Hanacell

極右政党AfDが総選挙で首位になる日は来るのか?

4月9日、ドイツの政界に衝撃を与えるニュースが流れた。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への政党支持率が、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を抜いたのだ。全国規模の政党支持率調査で、AfDがトップになったのは初めて。世論調査機関イプソスによると、AfDへの支持率は25%で、CDU・CSU(24%)を1ポイント上回った。前回の調査(3月)に比べてAfDへの支持率が3ポイント増えたのに対し、CDU・CSUへの支持率は5ポイントも減った。

2月23日、連邦議会選挙での大躍進を祝うAfD共同党首のヴァイデル氏(右)とティノ・チュルパラ氏(左)2月23日、連邦議会選挙での大躍進を祝うAfD共同党首のヴァイデル氏(右)とティノ・チュルパラ氏(左)

CDU・CSUへの支持率が下落

2月23日の連邦議会選挙では、CDU・CSUの得票率は28.6%で、AfD(10.8%)に7.8ポイントの差をつけていた。CDU・CSUの支持率は、連邦議会選挙以来下落している。その理由の一つは、大連立のパートナーであるSPDに依存せざるを得ない、フリードリヒ・メルツ首相の指導力への懸念だ。

例えば、メルツ氏は選挙前には「債務ブレーキ(連邦政府に国内総生産の0.35%を超える財政赤字を禁じる憲法上の規定)を修正しない」と言っていた。これに対しSPDは選挙前から債務ブレーキの修正を求めていた。結局メルツ氏は、選挙後の3月5日に公約を破って債務ブレーキの修正を発表した。公共放送局ZDF(第二テレビ)が3月21日に公表した世論調査結果によると、回答者の73%が「メルツ氏は債務ブレーキの修正によって、有権者をだました」と答えた。

SPDとの対立の予兆

内政面では、メルツ氏とSPDの間の意見の対立が刻々と表面化しつつある。その例が、法定最低賃金の引き上げだ。ドイツの最低賃金は、2025年1月1日以来、1時間当たり12.82ユーロ(2052円・1ユーロ=160円換算)である。SPDは選挙期間中に、この額を2026年から15ユーロ(2400円)に引き上げると約束した。連立協定書にも、「2026年には法定最低賃金を15ユーロに引き上げることは可能だ」と書いてある。だがメルツ氏は、「法定最低賃金を自動的に法律で15ユーロに引き上げることはない。経営者と労働組合が構成する賃金委員会が交渉して決めることだ」と述べ、SPDの主張に懐疑的な姿勢を示した。

ドイツでは2年間にわたりマイナス成長が続いた。このためメルツ氏は、企業の競争力や収益力を高めることを目指している。そこでCDU・CSUは連立協定書に、法人税を2028年以降5年間にわたって毎年1ポイントずつ引き下げること、社会保険料負担の引き下げ、公的年金の引き上げ率の抑制、長期失業者のための援助金の削減などを明記させた。これに対し、SPDが求めている富裕層以外の市民のための減税については、「連邦予算に余裕があるかどうかにかかっている」と述べ、減税が行われない可能性も示唆した。

メルツ氏第1回目落選の衝撃

メルツ氏の政局運営能力の基盤の脆さは、5月6日に彼が連邦議会での第1回目の票決で落選したことにも表れている。秘密投票だったため、18人の造反者が誰だったかは分かっていないが、論壇ではメルツ氏の路線に批判的なSPD左派がメルツ氏への投票を拒否したのではないかという憶測が出ている。将来も難民政策、社会保障政策、労働政策などをめぐって、メルツ氏とSPD左派の間の対立がエスカレートし、「首相落選劇」のような事態が繰り返される危険もある。

メルツ氏が5月14日に連邦議会で行った所信表明演説で、安全保障や外交に重点を置き、難民政策や経済政策には踏み込まなかった理由も、内政面でSPDと意見の食い違いが目立ち始めているからだ。SPDのラース・クリングバイル共同党首は左派に属さない実務派だが、首相落選劇を見ると、左派議員をコントロールし切れていないという印象を与える。つまり、「メルツ氏は選挙前に約束した公約を実行できないのではないか」という不信感が、市民の間で広がっているのだ。

選挙ごとにAfDとの得票率の差が狭まる

これに対しAfDは連邦議会選挙での得票率を2021年の前回の選挙での10.4%から20.8%に倍増させるなど、躍進を続けている。AfDのアリス・ヴァイデル共同党首は2月23日の夜、「われわれはもはや一地域の弱小政党ではなく、国民政党だ。次の選挙で、われわれはCDU・CSUを追い抜く」と予言した。

私は、メルツ氏が経済の立て直しに失敗し、市民の不満がさらに強まった場合、ヴァイデル氏の予言が2029年の連邦議会選挙で現実になる可能性もあると考えている。2017年の選挙では、CDU・CSUとAfDの得票率の差は20.4ポイントだった。2021年の選挙ではその差が13.8ポイント、今年の選挙では7.8ポイントに縮まった。つまり連邦議会選挙を行うごとに、AfDがCDU・CSUとの差を狭めている。

ドイツ連邦内務省の捜査機関・連邦憲法擁護庁は5月2日、AfDを「確定的に過激な極右団体」と認定した(AfDが認定を不服とする仮処分申請をケルン行政裁判所に提出したため、審査が終わるまで憲法擁護庁はこの認定を公には使用しない)。ただし、この措置が伝統的な政党に対して不満を抱く有権者の間の、AfDへの支持を弱めるかどうかは未知数である。今後AfDの禁止を連邦憲法裁判所に申請する動きが出ることも予想されるが、政党禁止のハードルは高い。連邦憲法裁判所が申請を却下した場合、AfDは一種の「お墨付き」を得ることになる。右派ポピュリズムの波は、ドイツの足下にも押し寄せた。われわれ日本人も、今後の政治の動きを注意深く見守る必要がある。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作