭では、たいてい幼い子どもも音楽好きに育っていきます。しかしながら、子どもに楽器を習わせることは、場合によって大きな経済的負担になります。私は娘にバイオリンを習わせていましたが、月謝は65 ユーロ。ほかのお母さんからは「あんた、バカじゃない!?(Spinnstdu?)」と言われました。節約精神を重んじるドイツ人ママにとってはあり得ない出費なのです。

ドイツで暮らすようになって分かったことは、クラシック音楽はすでに“アンティーク”なものであって、一部の限られた人たちの楽しみだということでした。子どもにとっても、学校の宿題に加えて孤独で地道な楽器練習を好む子は少数派で、それよりも友達と一緒に思いっきり汗を流し、親にとっても安上がりなスポーツ教室のほうが圧倒的に人気です。

とはいえ、音楽を学びたい子どもはいます。市や教会などが運営する楽器教室の授業料はグループレッスンで年間100 ユーロほど。学校制度としてはスポーツ、芸術、言語などと並んで音楽ギムナジウムという公立校が数多くあり、正規の授業の中で専門教育がほぼ無料で受けられます。そして何よりテクノやドイツ・ヒップホップといったドイツ生まれの音楽ジャンルが世界的に高い評価を受けています。私がそれを知るようになったのは、ティーンエイジャーになった私の娘の部屋から聞こえる大音響とそれを楽しむドイツっ子との会話からでした。

結局、ドイツ人は音楽が大好き。ちょっとくらい音痴でも、作曲家なんて知らなくても、ビールを片手に大合唱。ストリートミュージシャンの素晴らしい演奏には足を止めて惜しみない拍手を送る。心惹かれる音楽であれば、すぐに踊りだす。音楽にレベルを求めず、心から楽しむ姿に出会えます。ドイツはやはり“音楽の国”なのでした。

音楽
イラスト: © Maki Shimizu

 
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