ジャパンダイジェスト

連邦議会選挙で保守党が勝利 メルツ政権誕生へ

2月23日の連邦議会選挙で、ドイツ人たちは政権交代と政治の変革を強く望んだ。そのことは、82.5%という驚異的な投票率にはっきり表われている。そしてキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が28.5%の得票率で首位を獲得し、CDUのフリードリヒ・メルツ党首(69)の首相就任が確実になった。同氏は保守本流の政治家。ライバルのアンゲラ・メルケル前首相との権力闘争に敗れて2009年にいったん政界を去り、民間経済で働いた(2021年に政界復帰)。16年間の臥がしんしょうたん薪嘗胆の後、首相の座への切符を手にした。

2月23日、選挙戦を終えて演説するメルツ氏2月23日、選挙戦を終えて演説するメルツ氏

極右政党の得票率が倍増

もう一人の勝者は、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。同党は得票率を2021年の10.3%から約2倍の20.8%に増やし、第二党となった。2013年の結党以来、最も高い得票率だ。同党は欧州連合(EU)やユーロ圏からの脱退、エネルギー転換の停止などを含む、過激な政策変化を要求。AfDのテューリンゲン州支部などは、憲法擁護庁から監視されている。それにもかかわらず、有権者の5人に1人が同党に票を投じ、旧東独地域では首位だった。アリス・ヴァイデル共同党首は、「われわれはもはや少数政党ではなく、国民政党になった」と述べて成果を強調した。

これに対し、ショルツ政権に属していた政党は、有権者から厳しく罰せられた。オーラフ・ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)は得票率を前回から9.3ポイント減らして16.4%と惨敗。緑の党の得票率も3.2ポイント減って11.6%となった。昨年11月まで連立政権に属していた自由民主党(FDP)の得票率は前回の総選挙に比べてほぼ半減し、4.3%となった。FDPは5%条項に従い、連邦議会からはじき出された。

ショルツ政権への不満が爆発

主な政党の得票率の推移

主な政党の得票率の推移参考:選挙管理員会

今回の選挙結果には、国民の不満がはっきり表われている。連立政権に参加した三党はしばしば対立し、路線闘争のために迅速な政策決定を下すことができなかった。多くの市民が、「ショルツ政権は環境保護、特に二酸化炭素の削減を最優先にした政策を重視しすぎている」と感じた。また人々は、ロシアのウクライナ侵攻以来続く景気停滞、不況対策の遅れ、ビューロクラシーの増加、難民による犯罪の多発などについて、強い不満を持っている。ドイツでは昨年5月から9カ月間に難民による市民の無差別殺傷事件が6件起きており、多くの市民が治安の悪化を感じている。

CDU・CSUにとって今回の選挙結果は、手放しで喜べるものではない。同党への支持率は、昨年11月のアレンスバッハ人口動態研究所の世論調査では37%だったが、わずか4カ月で28.5%に減った。失速の理由は、特に若い世代の間で、メルツ氏の厳しい難民政策への反発が強まったからだ。彼は「ドイツでの亡命申請を拒否され、出国を義務付けられている外国人は逮捕して、直ちに収容施設に拘留する」という措置を提案した。メルツ氏は、AfDによって支持者を切り崩されないように、難民政策をAfDの路線に急激に近づけたのだ。

この提案はCDU・CSU支持者の中でリベラルな思想を持つ人々、例えばメルケル氏の人道的な難民政策を支持していた人々を憤慨させ、CDU・CSUへの支持率が減った。逆に左翼党が前回に比べて得票率を3.9ポイント増やして連邦議会に復帰することは、リベラルな有権者の間でメルツ氏の路線に対する警戒感が強まっていることを示している。

大連立の公算が大

メルツ氏は、SPDとの大連立によって議席の過半数を確保する方針。SPDで院内総務に選ばれたラース・クリングバイル氏との準備協議を始めた。しかしCDU・CSUとSPDの間には、難民政策や債務ブレーキの修正をめぐって、意見の相違がある。メルツ氏が目指している社会保障サービスの削減についても、SPDが反対するかもしれない。

この国には、直ちに取り組まなくてはならない難題が山積している。ドイツの実質GDP(国民総生産)成長率は2023年、2024年と2年連続でマイナスだった。トランプ米大統領が自動車関税を予告していることは、ドイツの産業界に強い不安を与えている。メルツ氏は、企業に対する税金や社会保険料負担の引き下げを通じて企業の競争力を改善させることで、GDP成長率を2%に回復させると国民に約束している。

メルツ氏が、「欧州の病人ドイツ」を健康体に回復させられるか、欧州諸国も見守っている。ウクライナ戦争の停戦をめぐるトランプ政権の電撃的な外交攻勢に対しても、EU加盟国と協力して、独自の提案を打ち出さなければならない。メルツ氏は復活祭(4月後半)までに新政権発足を目指しているが、この国は一刻も早く、安定した連立政権を樹立させる必要がある。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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