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亡命申請者数の急増にドイツはどう対応するか

ドイツで再び亡命申請者問題が、政局の焦点になっている。バイエルン州のマルクス・ゼーダ―首相(キリスト教社会同盟・CSU)は9月17日にドイツの日刊紙に公表されたインタビューの中で、「ドイツが1年間に受け入れる亡命申請者の数を、20万人に制限するべきだ。地方自治体では、これ以上の受け入れは難しい。政府が亡命申請者受け入れのコントロールを失うと、民主主義が危険に曝さらされる」と語った。

2015年にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たちと、迎えるミュンヘン市民(筆者撮影)2015年にミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たちと、迎えるミュンヘン市民(筆者撮影)

保守陣営が受け入れ制限を求めているのに対し、緑の党や左翼党(リンケ)の政治家たちは、「亡命申請権は、憲法(基本法)や国際法で保障されている。戦争や政治的迫害から逃れてくる人々を、国境で追い返してはならない」と主張している。

ドイツはEUで亡命申請者を最も多く受け入れている

この問題についての議論が激しさを増している理由は、今年に入ってドイツで亡命を申請する外国人の数が急増しているからだ。

連邦移民難民局(BAMF)によると、今年1月から8月にドイツで亡命を申請した外国人の数は22万116人。これは昨年同時期の申請者数(13万2618人)に比べて66%も多い。最も多いのがシリア人(約6万3000人)、2番目に多いのがアフガニスタン人(約3万7000人)、3番目はトルコ人(約3万人)だ。これらの国々では、多くの市民が内戦の後遺症や、政府による迫害、抑圧に苦しんでいる。一見、トルコが3番目というのは意外に思える。だが同国ではクルド人、野党政治家など、エルドアン政権に批判的な市民が治安当局によって厳しく追及されているため、ドイツで政治的亡命を申請する者が急増している。

問題は、欧州連合(EU)に入った多くの亡命申請者がドイツを目指す点だ。EU統計局によると、今年上半期にEU域内で初めて亡命を申請した外国人の数は、51万9000人(前年同期比で28%の増加)だった。このうち約30%がドイツで亡命を申請している。2022年にはEU全体で約88万人が亡命を申請したが、そのうち約22万人がドイツだった。EU加盟国の中で最も多い数だ。EUでの亡命申請者数のほぼ4人に1人がドイツにやって来ることになる。

なぜドイツに亡命申請者が集中するのか。この国の亡命申請規定はほかの国に比べて寛容であり、到着後の受け入れ態勢も比較的手厚い。このためEU域内に入った外国人は、ドイツへ移動して亡命を申請する傾向が強い。EUではダブリン協定によって、最初に到着した国で亡命を申請しなくてはならないのだが、欧州の多くの国がシェンゲン協定に基づいて国境検査を廃止しているので、亡命申請者の動きを把握するのが困難なのだ。

ドイツは寛容な難民政策を軌道修正するか

われわれはおそらく、ショルツ政権はメルケル前首相が行った人道的な難民政策について、軌道修正を行うのを目撃することになるだろう。ナンシー・フェーザー内務大臣(社会民主党・SPD)は、9月25日、保守陣営の圧力に屈して、ポーランドとチェコとの国境に一時的に検問所を設置することを発表した。目的は、難民から金を取ってトラックなどに載せ、違法にドイツに送り込む「人間運搬業者」を摘発することだ。

亡命申請者のために宿泊先や食事などを用意するのは、地方自治体である。市町村からは、「もうこれ以上亡命申請者を受け入れるのは、不可能だ」という声が強まっている。冬が近づくなか、テントで寝起きする亡命申請者も少なくない。ドイツは、戦火を避けてウクライナから逃げてきた人々約100万人も受け入れている。ポーランドに次いで2番目に多い数だ。

現在の状況は、2015年の難民危機を思い出させる。当時メルケル前首相は、「Wir schaffen das」(われわれは、やり遂げることができる)というスローガンの下に、ハンガリーなどで立ち往生していた約100万人のシリア難民たちにドイツで亡命申請することを許した。ダブリン協定を一時的に無効化したこの「超法規措置」は、国内外で強く批判された。

難民危機はAfDに追い風

メルケル前首相の難民政策は、右翼政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持率を大幅に増やし、2017年の連邦議会選挙で同党は初めて議席を獲得した。難民問題は、AfDにとって追い風になる。ショルツ政権が実効性のある対策を取らない場合、有権者のAfDに対する支持がさらに強まる可能性がある。

ショルツ政権への不満は、旧東ドイツを中心にすでに高まりつつある。アレンスバッハ人口動態研究所の世論調査によると、AfDの支持率は、昨年9月前半には13%だったが、今年9月前半には6ポイント増えて19%になった。幹部がネオナチまがいの発言をためらわない過激政党が、SPD(18%)、緑の党(14%)、自由民主党(7%)を追い抜き、支持率で第2位になったのだ。AfDの旧東ドイツでの支持率は首位。テューリンゲン州では、今年初めてAfD党員が郡長に当選した。旧東ドイツでは来年9月にザクセン州、テューリンゲン州、ブランデンブルク州で州議会選挙が行われる。

亡命申請者問題をめぐりショルツ政権への圧力は高まる一方だ。ロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)は、「われわれは倫理的に難しい決断を下さなければならないかもしれない。民主主義政党は、協力してこの難題について解決策を見つけなくてはならない」と発言している。リベラル陣営がこれまでの人道的路線を貫くことは、困難かもしれない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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