9月22日の連邦議会選挙では、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が得票率を前回比8%近く伸ばして圧勝した。勝利の背景には、メルケルのカリスマ性、そして好調を維持する景気が一因としてあることは明白だろう。好景気を謳歌し、欧州で独り勝ちの様相を呈するドイツだが、その陰には所得格差の拡大や貧困問題が内在する。今回は、ドイツの貧困問題と親の貧困が子どもに与える影響について見てみよう。
「貧富レポート」
2013年3月、連邦政府は「貧富レポート」を発表した。それによると、長期失業者の割合が2007年に比べ40%減少し、貧困状態にある子どもは25万人減少したと報告されている。失業率は1990年の東西ドイツ統一以来、最低を記録し、若年層の失業率はEU圏内で最も低く、高齢者の就業率はかつてないほど上昇しているとされた。
実際、2013年7月時点のドイツの失業率は5.3%で、EU平均の10.9%を下回る。スペインやギリシャでは失業率が25%を超え、15~24歳の若年層については、失業率が軒並み50%を超えるのに対し、ドイツではここ1、2年、若年層の失業率は10%以内で推移している。
「貧富レポート」が触れない負の課題
一方、このレポートでは、2010年時点で400万人以上が時給7ユーロ以下の低賃金労働に就いていたことにはほとんど触れられていなかった。
低賃金労働は、失業率の高い旧東独地域で多く発生している。9月には、ブランデンブルク州のピザ宅配業者が、3ユーロ以下の時給で労働させていたことが発覚した。これは、旧東独地域のパートの最低賃金が時給7.50ユーロであることを考えれば格段に安い。失業率の高い同地域では、賃金協約を採用している企業は3社に1社という。
連邦統計局によれば、月収952ユーロ(手取り)以下の場合が「貧困の危機にあるライン」と定義され、国民の14~ 16%がこれに該当するとみられている。これは、月収が全国平均の60%を割り込んでいる世帯と考えられ、その主な構成者は、長期失業者やひとり親世帯である。
ひとり親世帯の苦渋
2012年の連邦統計局の調査によると、債務相談窓口を訪れた多重債務者の14%がシングルマザーで、この数値は全人口に占めるシングルマザーの割合の2倍以上に上り、シングルマザーに多重債務者が多いことを表している。ちなみに、シングルファザーは総人口に占める割合の28%であった。要因別では、失職が26%と最大であった。
親の貧困、子どもに連鎖
親の貧困は、そのまま子どもの貧困につながる。2007年のユニセフの調査によると、ドイツは子どもが暮らしやすい国としては11位であり、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなどの北欧諸国から遅れをとっている。現在、ドイツの子どもの11%が貧困層に属しており、彼らの親は全国平均の収入の半分以下で生活しているという。ドイツの教育は原則無料だが、書物やコンピューターから得られる知識や、休暇で得られる経験は何物にも代えがたい。実際、2012年には家庭が貧しいために休暇に出掛けることができなかった子どもが、国内で300万人に上ったという。
また、ドイツはデンマークやフランスと比べ、学齢期前の幼児教育に対する拠出が少ない。この時期は、外国人家庭の子どもをドイツ語やドイツの学校教育に適応させるのに重要な時期だが、現実には、保育園に通う移民家庭の子どもの割合は、ドイツ人家庭の半分にも満たない。家庭の事情というハンデがある子どもたちにも公平なチャンスを与えられなければ、貧困の連鎖は止まらない。
その一方で、ドイツの多くの子どもが自分の部屋、勉強机、本、コンピューターなどを保有しており、その割合は日本や米国より高かった。ドイツの子どもたちの教育環境は、全体的には整っていると言えるだろう。
日本の貧困は?
日本の貧困はどうなっているのか。2009年、厚生労働省は「各種世帯の所得等の状況」を発表した。それによると、貧困線(世帯所得を基に国民1人ひとりの所得を計算した中央値の半分)は112万円となっており、相対的貧困率は16%である。また、17歳以下の子どもの貧困率は、15.7%となっている。つまり、6~7人に1人の子どもが貧困状態にあり、30人の学級ならば、そのうち4~5人の子どもが貧困にさらされている状態ということだ。
世帯主が18歳以上65歳未満で、子どもがいる現役世帯についてみると、貧困率は14.6%となっており、そのうち50.8%がひとり親世帯である。
貧困率の独日比較(2000年代半ば)
出典:厚生労働省(2009年)
相対的貧困率
子どもの貧困率
子どもがいる現役世代 (世帯主が18歳以上65歳未満の世帯)の貧困率
合計
大人が1人
大人が2人以上
ドイツ
11.0%
16.3%
13.2%
41.5%
8.6%
日本
14.9%
13.7%
12.5%
58.7%
10.5%
これは2000年代半ばの数値である。日本、ドイツ共にひとり親世帯の貧困率が高くなっているが、日本の値は他国に比べて飛び抜けて高い。この中にシングルマザーやシングルファザーが含まれるが、数値は1997年の63.1%から比べると下がっており、2009年には50.8%となっている。
子どもの貧困率に関しては、欧州平均から見れば、ドイツの数値は低い方に入るだろう。
相対的貧困率 Relative Armutsquote
衣食住に対して最低限の要求を満たすために定義されたのが絶対的貧困率。相対的貧困率は、世帯所得を基に国民1人ひとりの所得を計算し、その中央値の半分に満たない人の割合。この計算方法のため、先進国と発展途上国で「貧困」のレベルが大きく異なる。例えば、先進国の人間が相対的貧困率の定義に基づいて「貧困」であっても、途上国に住む人間よりも高い生活水準である場合もある。参考
■ New York Times ”European Unemployment Steady, Hinting at Progress in Crisis”(01.10.2013)
■ welt.de "Kinder von Migranten selten in Kita" (06.06.13)
■ "Pizza-Service zahlt Stundenlöhne von 1,59 Euro"(12.09.2013)
■ abendzeitung-muenchen.de "Kinderschutzbund: Drei Millionen Kinder machen keinen Urlaub" (15.07.13)
■ ドイツニュースダイジェスト950号「政府が貧富レポートを発表」(06.03.2013)
■ 時事通信「多重債務者の14%はシングルマザー」(01.07.2013)
■ www.goethe.de「子どもの貧困に関する2007年ユニセフ調査」(03.2007)
■ 厚生労働省「各種世帯の所得等の状況」(2009)
■ 「欧州の若年層失業率の推移」出典:Thomson Reuters Datastream, Eurostat
■ 「子どもの相対的貧困率の世界比較」出典:An overview of child well-being in rich countries(2007) UNISEF innocenti research center
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