ジャパンダイジェスト

2016年のドイツを展望する

ドイツ、そして欧州は五里霧中の状態にある。その理由は、第二次世界大戦後に一度もなかった事件が2015年に立て続けに起きたことにある。私は1990年からドイツに住んでいるが、過去25年間に今ほど日本で欧州が注目されたことは、一度もなかった。これらの事件の余韻はまださめておらず、2016年にも長い影を落とす。

ケルン大聖堂と新年の花火
ケルン大聖堂と新年の花火

イスラム・テロとの戦い

最も大きな影は、イスラム過激派の脅威が欧州の街角に到達したことだ。残念だが新春の欧州は、テロと戦争の暗雲に覆われている。2015年1月には、パリの風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」とユダヤ系スーパーマーケットがテロリストに襲われて編集者らが殺害された。過激主義者らの凶弾は、その10カ月後にパリのコンサートホール、カフェ、レストランで130人の市民を殺害した。

フランスのオランド大統領はこのテロを「戦争行為」と断定。今年からシリアとイラクでテロ組織イスラム国(IS)に対する空爆を強化する。メルケル政権も、フランスなど有志国連合を電子偵察機や空中給油機によって支援することを決めた。今年から約1200人の連邦軍兵士が欧州版対テロ戦争に参加する。

だが対テロ戦争の先行きは不透明だ。テロ組織を空爆だけで壊滅させることは、不可能だ。フランスが地上部隊を送るとしたら、シリア政府軍、IS、クルド人部隊、ロシア軍、ヒズボラ(神の党)など種々の戦闘部隊が入り乱れて戦う泥沼に足を踏み入れることになる。オランドにはそれだけの覚悟があるのか。有志国連合は、ISとの戦いで何を達成したら戦争を止めるのかという「出口戦略」を確立するべきだ。出口戦略を持たずに軍事介入を行う国は、アフガニスタンやイラクでの米軍と同じ運命にさらされる。軍事攻撃だけではなく、シリア和平を実現するための外交工作にも力を入れるべきだ。

難民危機は終わっていない

シリアの内戦を一刻も早く終結させることは、難民危機を解決する上でも極めて重要だ。2015年、ドイツでは約100万人の難民が亡命を申請した。2015年からの3年間で、欧州連合(EU)に流入する難民の数は300万人に達すると予想されている。

英仏など多くのEU加盟国が難民受け入れに難色を示す中、メルケル首相は戦火を逃れてきた難民たちに対して寛容な態度を示した。彼女の「Wir schaffen das(我々は達成できる)」という言葉は、未知の世界に対して門戸を閉ざさない、新しいドイツの楽観主義を象徴するスローガンになった。

だがドイツの地方自治体や保守派は「難民の受け入れ数の上限(Obergrenze)を設定するべきだ」と主張し、メルケルへの批判を強めた。メルケルは昨年12月14日に行われたキリスト教民主同盟(CDU)の党大会で採択された「カールスルーエ宣言」で「難民数の大幅な削減を目指す」という文言は受け入れたが、上限という言葉の使用を拒否。それにもかかわらず、代議員の99%がこの宣言を承認した。メルケルは、「難民急増も、グローバル化時代の一側面だ。外国に向けて扉を閉ざして孤立することは、21世紀の解決策にはならない」と力説。メルケルに対して、代議員たちが起立したまま約10分間にわたって拍手を送った。

この出来事は、難民危機というドイツ戦後最大の試練の中で、メルケルに代わる強力な指導者がいないことを示している。2016年の欧州でも、メルケルは大きな存在感を示し続けるだろう。

極右政党の動向は?

気になるのは、欧州での右派ポピュリズムの拡大だ。昨年12月に行われたフランス地方選挙の第1回投票では、右派ポピュリスト政党「国民戦線(FN)」が社会党や国民運動連合(UMP)を上回る得票率を記録し、第一党になった。第2回投票では既存政党が団結して戦ったため、FNは敗北したものの、第1回投票の結果はフランスだけでなく、欧州全体に強い衝撃を与えた。この背景には難民急増やEUの権力拡大に対する庶民の強い不満がある。フランス以外の国でも、極右勢力が伸長する傾向が見られる。

VWにとって正念場の年

昨年ドイツでは、戦後未曽有の企業スキャンダルが表面化した。欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)が、約1100万台のディーゼル車のエンジンに不正なソフトウエアを搭載して、米国などの排ガス規制をくぐり抜けていたのだ。

今年は、VWにとっては正念場となる。1月には製品のリコールが始まるが、同社は今年末までに欧州でのリコールと補修作業を完了させる方針。65億ユーロ(8775億円・1ユーロ=135円換算)のリコール費用が同社の業績にずしりとのしかかる。

米国での法務関連コストも顕在化する。米国・環境保護局(EPA)の罰金支払い命令や、市民による損害賠償訴訟、株主代表訴訟など様々な試練が、VWを待ち受ける。

今年も欧州では、予想外の事態が次々に起こるに違いない。社会や経済の変化に機敏に対応するためには、情報収集をこまめに行うことが一段と重要になる。

筆者より読者の皆様へ

旧年中はご愛読下さり、どうもありがとうございました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

8 Januar 2016 Nr.1017

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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