娘「ママのドイツ語、ちょっとヘンだよ」
私「え? 何がヘン?」
娘「外国人みたいなドイツ語しゃべってるよ」
私「……私、外国人なんだけど……」
娘「……えっ?!」
我が家ではこんな会話がときどき繰り返されていました。私の娘は小さい頃から自分たちがドイツ人だと信じ込んでいたのです。当時は日本人が周辺にまったくいないドイツの田舎町に住んでいたので、日本人としての自覚を促すためにも、私は娘に日本語を学ばせる必要性を感じていました。ところが日本人学校や日本語補習校に通えるほど便利な場所に住んでいなかったので、ドイツの現地校に入学するとすぐに日本語の通信教育を受けさせました。
「あなたは日本人なんだから、日本語もちゃんと勉強しなさい!」何度も口酸っぱく言った理由は、いずれ帰国する日が来るかもしれないし、何よりも日本人である以上は母国語をしっかり学んでほしかったからです。私はほぼ毎日、娘に日本語のドリルをさせました。しかし小3の段階で日本語のレベルは完全にストップしてしまいました。小学3年生が覚えるべき新しい漢字は200字。これは多過ぎました。漢字練習には毎日付き合いましたが、覚えるのが早いか、忘れるのが早いか。「昨日、覚えたばっかりでしょ!!」と、ヒステリックに怒ったこともありました。
イラスト: © Maki Shimizu
小学3 年生というのは、ドイツの小学校でも勉強がハードになりつつある時期でした。宿題のために放課後は3時間以上も机に向かわなければならない毎日。宿題が終わればすぐに友達と遊びたい娘に、私は漢字ドリルを渡すのでした。文句を言う我が子に「あなたは日本人なんだから」と言うと「違う!ドイツ人だー!!」。娘は泣いて怒りました。ドイツ人? いったいどこからそんな発想が生まれたのでしょうか。
そんなやり取りが続いていたある日、私は偶然こんな場面を目撃しました。娘の通うスケート教室で知らない男の子がうちの娘に言いました。
「おまえ、中国人だろー」
娘と男の子が押し問答になっていると、すぐに娘の友達3人が寄って来て男の子に言いました。
「あんた! バカじゃない。この子はドイツ人よ」
男の子「うそだ。じゃあ、親が外人だろー」
女の子A「だったら何なのよ! あたしのおばあちゃんはフランス人よ」
女の子B「あたしの両親はスコットランド人だよ」
女の子C「あたしのパパなんか、北極から来たんだからね!」(ウソ)
イラスト: © Maki Shimizu
男の子は返す言葉がなくなって退散し、女子チームは勝利の笑顔をうちの子に向けていました。こんな環境で育てば、「私はドイツ人」の言葉が娘の口から出てきても仕方がないのかもしれません。
ドイツにいると、自分が外国人だと意識させられることが少なくありません。けれども幼い子どもたちにとっては外見が異なっていても、この土地に住んで同じ学校に通い、同じ時間を共有していると、“同じ仲間”と認識するようです。仲間が知らない人から攻撃されれば、それを守ろうとする姿がありました。
その日以降、私は日本語学習をすっかり諦めました。娘は日本語を読み書きできない子に育っていきましたが、当時はまさか娘が自分から日本語習得を切望する日が来るなど、想像もしていなかったのです。言語学習は強制せずとも、子どもが主体的に学びたいと思えばアッいう間に習得できるものだと実感している今日この頃なのです。
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