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環境保護か経済成長か? 独政府のCO2削減策に厳しい批判

日本と同じモノづくり大国ドイツは、いま地球温暖化の防止と経済成長という2つの目標を同時に実現するために苦闘している。

9月20日、「2030気候保護プログラム」を発表するメルケル首相9月20日、「2030気候保護プログラム」を発表するメルケル首相

交通と建物に排出権取引を導入

そのことを浮き彫りにするのが、メルケル政権が9月20日に発表し、10月9日に閣議決定した法案パッケージ「2030気候保護プログラム」をめぐる議論だ。

この法案パッケージの目的は、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を、2030年までに1990年比で55%減らすこと。同国は来年から540億ユーロ(6兆4800億円・1ユーロ=120円換算)の費用を投じて、現在の年間排出量・8億7000万トンを2030年までに5億6000万トンに減らすことを目指す。政府は、今回発表された気候保護プログラムの中心を、交通と建物に使われる化石燃料に置いた。具体的にはガソリンや灯油など化石燃料を販売する企業に対し、2021年から2025年までCO2排出権証書の購入を義務づける。

政府は初年度に1トン当たり10ユーロに設定して年々引き上げ、4年後には35ユーロとする。さらに2026年以降は政府が毎年の排出量を制限し始める。また、企業は国内市場での入札により、排出権証書を購入することになる。2026年以降の価格は市場メカニズムで決まるが、政府は最低価格を35ユーロ、最高価格を60ユーロに設定。2026年以降は、毎年排出できるCO2の量も制限され、減らされていくという。

国内の空の旅が割高、列車が割安に

メルケル政権は、暖房効率を改善するための費用については、課税対象額からの控除を始める。ドイツには19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられたアパートが多く、窓などの密閉性が悪いものも少なくない。また灯油を使う暖房装置を再生可能エネルギーによる熱を使う設備などに更新するための費用も、政府が40%まで補助する。2026年以降は、灯油を使った暖房装置の新設は禁止される予定だ。

さらに、国内で移動する際に飛行機ではなく列車を使う市民を増やすため、列車の切符の付加価値税を19%から7%に引き下げる。逆に国内便の航空運賃は新税により割高になる。今回の法案は、ドイツの遠距離・近距離の公共交通機関、特に鉄道や路面電車を飛躍的に充実させる。連邦政府とドイツ鉄道会社(DB)は、2030年までに鉄道網の更新、拡充のために860億ユーロ(10兆3200億円)を投資するという。今年7月の時点では、ドイツで走っている電気自動車の数は約8万台にすぎないが、政府は2030年までにこの数を1000万台まで引き上げる方針。そのために充電ポイントの数を、2030年には現在の約2万個から100万個に増やす。

これまでドイツのエネルギー転換は、電力業界に集中していたが、政府は今回初めて交通と建物部門にメスを入れる。排出権取引という、企業にとっては最も付加的なコストが低い方法を選んだ。企業は自社に最も適したCO2削減の方法を選べるという利点がある。

市民の負担軽減措置も重視

これらの措置が実施されると、ガソリン、軽油、灯油の価格が上昇する。このためメルケル政権は気候保護プログラムに、低所得層の市民の負担を軽減する措置を盛り込んだ。例えば政府は、電力料金に含まれている再生可能エネルギー拡大のための賦課金を引き下げる。また車で職場へ通う市民が、通勤にかかる燃料費などをこれまでよりも多く課税対象額から控除できるようにする。

学界は「不十分」と厳しく批判

だがメルケル政権が発表した削減策は、学界から「不十分」と批判されている。気候学者の間では「この内容では、2030年までにCO2排出量を55%削減するという目標を達成できない」という意見が有力だ。ポツダム気候影響研究所のエーデンホーファー所長は、「メルケル政権は十分に踏み込まなかった。カーボンプライシング開始時の10ユーロという価格は余りにも低すぎる。CO2価格が10ユーロでも、1リットル当たりのガソリン価格は3セントしか増えない。本来は50ユーロから始めるべきだった」と厳しく批判した。

現在、欧州連合域内排出取引制度(EU ETS)における1トン当たりのCO2価格は約30ユーロ。ポツダム気候影響研究所は、「2030年までにCO2排出量を1990年比で55%減らすには、最終的なCO2価格を少なくとも70ユーロ、理想的には130ユーロにするべきだ」という試算を発表している。多くの環境保護主義者は、今回の法案を読んで唖然としたはずだ。

経済成長と雇用を重視したメルケル政権

要するにメルケル政権は、気候保護プログラムを、「企業や市民に過剰な痛みを与えない削減計画」にとどめた。政府は、景気や雇用に悪影響を与えないように、あえて初年度のCO2価格を低く設定し上昇率も遅くした。その背景には、景気の先行きへの懸念がある。米中貿易摩擦などによって、ドイツの第2・四半期のGDPは0.1%減り、景気後退の兆候が表れている。

メルケル政権は今年末までに、法案パッケージを連邦議会・連邦参議院で可決させる方針だが、緑の党は初年度のCO2価格の大幅な引き上げなど、法案の修正を要求している。今後ドイツでは温暖化防止と雇用の保護のバランスをめぐり、激しく議論されるだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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