ジャパンダイジェスト

ビールの産業革命とロンドン五輪

いよいよ今月27日から、ロンドン五輪が始まります。英国を現在の繁栄に導いたのは、何と言っても18~19世紀に世界に先駆けて起こった産業革命でしょう。その立役者と言えば、ジェームズ・ワットの蒸気機関です。ヤカンの蓋が蒸気で持ち上がることにヒントを得てワットが発明した蒸気機関は、エネルギーの大革命でした。

蒸気機関は、ビール醸造の形をも変えました。ワットの蒸気機関が実用化されたとき、それを真っ先に取り入れたのがロンドンのビール醸造所です。蒸気機関の発明以前、水の汲み上げや麦芽の粉砕、麦汁の撹拌といった力仕事は、人や馬の力に頼っていました。馬の飼料やきゅう舎、馬の世話をする人の人件費など、馬に掛かる費用は醸造所の経費の中で最も多かったと言います。蒸気機関が馬に代わって力仕事をし始めると、ビールを大量に造ることができるようになりました。続いて鉄道網が敷かれ、蒸気機関車が走るようになると、遠方までビールが届けられるようになったのです。

Shakespeares Head
建設途中の五輪スタジアム。エコな大会を目指し、建築にはリサイクル素材を利用

ビール造りに影響を及ぼしたもう1つの現象が、都市人口の増加です。食糧生産が安定し、英国全体の人口が増えた上に、蒸気機関に仕事を取られた職人や農民がロンドンやリバプールなどの大都市に流入したことから、都市の人口はたちまち膨れ上がりました。ロンドンでは、18世紀半ばに70万人ほどだった人口が、その100年後には470万人と爆発的に上昇しています。そして労働者が喉の渇きを癒そうとビールを求めたため、都市は巨大なビール市場となりました。

ワットの蒸気機関によって、ビールは機械化された大規模工場で造られるようになり、蒸気機関車による大量輸送と合わせてビール醸造は近代化しました。現在、ビールが大量生産され、世界中で安定した美味しいビールが飲めるのは、産業革命のおかげなのです。19世紀の英国は工業とビール醸造の中心で、ドイツからも頻繁に視察が訪れていました。

しかし、良いことばかりではありません。産業の繁栄の影には環境汚染が付きものでした。ロンドン五輪のメイン会場となる市東部のロウアー・リー・バリー地区は産業革命から続く工場地帯で、有毒な化学物質や重油などによって土壌が汚染され、長い間放置されていました。そのため失業、犯罪、列悪な住宅環境といった問題を抱えていた地域ですが、五輪に向けて当地では大規模な土壌の浄化作業や植林が行われ、五輪パークとして生まれ変わりました。大会後は、緑に囲まれた住宅地になるそうです。また、環境に最も配慮した大会を目標に掲げ、五輪パークで使用されるエネルギーの9%は、専用施設で造られるバイオマスや風力などの再生可能エネルギーになる予定です。蒸気機関が黒煙を上げ、英国の産業を牽引した工場地帯は、五輪を機に環境に優しいエネルギーを使ったクリーンな街に一変します。そんな小話を頭の隅にとどめておくと、これから始まるロンドン五輪がますます楽しみになりますよね。

 
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