ジャパンダイジェスト

シェイクスピアとホップなしのビール

前回に引き続き、シェイクスピアに関連するビールの話です。シェイクスピアの戯曲には、度々賑やかな酒場のシーンやビールに関する台詞が登場しますが、劇中の人物はどのようなビールを飲んでいたのでしょうか?

まずは、14 ~ 15世紀初頭にかけての英国史に基づく戯曲『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』の時代。欧州大陸ではビールの味付けとしてホップが重宝されるようになっていましたが、英国は独自の道を歩んでいました。ビールはニガヨモギやイラクサなどのハーブで香味付けをして造るか、麦汁と水だけで造ったものに、飲む直前に味付けとして焼きリンゴやパンを入れていました。これらの独特なビールが、戦場に連れて来られた若い兵士に「武人としての名誉よりも1杯のビールと身の安全のほうが大切だ」と述懐させ、ハル王子(後のヘンリー5世)に「薄口のビールをぐいっとやりたい」とぼやかせたのでしょう。

Shakespeares Head
パブの2階窓から顔を出すシェイクスピアの人形。
「Shakespeares Head」にて

ヘンリー5世が戦った百年戦争では、帰還した兵士たちが北フランスで飲み慣れていたホップ入りのビールを欲しがったため、続く戯曲『ヘンリー六世』の時代にはオランダやベルギーからホップが輸入されるようになります。しかしそこは保守的なお国柄、ホップなどという大陸の「邪悪な雑草」には毒があるに違いないと信じていた人も多く、なかなか定着しませんでした。ホップを長持ちさせるために硫黄で燻していたといい、確かに健康に害がありそうです。当時の英国人はホップを使ったものを「ビール」、使わないものを「エール」と区別していました。しかし、ホップの旨みや高い防腐性は徐々に庶民に浸透し、ホップを入れたものをエールと偽って販売する醸造家が後を絶ちませんでした。そのため、エールにホップを入れることを禁止する条例が再三にわたって公布されます。ドイツのバイエルン地方で1516年に、「ホップと麦芽と水以外のものを使ってはいけない」とするビール純粋令が公布された一方、英国ではホップの使用が規制されていたとは意外ですよね。英国でホップの栽培が始まったのは、1524年になってからでした。

エールにもホップを使用することが許可されたのは、シェイクスピアが誕生した16世紀半ばのこと。水は安全な飲み物ではなかったので、極めて貧しい人たちは別として、朝食にはエール、昼食にはビール、晩餐にはワインが食卓に上っていました。この頃の庶民の生活を描いたシェイクスピアの戯曲には、ビールとエールは生活必需品として登場します。

現在の英国では、茶褐色で泡のない伝統的なビールを「エール」と呼び、「ビール」と言えば黄金色でさらっとした喉越しが特徴のラガービールを指します。現在のエールは、華やかな香りとホップの苦味が凝縮された、とても魅力的な味わい。地元の若者の間では「ビール」が人気ですが、ロンドンへ行ったら、やはり歴史の香り高き「エール」を楽しみたいものです。

 
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