ジャパンダイジェスト

Dialog im Dunkeln ~暗闇の中での対話への誘い ~

皆さんは、一寸の光も届かない暗闇の空間に置かれたとき、ご自分がどのような感覚を抱くのか、お考えになったことはあるだろうか。先立つのは、恐怖や不安、孤独といった精神的な変化か、あるいは静寂や冷たさなど感覚的なものか、はたまた不自由さか、その感じ方は千差万別であろう。このような未知の「暗闇の空間」での生活を、視覚以外の感覚を駆使しながら実際に体験できる場所がある。それが、Dialog im Dunkelnだ。

Dialog im Dunkelnが生まれるまで

Dialog im Dunkeln(以下、DID)は、1988年にドイツ人哲学博士アンドレアス・ハイネッケ(1955〜)の発案により始まった、ソーシャル・エンターテイメント。一切の光を遮断した空間の中を、グループごとに目の不自由な案内人の指示に従って進んでいき、いろいろな場面を体験するというものである。

アンドレアス・ハイネッケ

このような施設を思いつくに至った背景には、ハイネッケ氏の生い立ちと経歴が関係する。13歳のとき、自分はユダヤ人だと母親から聞かされる。母親はユダヤ人で、家族や親戚たちは強制収容所のホロコーストで犠牲となった。一方、父親はドイツ人で、その家族は以前、ナチス政権を強くサポートしていた。家庭という、ごく小さな社会単位でありながらユダヤ人とナチスが共存するという複雑な環境が、ハイネッケ氏に、他人を理解し認める寛大さについて考えさせた。

ドイツのラジオ局で働くようになったハイネッケ氏は、事故で視力を失った28歳の同僚と出会った。彼が人の助けなしに、いろいろなことができると知り、物事の見方が変わったという。その後、転職した盲人協会で、彼は目の不自由な人々に仕事をする際の指導を始めた。同時に、視覚障害者用電子新聞の作成や、求人情報をコンピューター検索できるシステムの構築などを手掛けた。しかし、これらはあくまで目の不自由な人々の生活を向上させるためのサービスに過ぎない。一番大切なことは、目の見える人と見えない人とのギャップを小さくし、壁をなくすことだと気付く。こうしたことが、DIDのアイデアへと繋がっていく。

Dialog im Dunkeln

暗闇で生まれるもの、期待されるもの

ハイネッケ氏によるとDIDは、第1に視覚障害者の雇用をもたらすもの、第2に人々が心を開くきっかけを作ることを狙いとしている。心を開くには、信頼が必要。暗闇では、先入観や偏見が存在せず、皆が平等になれるという。そして、対話を通じて現実を探求して欲しいと願っている。

暗い夜が、目からその働きを奪う。

それだけ耳が鋭くなる。

視覚から取り上げたものを、

倍にして返してくれるのだわ。

これは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』(Ein Sommernachtstraum、1590年代中頃、福田恆存訳)の一節である。シェイクスピアは、すでに気づいていたのかもしれない。完全な暗闇は視覚を排除するだけでなく、まったく新しく驚きの経験を可能にすることを。この一節をハイネッケ氏が実現させた、そんな風にも思える。

私が体験した暗闇 Dunkel Café

DIDとは少し趣が違うが、同じく暗闇を体験できるという意味でDunkel Café での二度の体験をご紹介しよう。

案内人を先頭に一列に並び、前の人の肩に手を掛けながら入っていく。まさしく漆黒の闇。慣れないものだからへっぴり腰になりながらそろそろと進むと、人の出入りを知らせるブザーが鳴る。そして、カウンターに着席。ここでは、飲み物やスナック類が注文できる。

体験前、五感から視覚を奪ったらどうなるのかと不安に感じていた通り、明るい場所へ逃げ出したい気持ちに襲われた。しかし、その気持ちを抑えて案内人と話すこと十数分、不思議と落ち着いた。これは、案内人のゲストに対する温かい心遣いによるところが大きい。

案内してくれたのは、母国の戦争で視力を失ったイラン人や、先天性白内障の手当てが遅れて失明したドイツ人。視力を失った背景や程度はそれぞれ違うが、各人が自分の状況を受け入れ、自分ができることに取り組んでいるという印象を受けた。暗闇の中で注文されたものを提供したり、会計時の手際の良さには驚かされたが、彼らにとっては日常の世界。「見えないのにいろいろなことができるなんてすごい」と思うのは、何か違う気がした。

暗闇では、いかに視覚からの情報に頼っているかが分かり、コミュニケーションの大切さを痛感。また、ここでは健常者が手助けをしてもらう側。環境が変われば、役割も変わる。良い意味で相互に依存し合う関係は、信頼なくして成り立たないものだということを、暗闇の中で感じた。

暗闇の世界を体験してみよう!

1. ダイアローグ・イン・ザ・ダーク

ハンブルク
Alter Wandrahm 4, 20457 Hamburg
予約:040-3096340
www.dialog-im-dunkeln.de

フランクフルト
Hanauer Landstr. 137-145 60314 Frankfurt am Main
予約:069-90432144
http://dialogmuseum.de/dialog-im-dunkeln

日本
東京都渋谷区神宮前2-8-2 レーサムビルB1F
問い合わせ:03-3479-9683
www.dialoginthedark.com

2.食事やカフェをしながら暗闇を体験

ベルリン
Unsicht-Bar Berlin
www.unsicht-bar-berlin.de

ハンブルク
Unsicht-Bar Hamburg
www.unsicht-bar-hamburg.de

ケルン
Unsicht-Bar Köln
www.unsicht-bar-koeln.de

ミュンヘン
zum Blinden Engel
www.zum-blinden-engel.de

ニュルンベルク
Estragon Nürnberg
www.estragon-nuernberg.de/de/events/event-nolightdinner.htm

ブレーメン
Universum Bremen
www.universum-bremen.de/cafe-im-dunkeln

用語解説

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)
Dialog im Dunkeln

ドイツでは、ハンブルク、フランクフルトにある。日本では、1999年から10年間は短期イベントとして開催、2009年からは東京で常設化されている。日本おいては約16万人が、世界規模でみると現在32カ国130都市以上で開催され、これまで800万人以上がこの施設を体験している。ソーシャル・フランチャイズとして展開している。

<参考>
www.dialog-im-dunkeln.de “Dialog im Dunkeln”
■『夏の夜の夢』ウィリアム・シェイクスピア 福田恆存訳(新潮文庫)
■ ドイツニュースダイジェスト「私の街のレポーター・ハンブルク
『暗闇の中のダイアローグ』」(17.12.2010)
■ Andreas Heinecke(Wikipedia)、その他

筧 美恵子(かけひ・みえこ) 大学卒業後、婦人服のパタンナーとなる。その後一転し、電機メーカーにて主に輸出関連業務に10年間携わる。その頃からドイツとの馴染みが深い。2006年4月からニュルンベルク在住。幅広い視野を持って、分かりやすい記事の発信を目指す。健康のため、ジムで筋力トレーニングに日々励んでいる。

 
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