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電子身分証明書、いよいよ発行開始

11月1日から、チップ入りの電子身分証明書が発行されるようになった。インターネットの普及により買い物や銀行振り込みがオンラインで行われるようになった今日、提示し、肉眼で確認されることによってのみ身分が証明される“アナログ”の証明書をデジタル化し、オンライン取引をもっと便利にしようとしたものだ。しかし安全面での懸念は残ったまま。今回は、電子身分証明書について見ていこう。

簡単、安全、経済的

ドイツでは16歳以上のドイツ人に対し、旅券もしくは身分証明書の所持が義務付けられている。電子旅券はすでに2005年11月から発行されており、今回はそれに続いて身分証明書も電子化されることになった。注目の機能は、インターネット上で身分を証明するオンライン証明。これまでは各種オンラインサービスを利用する際、それぞれのサイトでそれぞれに登録手続きをしなければならず、またそれぞれに取得したユーザー名、パスワードを管理しなければならないなど、わずらわしい面もあった。

しかしオンライン証明で個人認証ができるようになると、電子身分証明書1枚ですべてのサイトのサービスが簡単に利用できるようになる。「すべて」とは言っても、連邦行政裁判所から承認を受けたサイトのみ。これはつまり、公認サイトで安心してオンライン取引ができることを意味する。さらにデジタル署名機能を併用すれば、サインが必要な契約書などの取り交わしも、すべて自宅から行える。こうして書類を提出しに役所まで出向く時間やそこでの待ち時間のほか、申請用紙などのコストを省くことも可能になるのだ。


©www.personalausweisportal.de

安全面とコスト面の懸念

内務省は昨年10月からこの新身分証明書を試験的に導入し、安全面での確認を行ってきた。デジタル機能の利用には必ず、PIN番号(用語解説)の入力が求められるので、不正利用されることはないと保証している。ただし安全に利用するためには、ファイアーウオールやウイルス対策など、適切なインターネット環境にあることが絶対条件で、セキュリティー対策に対する利用者の意識向上も求められている。さらにセキュリティー不足を指摘する専門家の意見もあり、安全面に対する国民の懸念はぬぐいきれていない。そのため、新身分証明書の発行開始直前には各地の管轄窓口で、旧身分証明書を求める長蛇の列ができたという。

安全面のほか、コスト面で電子身分証明書の更新をためらう人もいる。電子身分証明書の発行手数料は旧型(8ユーロ)の4倍近く。しかしこれは発行に最低限必要な額で、新機能を利用しようとするならば、専用の読み取り機などを購入しなければならず、総額200ユーロは必要になる(別表参照)。使ってみたいというわけでなければ、不必要な機能にわざわざ高い手数料を支払うのはもったいない、有効期限はまだ先だけれど、旧式が手に入るうちに切り替えておこう、そう考える国民も多いようだ。

今後の需要と供給

政府は年内に200万人、来年はさらに800万人が電子身分証明書の発行を申請するとみている。現在はスタートしたばかりということもあり、公認サイトおよび承認手続きをしているサイトはまだまだ少ない。しかし電子身分証明書の保持者が増えれば、サービス提供企業も増加することは必至だ。また企業にとっても、手間や人件費の削減などメリットは大きく、企業側がサービス提供を加速させることも考えられる。いずれにせよ、近い将来は電子身分証明書の可能性が大きく広がることになるだろう。

と、期待したいところだが、導入早々ソフトのセキュリティー面で欠陥が見付かった。また今後は、レンタカーやホテルの鍵などと引き換えに身分証明書を預けるといった、これまで普通に行われていたことが禁止されるようになったことも、国民の不安を募らせている。新身分証明書はやはり安全ではないのか。身分証明書は私たち外国人には直接関係ないが、ドイツに滞在する外国人の身分証明書として、「電子滞在許可証」の発行も検討されている。個人データをめぐる安全問題は決してひとごとではない。電子身分証明書の今後の展開を見守っていきたい。

電子身分証明書の発行および機能利用に掛かる料金

発行手数料(24歳以上)28.80ユーロ(発行から10年間有効)
発行手数料(24歳未満)22.80ユーロ(発行から6年間有効)
オンライン証明の初回利用設定無料(ただし利用可能は16歳から)
オンライン証明の追加利用設定6ユーロ(同上)
オンライン証明の利用中止申請無料
PIN再発行申請(PINを忘れた場合など)6ユーロ(ただし、PINの変更は無料)
転居などに伴う住所変更無料
紛失などに伴う、オンライン証明の停止申請無料
オンライン証明の停止解除6ユーロ
デジタル署名申請費用サービス提供者により年間20~50ユーロ
カード読み取り機機種により20~160ユーロ

新身分証明書はクレジットカードや銀行のカードなど、一般のカードと同じ大きさになり、携帯にも便利になった。“アナログ”としての証明機能はもちろんそのまま。さて、デジタルとしての新機能は?

■ オンライン証明
オンラインショッピング、オンラインバンキング、オンラインチェックインなどの際、インターネット上で身分を証明できる機能。また年齢が証明されるので、未成年のたばこ自動販売機利用を取り締まることなどにも活用できる。機能を利用するかしないかは個人の自由で、利用しない場合は無効にすることも可能。

■ デジタル署名
オンラインで申し込みができても、署名なしには有効とならない契約書などの取り交わしに便利。オンライン証明機能とは別に手続きが必要で、署名用のPINが公布される。

■ バイオメトリクス
チップには名前や生年月日、住所、写真のほか、希望により指紋も記録することができる。これにより、さらに個人を特定することができ、不正利用をより厳しく取り締まることが可能になる。ただし写真と指紋は生物情報として特別厳重に保護されており、読み取れるのは警察や税関など、特定の機関のみ。

■ カード読み取り機
オンライン証明、デジタル署名の機能を利用するために別途購入が必要。オンライン証明だけができる簡単なものから、デジタル署名もできる高性能なものまでさまざまで、価格も20~160ユーロと大きな幅がある。安くて簡易な機械ではハッキングされる恐れも指摘されており、政府の認証マークがある機械を選ぶことが望ましい。

■ ソフトウエア
専用ソフト「Ausweis-App」をコンピューターにインストールする。内務省の身分証明書専用サイト(www.personalausweisportal.de)から無料でダウンロードできる。

用語解説

個人識別番号 PIN=Persönliche
Identifikationsnummer

いわゆる暗証番号。銀行のカードなどと同様、各種サービスの利用にはPINの入力が必要。不正利用を防ぐために、PINをメモした紙と身分証明書は別々に保管する、番号を頻繁に変更する、生年月日といった安易な数字は選ばないようにするなど、暗証番号の設定や管理に注意を払うことも大切だ。間違ったPINが3度入力された場合はブロックされる。ブロック解除の暗証番号は「PUK=Personal Unblocking Key」。

<参考文献>
■ Das Bundesministerium des Innern 
■ Der neue Personalausweis( http://www.personalausweisportal.de/
■ Die Welt“ Schöne neue Ausweis-Welt”(01.11.2010)ほか
■ Die Zeit(Online)“ Ausländer brauchen den elektronischen Ausweis”(20.10.2010)

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
最終更新 Donnerstag, 14 Januar 2016 13:07
 

移民問題とドイツの課題

移民の背景を持つ住民が、全人口の19%を占めるドイツ。この割合は年々増加しており、これからも増え続けていく。ドイツの将来は移民にかかっていると言っても過言ではない。そんな中、言葉や文化の違いなどから、ドイツ社会に統合できていない移民の存在が問題となっている。今回は連日のように議論が繰り広げられている移民とドイツの将来について見ていこう。

移民の受け入れ

ドイツは第2次世界大戦後、移民国として発展してきた。旧ドイツ領土から強制的に追放された人々やその子孫には、「帰還移住者」としてドイツ国籍を付与。1970年代まで続いた奇跡の経済復興期には、トルコなどから多くの外国人労働者およびその家族らを呼び寄せた。政治的に迫害を受け、庇護を求める難民も積極的に受け入れてきた。こうして今日では全人口8213万5000人のうち1556万7000人(2008年)、5人に1人が「移民の背景(→用語解説)」を持つ住民となっている。

移民の背景を持つ人々は、2世、3世などの出生や新しくドイツに移住してきた人などで、年々増加。一方、それ以外の、いわゆる“ドイツ人”の人口は、少子化などを背景に年々減少している。移民の割合が増加しているのは、このためだ。5歳未満の子どもに関してはこの割合が34.4%(3人に1人以上)にも上っている。さらに少子高齢化、人口減少、労働力人口の減少が進む中、ドイツは将来のために、これからも移民を受け入れていかなければならない。移民の割合が今後も増えていくことは明確であろう。

移民をめぐる問題

しかし現実はそう簡単ではない。移民の背景を持つ国民の中途退学率は13.3%で、“ドイツ人”(7%)の2倍、移民の失業率は12.4%で、こちらも“ドイツ人”(6.5%)の2倍。ドイツ語ができない、十分な教育を受けていないなどの理由から就職できず、生活保護を受けて生活している移民が多いのだ。移民男性による犯罪率が高いことも統計で明らかになっているほか、「名誉の殺人」や「強制結婚」といった女性差別も、大きな問題となっている。

このような諸問題を背景に、国内では移民論争が繰り広げられている。最近世間を騒がせたザラツィン元連銀理事の「ドイツは滅びる(Deutschland schafft sich ab」や、ゼーホーファー・キリスト教社会同盟(CSU)党首の「ほかの文化圏からの移民はもう要らない」発言が、さらに論争を激化させた。両氏の度を超えた発言には非難が集中したが、「もっともな意見」だと支持する声も上がっている。ヴルフ大統領は移民との共生を訴え、「(移民の多く─約400万人─が信仰する)イスラム教もドイツの一部」と明言したが、これに対しても国民の半数が懸念を示すなど、移民との未来に不安を抱く国民が多いことも露呈している。

移民との将来

移民がドイツで生活し、“ドイツ人”と同じ機会を得て、社会に関与していくためには、ドイツ社会に統合していく必要がある。それにはドイツ語の習得が大前提だ。政府はこのため、2005年から、外国人にドイツ語などを学ぶ統合コース(→枠外記事)の受講を義務付け、幼稚園からのドイツ語教育も徹底するようにした。またフェアプレーやチームワークの精神を養うことができるスポーツを通した統合促進に力を入れるなど、各種政策にも乗り出している。実際、そこから成果が現れてきてはいるが、まだまだ十分ではないのも事実だ。

現在ドイツではすでに、労働力不足、特にエンジニアや情報技術関連、医師などの専門家不足が深刻な問題となっている。この問題を解決するためには、さらなる移民の受け入れが必要だ。まずは300万人を超える失業者に職業訓練を施し、それによって労働力不足を補うのが先決だとする意見もある。後者は極端に言えば「もう移民は要らない」ということになるが、どちらもドイツで教育や訓練を受けた資格のある人材を必要としている点では共通している。政府は現在、出身国で取得した学歴、職歴などの資格をドイツでも認可し、移民が就職できる可能性を高めていくこと、それと同時に、資格を持つ有能な人材を厳選し、国外から呼び寄せていくことを検討している。欧州連合(EU)拡大やグローバル化も進む中、移民政策の改善が急がれる。

移民の背景を持つ人口の出身国別内訳

統合コース(Integrationskurs )とは

2005年1月1日に「移民法(Zuwanderungsgesetz)」が施行されたことに伴い、移民には、「統合コース」の受講が義務付けられることになった。ドイツで生活するに当たり必要不可欠なドイツ語。そして、ドイツ社会に統合するには、ドイツの歴史、文化、法秩序なども理解する必要がある。統合コースは、これらを教授するもので、連邦、各州、市町村が協力しあって行っている。対象者にはもちろん、我々日本人も含まれているので、読者の中には受講された方も多いことだろう。

受講対象者: 基本的に統合コースが開始された2005年1月1日以降、ドイツでの滞在許可を取得した外国人に受講が義務付けられる。それ以前に滞在許可を得た外国人でも、必要と見なされれば義務付けられることも。国外出身者でも、ドイツ国籍保持者、欧州連合(EU)加盟国籍保持者は受ける必要はないが、希望すれば受講することもできる。

コース内容: 基本コースで、ドイツ語600時間、オリエンテーション45時間の合計645時間。ドイツ語は、中級に当たる「B1」レベルへの到達が期待されている。オリエンテーションでは、信仰の自由、男女同権など、ドイツで尊重されている権利や義務などについて学ぶ。基本コースのほか、女性向けや若者向けのコース、十分に読み書きができない人、特別な支援が必要な人のための特別コースも用意されている。逆に基礎知識がある人向けの短期集中コースもある。

受講料: 1時間当たり2.35ユーロだが、国家が大半を負担するため、受講者が実際に支払うのは1ユーロのみ。つまり通常コースの受講料は645ユーロとなる。第2種失業手当(ハルツ4)を受けている人などは受講料免除の申請も可能。

受講場所: コースは全国の市民大学(VHS)や語学学校など約1500施設で開講されている。午前か午後の半日コースや1日コースなど、個人の生活スタイルに合わせて選択できるよう、顧慮されている。

修了テスト: ドイツ語およびオリエンテーションの修了試験に合格した受講者には、統合コース修了証書が発行される。オリエンテーション試験は、先に発表されている全250問( www.integration-in-deutschland.de からダウンロード可能)から25問が出され、そのうち13問以上正解で合格。2005年1月1日の開始以来、60万374人が統合コースを受講、31万9456人が修了した(2010年4月現在)。

用語解説

移民の背景 Migrationshintergrund

ドイツに居住している外国人、ドイツで生まれた外国人、ドイツ国籍取得者、帰還移住者、両親のうち少なくともどちらか一方がこれらに当てはまる人をまとめて、「移民の背景」を持つ人と呼ぶ。“ドイツ人”と比較調査する便宜上、2005年からこの呼称が使われるようになった。移民の背景を持つ人の過半数(829万7000人)がドイツ国籍を取得している。

<参考文献>
■ Beauftragte für Migration, Flüchtlinge und Integration 
■ Bundesamt für Migration und Flüchtlinge
■ Bundesministerium des Innern  
■ Die Welt „Regierung will qualifizierten Migranten helfen”(19.10.2010)ほか

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 13:25
 

年金「67歳」議論が再燃

年金支給開始年齢を65歳から67歳に引き上げるとした公的年金改革の是非が、再び議論されている。3年前に同改革を推進した社会民主党(SPD)自身が「待った」をかけたのだ。改革は、年金財政を支える現役世代および支給を受ける高齢者に圧し掛かる負担を軽減することを狙ったものだったが──。今回は年金改革とそれが抱える問題についてみていこう。

少子高齢化問題

年金支給開始年齢引き上げの背景には、ずばり少子高齢化問題がある。出生数が減少する一方で医療の発達などにより寿命は延び、人口の高齢化が加速している。寿命が延びているということはつまり、年金受給期間も長くなっているということ。1950年代は平均8年だった年金受給期間が、今日では18年、2030年にはさらに延びて20年になると考えられている。

ドイツの年金制度は日本と同様に賦課方式がとられており、現役世代から徴収する年金保険料で高齢者の年金が支払われている。そのため現役世代が減少し、高齢者が増加すれば、現役世代の負担はそれだけ増えることになる。1960年は現役世代8人で高齢者1人の年金を支えていたが、1991年には4人で1人、2005年には3人で1人、そして2030年には2人で1人の高齢者の年金を負担することになる見通し。このままでは年金財政は立ち行かなくなってしまう。

年金支給開始年齢の引き上げ

対策としては次の3つの方法が考えられる。1つ目は年金保険料を引き上げること。2つ目は年金支給額を引き下げること。3つ目は年金支給開始年齢を引き上げること。年金保険料は現在、19.9%にまで引き上げられており、これ以上現役世代の負担を増やすことは厳しい。また保険料を折半する会社も、負担増により人員削減を余儀なくされる恐れもある。では、年金支給額の引き下げはどうか。これも避けなければならない。年金は老後の生活を保障するもので、その本質が崩れてしまったら意味がなくなってしまう。

そこで2007年3月、当時のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とSPDの大連立政権が決定したのが、年金支給開始年齢の引き上げだ。これにより年金保険の支払期間が長く、年金受給期間は短くなり、現役世代と高齢者の双方に負担を分散することができるようになる。また高齢者の雇用で、近い将来懸念されている労働力不足、特に専門家不足の解消に繋がるとも期待されている。

高齢者の失業問題

年金受給開始の平均年齢は過去10年で1歳遅くなり、60歳以上の就職率も年々増加の傾向にある。しかしながら現状は厳しい。社会保険への加入が義務付けられている職に就いている60歳以上の労働者は、25%にも満たない状態なのだ。また職種によっては67歳まで働くことが困難な場合も多い。このような場合は、早期に年金生活に入ることも可能だが、この場合は支給額が減らされることになる。つまり、高齢者の就職率がまだまだ低い状態で、年金支給開始年齢の引き上げを行うと、事実上の年金支給額引き下げになってしまうのだ。

このことから、年金「67歳」改革には、労働組合などを中心に、制定当初から反対の声が上がっていた。最近では、改革を進めた張本人であるSPD内でも意見が対立。トップ同士が意見を戦わせるなど、議論が繰り広げられた結果、最終的に高齢者の失業問題改善を優先させることで合意に至り、「年金受給年齢の引き上げ開始時期を2015年以降に遅らせる」と、方針を変更した。

とはいっても、現在政権を担っているCDU・CSUと自由民主党(FDP)は改革を堅持しており、年金支給開始年齢の引き上げは予定通り2012年から行われることになる。しかし現状では、事実上の「支給額引き下げ」になることは否めない。またこれから先、保険料が再び引き上げられる時も必ず来るだろう。現在、汗水流して働き、高額の保険料を納めても、安定した老後を迎えられるかどうかは不確かだ。国民の不安はなかなか消えそうにない。

老齢による年金受給開始平均年齢

Quelle: Deutsche Rentenversicherung

公的年金改革は、2012年から2029年にかけて、現在65歳となっている年金支給開始年齢を段階的に引き上げ、最終的に67歳にするというもの。スタート時から2023年までは1年当たり1カ月ごと、それ以降は2カ月ごと引き上げる。引き上げの対象となるのは、1947年に生まれた現役世代から。つまり同年生まれの人は65歳1カ月で、1964年以降に生まれた人は67歳から年金を受給することになる。
生年 延長期間 年金支給開始年齢
1947年 1カ月 65歳1カ月
1948年 2カ月 65歳2カ月
1949年 3カ月 65歳3カ月
1959年 4カ月 65歳4カ月
1951年 5カ月 65歳5カ月
1952年 6カ月 65歳6カ月
1953年 7カ月 65歳7カ月
1954年 8カ月 65歳8カ月
1955年 9カ月 65歳9カ月
1956年 10カ月 65歳10カ月
1957年 11カ月 65歳11カ月
1958年 12カ月 66歳
1959年 14カ月 66歳2カ月
1960年 16カ月 66歳4カ月
1961年 18カ月 66歳6カ月
1962年 20カ月 66歳8カ月
1963年 22カ月 66歳10カ月
1964年以降 24カ月 67歳

年金支給開始年齢はあくまでも、満額が支払われるようになる「原則」年齢のことで、67歳を過ぎて働いていてももちろん良い。逆に35年間保険料を支払っていれば、63歳から受け取ることも可能。しかしその場合は年金支給開始年齢を1カ月早めるごとに、0.3%減額して支給されることになる。ただし45年以上年金保険を払い続けた場合は例外。長期間保険料を納めた労働者には、定年未満でも満額が支給されるよう考慮されている。

用語解説

公的年金保険 Gesetzliche Rentenversicherung

失業保険、健康保険、介護保険、労災保険とともに、社会保険の1つ。老齢、障害、死亡などによって労働による十分な収入を得られなくなった場合でも、本人や遺族らが以前と同水準の生活を送れるよう保障するもの。老齢年金の受給開始年齢は現在、平均63.5歳。少子高齢化は先進国に共通の問題で、各国で年金支給開始年齢の引き上げが進められている。

<参考文献>
■ Deutsche Rentenversicherung 
■ Bundesministerium für Arbeit und Soziales
■ Die Welt“SPD geht später in Rente”(24.08.2010)ほか

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
最終更新 Mittwoch, 05 Juni 2019 10:09
 

難航する学校改革

このほどハンブルクで、「6年制小学校」の設立を柱にした学校改革が失敗に終わった。4年制小学校による「早期ふるい分け」を問題視し、「すべての子どもに平等な教育」を与えようとしたものだったが、住民からの反対を受け、あえなく破たん。今回は、改革に改革を重ねながらも、なかなか先に進まないドイツの学校改革と現状の学校制度について見ていきたい。

ドイツの学校体系

連邦制をとるドイツでは、ほかの多くの制度と同様に教育制度も各州の権限に委ねられている。そのため、学校のあり方は国内でも州によって大きく異なる。とは言っても、各州の文部大臣が集う会議(KMK)で、ある程度の統一は図られており、基本的に児童はみな6歳前後で日本の小学校にあたる「基礎学校(Grundschule)」に入学するようになっている。

基礎学校で4年間の教育を受けた後は、それぞれの能力や志望に合わせ、3種の中等教育過程に進む。1つは卒業後、職業訓練に入ることを前提とした「基幹学校(Hauptschule)」、もう1つは職業高校や専門高校などに進む「実科学校(Realschule)」、そして最後は大学などの高等教育過程に進む「ギムナジウム(Gymnasium)」だ。ドイツの学校制度はこのため、「3分岐型システム(dreigliedriges Schulsystem)」と呼ばれている(→図表参照)。義務教育はこれら中等教育が終了するまでの9~10年間。

ドイツの学校制度

3分岐型廃止の動き

同制度下では、途中で学校の変更も可能ではあるが、小学4年生、つまりわずか9、10歳で将来の進路を決めなければならないことになる。また、裕福な家庭の子どもはギムナジウムに、貧しい家庭の子どもは基幹学校に進む傾向もあり、「早期ふるい分け」が問題視されてきた。実際、学習到達度調査(PISA)や小学校読解力調査(IGLU)などの国際調査からも、通っている学校と社会階層によって学力に大きな差が生じていることがわかっており、家庭環境などに関係なく、誰でも平等の教育を受けることができる学校制度への変更が求められている。

このため基幹、実科、ギムナジウムの全中等過程をまとめた総合学校(Gesamtschule)が誕生し、今日では伝統的な「3分岐型」を崩す形で普及するに至っている。また、“ふるい分け”を遅らせることで子どもの能力を平等に伸ばせるよう、基礎学校を4年制から6年制にする改革も行われている。特に東西分裂時に一貫教育制が導入されていた旧東ドイツ地域では、小学校6年制のほか、国際的な基準に沿った「ギムナジウム8年制(G8→用語説明)」の導入も進んでいる。

改革のつまずき

ハンブルクで行われる予定だった学校改革も、4年制の基礎学校を6年制の小学校(Primarschule)に移行するものだった。しかし4年生の時点ですでに学力の差が顕著に現れていること、そのためすべての生徒に適したレベルの授業は行えないこと、エリート層が私立学校に進み、格差がさらに進んでしまうことなどを理由に、市民運動「Wir wollen lernen」が猛反対。これに対して、「現行の学校制度は階級を分けているだけ」「低所得者層の子どもたちのチャンスについては省みられていない」「裕福層のエリート主義」などとして、改革支持派による対抗運動も繰り広げられた。しかし、7月中旬に行われた住民表決では、改革反対派が勝利する結果となった。

ハンブルクの学校改革のつまずきは、全国で大きな議論を呼んでいる。ノルトライン=ヴェストファーレン州のレールマン教育相(緑の党)は、全国統一の学校教育法の制定を提案、学校制度に連邦政府の関与を認めていない連邦法の改定を訴えた。連邦制はそもそも、各州が競い合うことで発展が期待できるという利点があるが、4、5年おきに変わる州政府がそれぞれに改革を行っていては、混乱が生じるのも無理はない。全国統一の学校法制定案には、シャヴァン法相(キリスト教民主同盟=CDU)も賛同している。またハンブルクの住民運動成功に触発され、他州でも各種教育改革に反対する住民運動が活発化している。今回の改革破たんを機に、これからの学校改革は大きく変わっていくことだろう。

8年生が通う学校の内訳は、基幹学校20.6%、実科学校26.5%、ギムナジウム33.4%、統合学校8.5%、そして学習上困難がある生徒などが通う特別支援学校(Sonderschule, Förderschule)が3.8%。残り6.4%は、「そのほか」だ。州によってさまざまな形の学校が存在するドイツ。各州の学校形態はどうなっているのだろうか。

基礎学校はたいていの州で4年間。一貫教育が行われていたかつての東ドイツに属していたベルリン、ブランデンブルク州では6年間となっている。

義務教育終了後の進学が一般化するようになった今日、3分岐した学校を統一した統合学校とは別に、基幹学校と実科学校の2校を統合する傾向が、各州で強まっている。州によりその名称はさまざまで、「Mittelschule」(ザクセン州)、「Regelschule」(テューリンゲン州)、「Erweiterte Realschule」(ザールラント州)、「Sekundarschule」(ブレーメン、ザクセン=アンハルト州)、「Integrierte Haupt- und Realschule」(ハンブルク→次項参照)、「Verbundene Hauptund Realschule」および「Zusammengefasste Haupt- und Realschule」(ベルリン、ヘッセン州、メクレンブルク=フォアポメルン州、ニーダーザクセン州)、「Regionale Schule」(メクレンブルク=フォアポメルン州、ラインラント=プファルツ州)、「Oberschule」(ブランデンブルク州)、「Duale Oberschule」( ラインラント=プファルツ州)、「Regionalschule」または「Gemeinschaftsschule」(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州)など。

ハンブルクでは今回の改革により、基幹学校、実科学校、統合学校を統一したドイツで初めての学校の形「Stadtteilschule」が導入されることになった。これにより基礎学校修了後は、ギムナジウムか「Stadtteilschule」のどちらかに進むことになる。「Stadtteilschule」の生徒で、大学入学資格アビトゥアを取得したい生徒は、11年生からギムナジウム上級に進み、そこで3年間学ぶ。このため卒業は13年生を終えてから。一方ギムナジウムに直接進んだ生徒は、12年生で卒業となり、ギムナジウム8年制と9年制が平行して存在することになる。(注:同制度は住民表決の対象にはならなかったが、現在若干の調整が行われている)

Quelle:KMK“ Grundstruktur des Bildungswesens in der Bundesrepublik Deutschland(Stand: Januar 2009)”ほか

用語解説

G8
Achtjähriges Gymnasium

ギムナジウムの年数を9年から8年に短縮する制度。小学校入学から大学入学までの期間を、ほかの多くの国と同様、12年にするのが目的。すでに全州で導入されており、2016年をめどに順次移行が完了する予定。しかしドイツでは半日制の学校が多いことからも、1年短縮によって1週間当たりの授業数が大幅に増加。授業の質の低下、生徒の負担増、学力の低下などが懸念され、西側の州を中心に反対運動も行われている。

<参考文献>
■ Behörde für Schule und Berufsbildung Hamburg 
■ Kultusminister Konferenz(KMK)
■ DUDEN Pilitik und Geselschaft
■ Die Welt“ Vorstoß für bundesweite Bildungsstandards”(30.07.2010)

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 13:23
 

経済を支えるアウトバーン

ドイツ全国をくまなく結ぶ高速道路、アウトバーン。世界でも“速度無制限”、“全線無料”などとしてよく知られており、住民や旅行者にとって便利な交通網となっている。それだけでなく、ドイツがヨーロッパの中央に位置するという立地条件から、貨物輸送においても大きな役割を果たしている。今回は欧州の経済を支えるアウトバーンについて、経済的な側面から見ていこう。

連邦遠距離道路

アウトバーン(Bundesautobahn, Autobahn)の全長は1万2718キロメートル(2009年時点)。これは国内を走る全道路の総距離約23万キロメートルのうち、わずか5.5%を占めるに過ぎないが、交通量はなんと全体の33%にも及ぶ。6車線以上ある区間は延べ3000キロメートルを超え、多くの交通をさばくのに役立っている。またアウトバーンは、もう1つの全国的な自動車網、連邦道路(Bundesstraße)とともに、連邦遠距離道路(Bundesfernstraße)を形成し、その利便性をさらに高めている。連邦遠距離道路の全長は合計5万2921キロメートル、交通量は全体のおよそ半分だ。経済大国として欧州経済をけん引しているドイツ、そして位置的にも東西ヨーロッパを結んでいるドイツ。当地の遠距離道路はまさに、貨物輸送における欧州最大のトランジット網として、国内外の経済発展に重要な役割を担っている。

巨費投入と財政難

交通量の増加と経済成長に伴い、アウトバーンも発展を続けてきた。自動車の数は今後も増え続けるとみられ、また経済のさらなる発展も期待される。このためドイツ政府は毎年、連邦遠距離道路の拡張費、維持費などに莫大な費用を投じている。2009年の歳出額は、アウトバーンに39億ユーロ、連邦道路に30億ユーロで、総額69億ユーロ。今年は総額62億ユーロを見積もっている。また金融・経済危機の中、第1次景気回復策として9億5000万ユーロ、第2次景気回復策として8億5000万ユーロを、連邦遠距離道路への投資に捻出(ねんしゅつ)することも決めている。

しかし戦後最大の新規国債を発行し、深刻な財政難で歳出削減策が講じられる中、資金繰りは極めて困難なのが現状。しかし、だからといってアウトバーンへの投資を怠っては、好景気は見込めないという悪循環を招いてしまう。そこで検討されているのが、アウトバーン通行料(→用語解説)の徴収だ。アウトバーン通行料は現在のところ、道路に大きな負担をかける大型トラックに対してのみ課されている。ラムザウアー運輸相(キリスト教社会同盟=CSU)はこのトラック通行料を、4車線ある連邦道路にも導入しようと提案。これにより年間1億~ 1億5000万ユーロの収入増を見込めるとしている。

アウトバーンの未来

さらにトラックだけでなく、乗用車にアウトバーン通行料を課そうとする動きも進んでいる。全ドイツ自動車クラブ(ADAC)によると、1キロ走行当たり5セントの通行料徴収で、約250億ユーロの収入増につながる見通し。しかしADACはアウトバーン有料化に強く反対。理由として、赤字の埋め合わせには収入のうちのわずか40億~50億ユーロ程度しか回らず、財政難の解決にはつながらないこと、乗用車への通行料で運転手1人当たり年間最高700ユーロの負担増になり、自動車を手放さざるを得ない人が出てくること、これによりかえって経済に悪影響を及ぼすことなどを挙げている。

アウトバーン有料化に反対する意見としてはほかにも、住宅地付近など一般道路での渋滞を生じさせてしまうという指摘もある。これまでも有料化計画は幾度となく取り上げられており、そのたびに上記のような理由で却下されてきた。しかし財政難に陥っている今となっては、有料化賛成派も徐々に増え、有料化されればアウトバーンの交通量が減り、渋滞は緩和され、環境にも良いとするプラス面が強調されてきている。また、環境への配慮から、アウトバーンの時速制限を設けるよう求める声も多くなっている。経済発展のため、地球温暖化対策のため、そして財政建て直しのため、ドイツのアウトバーンは現在、変化を求められているといえよう。ほかの多くの国と同様、ドイツのアウトバーンが“速度制限付き”、“有料”となる日も近いかもしれない。

連邦遠距離道路の発展

Quelle: Deutscher Bundestag

ためになるアウトバーンの豆知識

■ ヒトラーとアウトバーン
アウトバーン建設計画はすでに1928年から始まっていたが、本格的に建設が進められたのは、ヒトラーが権力を掌握した1933年以降。このためアウトバーンは「ナチス時代の成果」「ヒトラーの遺産」とも言われる。

■ 速度無制限
場所によって、速度が制限されているところはあるが、アウトバーン全体の速度を規定するものはない。ただし時速130キロが“推奨”されている。

■ 路線番号の意味
1桁の路線番号(数字の前の「A」は「Autobahn」の略記)は州をまたがって走るもの。うち南北に延びる路線は奇数、東西に延びる路線は偶数となっている。
2桁は地域を走る路線。10番台はベルリン、ブランデンブルク州、メクレンブルク=フォアポメルン州など東部、20番台はハンブルク、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州など北部、30番台はニーダーザクセン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州北東部など、40番台はライン=ルール、ライン=マイン地方、50番台はノルトライン=ヴェストファーレン州南西部、60番台はラインラント=プファルツ州、ザールラント州、ヘッセン州南部、70番台はバイエルン州北部周辺、80番台はバーデン=ヴュルテンベルク州、90番台はバイエルン州南部など。
また3桁表示のアウトバーンは、地域の大きな路線とつながっているもの。例えばA395は「A39 から枝分かれしている5番目のアウトバーン」という位置付けになる。

■ 最長路線
デンマークとの国境沿いエルントとオーストリアの国境近くフュッセンを縦に結ぶA7。全長963.6キロメートルで、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州、ハンブルク、ニーダーザクセン州、ヘッセン州、バイエルン州、バーデン=ヴュルテンベルク州を走る。

■ 最初のアウトバーン
1932年にケルン―ボン間を結んだ約20キロメートルの区間。現在のA555。

■ 最多交通量
1日の平均交通量が最も多い区間はベルリンを走るA100(Dreieck Funkturm - Kurfürstendamm)で、19万1400台。
(参考:Bundesanstalt für Straßenwesen: Manuelle Straßenverkehrszählung 2005)

■ 左側の出口
アウトバーンの出口は通常右側だが、バーデン=ヴュルテンベルク州A81のゲルトリンゲン(AS 27)、ベルリンのA100のシーメンスダム(AS 5)など、まれに左側に出口があるところがある。

■ 道路工事情報
アウトバーンの工事情報は随時、運輸・建設・都市開発省のウェブサイトで公開されている。渋滞に巻き込まれないよう、事前にチェックしよう(http://www.bmvbs.de/Service/-,373/ Baustellen-Informationssystem.htm)。

Quelle: wikipedia.de など
用語解説

通行料 Maut

アウトバーン建設費などを確保するため、2005年1月から導入された。課金対象はアウトバーンと交通量の多い一部の連邦道路を利用する12トン以上の大型トラック。料金は排気ガス量や車軸数によって、1km当たり0.141~0.288ユーロ。09年の収入は44億ユーロ強。

<参考文献>
■ Bundesministerium für Verkehr, Bau und Stadtentwicklung
■ Bundesministerium der Finanzen
■ Die Welt“ Lkw-Maut soll auch auf vierspurigen Bundesstraßen gelten”ほか

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 13:21
 

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