ロンドンの大英博物館で、ビールに関する面白いものを発見しました。エジプトから運び込まれた品々を展示する一角に、王侯貴族の墳墓から発掘された埋葬品があり、その中に古代エジプトのビール醸造所の粘土模型があったのです。死んでも再び魂が身体に戻ると信じられていた古代エジプトでは、死後も永遠に贅沢な生活が送れるよう、ミイラと共に装飾品や生活必需品を埋葬していました。きっとこの墓の主は、あの世でもビールに困らないようにと、醸造所を持って行ったのでしょう。「食べ物」を表す古代エジプトの象形文字が、1杯のビールと一片のパンで構成されていることからも分かるように、パンと同様、ビールは食べ物の象徴でした。
古代エジプト式ビール:
生焼けのパンを水に浸して自然発酵させ、壺に移して二次発酵させる
紀元前2000年代の壁画には、ビール醸造の様子や宴会で酔って嘔吐する女性の姿が度々描かれています。エジプトのビールは紀元前3000年以降に、大麦やその他の穀物と一緒にメソポタミアから伝わったと考えられています。エジプトの人たちが飲んでいたビールはどんな味だったのか、興味深いですよね。この好奇心はビール好きの先輩たちも抱いていたようで、2002年に日本の大手ビールメーカーがエジプト考古学研究の第一人者である早稲田大学の吉村作治教授の協力の下、エジプトで古くから栽培されていたエンマーコムギを復刻栽培し、それを原料に古代エジプトのビールを再現しました。ホームページに載っている写真を見る限り、それは濃厚でミルクをたっぷり入れたコーヒーのような外観をしており、現代のビールとはひと味もふた味も違いそうです。
このビールがピラミッドを造る原動力になったことをご存知ですか? 古代エジプトでは1年のうち約4カ月はナイル川の氾濫により農作業ができなかったのですが、その間、農民の失業対策として実施された公共事業がピラミッドの建設でした。ピラミッド造りに従事すると、報酬として毎日ジョッキ1杯のビールと玉ねぎ1個が支給されました。仕事が与えられる上古代エジプトのビールは食べ物に神々から祝福され、死後はファラオと共に天国に行けるとあって、皆喜んで建築に参加したのです。
最も大きいピラミッドは首都カイロ近郊の街ギザにあるクフ王のピラミッドで基礎部分の一辺の長さは230m、高さは146m(現在は頭頂部が崩壊し、138m)、石の数は約300万個にもなり、20年以上掛けて約10万人が建設に従事したと考えられています。その原動力となったのがビール。滋養強壮や化膿止めの薬として用いられることもありました。
現在のエジプトはイスラム圏であるために、大っぴらに酒類を飲むことはできません。ただし、イスラム教徒ではない外国人観光客などが宿泊するようなホテルやレストランでは、ビールを飲むことができます。輸入品がほとんどですが、エジプト国内で造られたものもあります。灼熱の砂漠から粉塵舞う街へと渡り歩いた後の1杯は、喉に染み入る旨さです。
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