今年は、ドイツにとって大きな変化と試練の年となる。昨年の三党連立解消により、連邦議会選挙が2月23日に前倒しされた。アレンスバッハ人口動態研究所が昨年12月に公表した調査によると、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率は36%で、社会民主党(SPD)の16%、緑の党の12%、自由民主党(FDP)の4%に大きく水を開けている。そのため、CDU・CSUがSPDと連立し、CDUのフリードリヒ・メルツ党首が次期首相に選ばれる可能性が高い。
昨年12月9日、次期首相となることを見据え、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談したメルツ氏(右)
政権交代後も、難題が山積
次期政権にとって最大の課題は、ドイツの産業界が直面している競争力の低下を克服するための改革だ。自動車、自動車部品、鉄鋼、化学などの業界では多くの企業が余剰生産能力と収益性の低下に苦しんでいる。これらの業界が削減を検討している従業員の数は、数万人に上る。一部の企業は、中東欧や米国での生産額を増やしており、産業界の空洞化が進むかもしれない。現在のままでは、失業者数が2025年中に300万人を超える可能性がある。
経済協力開発機構(OECD)が昨年12月に公表した予測によると、昨年のドイツの実質国内総生産(GDP)成長率はゼロ、今年は0.7%と低水準にとどまる見込みだ。ドイツ産業連盟(BDI)は、ドイツの競争力と成長力を回復させるには、人件費や税負担、エネルギー価格の引き下げ、鉄道などのインフラ整備、デジタル化の促進、許認可プロセスの簡素化などビューロクラシーの削減が必要だと主張する。さらに経済界からは、「エネルギー転換についても、市民の負担を減らすための修正が必要だ」という声が高まっている。
競争力回復とインフラ整備のためには、数千億ユーロ単位の投資が必要になる。だがドイツ政府は2023年11月の連邦憲法裁判所の違憲判決以来、財政難に苦しんでいる。次期政権が決断を迫られるのは、債務ブレーキを修正するかどうかだ。野放図な借金を防ぐために、連邦政府はGDPの0.35%を超える財政赤字を憲法によって禁じられている。一部の経済学者は「競争力の回復やイノベーションに必要な投資については、債務ブレーキの適用対象から外すべきだ」という意見が出ているが、メルツ党首は反対している。
1998~2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)は、社会保障制度・労働市場改革「アゲンダ2010」により企業の競争力を回復させ、480万人いた失業者を半分に減らした。次期政権がこのような改革を実行できるかは、重要なポイントとなる。
第二次トランプ政権の脅威
ドイツにとって今年の大きな試練の一つは、米国でトランプ政権が再び誕生することだ。トランプ氏は全ての輸入品に10~20%の関税、中国からの輸入品には60%の関税をかけると発言している。米国はドイツにとって最も重要な輸出市場の一つだ。関税政策が実行された場合、独自動車業界は深刻な打撃を受ける。
もう一つの懸念は、安全保障政策だ。トランプ氏はウクライナに対する軍事支援を減らす可能性を示唆しているほか、北大西洋条約機構(NATO)から脱退することもほのめかしている。2022年1月から昨年10月までのウクライナへの軍事支援額1222億ユーロ(19兆5520億円・1ユーロ=160円換算)のうち、約48%は米国が負担した。最悪の場合、欧州諸国は米国抜きでウクライナを支援しなくてはならない。
メルツ氏は、昨年12月にベルリンで行った演説の中で、「米国がウクライナ支援を減らす場合に備えて、独仏英、ポーランドが中心となってウクライナ・コンタクト・グループを2025年に創設する」と述べた。さらに同氏は、ドイツ製巡航ミサイル・タウルスをウクライナに供与することも示唆している。2025年にはドイツでの徴兵制の復活へ向けた準備も始まる。
「アメリカ・ファースト」を標ひょうぼう榜する米大統領の再選で、欧州と米国が長年培ってきた同盟関係に深い亀裂が入る可能性がある。ドイツをはじめ欧州連合(EU)加盟国は防衛支出の大幅な増額を迫られる。「限られたパイの配分」をめぐる争いが一段と激しくなるだろう。
また昨年12月20日には、サウジアラビア出身の医師がマクデブルクのクリスマス市場に車で突っ込み、5人を殺害し約230人に重軽傷を負わせた大惨事が起きた。今年は難民議論が一段と活発化するだろう。
南米諸国と自由貿易圏創設で合意
昨年以来暗い重苦しいニュースが多いドイツだが、明るい話題もある。昨年12月6日、欧州委員会は約25年に及ぶ交渉の末、南米南部共同市場(メルコスール)の大半の加盟国との自由貿易圏の創設へ向けて、政治的合意に達した。EUとブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチンは自由貿易圏を形成し、輸出入品目の91~92%について関税を撤廃する。計画が実現した場合に最も恩恵を受けるのはドイツだ。ドイツとメルコスール加盟国の貿易額は240億ユーロ(3兆8400億円)になるとみられている。
この合意によりEUは孤立主義者トランプ氏に対し、「われわれは自由貿易を重視する」という明確なメッセージを送ったのだ。2025年は欧州にとって、米国への依存を減らし、いかにして自立とソブリニティー(主権性)を維持するかの道を模索する年になるだろう。
筆者より
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