2020年はリモートワーク元年に? コロナで変わるドイツ人の働き方
新型コロナウイルスの感染拡大によって、予期せずして世界に訪れた「働き方改革」。2020年6月現在、ドイツでも2人に1人が在宅勤務を行っており、生活様式や労働観など、あらゆる面でニュースタンダードが求められている。この大きな社会の変化を、私たちはどのように未来に生かすことができるだろうか。本特集では、ドイツのリモートワークを取り巻く現状を紹介するとともに、コロナ危機以降の働き方についてのヒントを探っていく。 (Text:編集部)
参考:TRT Deutsch「Auch nach Corona-Krise: Fast jeder Dritte befürwortet Homeoffice」、vorwärts「Homeoffice: Was Arbeitnehmer*innen beachten sollten」、 Handelsblatt「So arbeitet die Welt」、Haufe.de「Recht auf Homeoffice-Arbeitsplatz: Kommt das Gesetz?」
実はリモート後進国だったドイツ
ドイツ人は1カ月以上バカンスに行く、ドイツ人は残業しない……など、事実かどうかは別として、何かと「ライフワークバランスのお手本」と紹介されてきたドイツ。しかし意外にも、コロナ危機以前のドイツは欧州他国に比べてリモートワーク化が進んでいたとは言い難い。
ドイツ経済研究所(DIW Berlin)の調査によると、コロナ危機前から常にリモートワークで働いていたドイツ人の割合は5.0%で、これは欧州平均(5.2%)を下回る。ちなみに欧州全体としては、東欧や南欧地域よりも、北欧諸国やオランダ、オーストリアなどでリモートワーク化が進んでいる傾向がある。
労働心理学者のヨハン・ヴァイヒブロット氏は、ドイツでリモートワーク化が進まなかったのは、ドイツ社会の労働に対する価値観に理由があると分析している。つまりドイツ社会にとって労働とは、「信頼」というよりも「条件」や「義務」に基づくという考えが根強く、労働法の遵守や労働時間の管理が厳しい。決められたルールを徹底して守ることで、合理的で生産性の高い仕事をしようというのだ。そのためドイツでは、リモートワークによって社員の統制が取れず、仕事の効率が下がるのではないかと懸念する雇用主が多い。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、ドイツでも今年3月ごろから半ば強制的にリモートワーク化が進行。現在ドイツでは2人に1人が在宅勤務をしているが、58%の人が「問題なくリモートワーク」をできていると回答している。さらに、コロナ危機をきっかけに「コロナ収束後もリモートワークを続けたい」と考える人が増え、人々がライフワークバランスを改めて見直す機会となっていることが伺える。
一方で、同僚やクライアントとのコミュニケーションの問題や、通信設備や仕事環境が整わないといった課題も浮上している。また、リモートワークへの移行に十分な時間がなかった企業では、労働規約や労働時間法、データ保護について雇用者・労働者間で十分に明確化できていないケースも。
新型コロナウイルスの収束に早くて2年かかるといわれる今、ドイツでは個人の居住環境や労働観をはじめ、雇用者の対応、そして法制度の見直しに至るまで、さまざまな側面での「働き方改革」が始まりつつある。
コロナ危機下のドイツのリモートワーク状況
コロナ危機下でリモートワークはうまく機能しているか?
コロナ危機の収束後もリモートワークを続けたいか?
リモートワークに法制化の動き
コロナ危機によって在宅勤務が増加したことを受け、今年4月にハイル連邦労働相(社会民主党・SPD)は、リモートワークの権利を法制化することを提唱。秋には法案を提出する予定だという。同法案が成立すれば、「労働者は完全にリモートワークに切り替えることも、週に1〜2日だけ切り替えることも可能になる」そうで、コロナ危機後も在宅勤務を希望する人々にとって追い風になることが予想される。これに対し、自由民主党(FDP)と緑の党からは賛成の声が上がっている。
現在のところドイツの労働者には、リモートワークに関する法的権利はなく、労働者がリモートワークを行うかどうかの決定権は雇用者にある。しかし、リモートワークが法制化されれば、雇用者は在宅勤務を希望する従業員の求めに応じる義務が生じ、もし従業員のリモートワークを認めない場合は、正当な理由を提示しなければならないという。なお、オランダではすでに2015年からこの法制度が導入されている。
しかし、リモートワーク法制化の動きに対して、雇用者側からは批判的な意見も聞こえてくる。ドイツ経営者連盟(BDA)の最高経営責任者であるシュテフェン・カンペーター氏は、「従業員がオフィスに集まって働くのは、雇用者と従業員双方の利益のためだ。リモートワークの法制化にあたっては、業務上の利害やクライアントの希望を第一に考えるべき」と慎重な姿勢を示している。一方で、「リモートワークのためのインフラを整備したことで組織内の分散した意思決定が可能になり、企業全体の柔軟性や実行力が高まった」として、コロナ危機後もリモートワークの導入(全日または週数日)に前向きな企業もあるという。
ドイツの雇用者がリモートワークを懸念する理由は?
仕事も生活も充実させる仕組みづくり ドイツでも注目のASOBU式リモートワークとは?
建築やまちづくりを通して持続可能な社会を目指す設計・コンサルティング会社、ASOBU GmbH。2018年の設立当初からリモートワークを採用し、現在フリーランサーも含め30人いる社員・アソシエイトは、ドイツと日本、場所も時間もバラバラの状態で働いている。その独自のワークスタイルは、コロナ危機下のドイツメディアでも紹介された。今回、同社の稲熊史子さんに、うまく仕事を回すためのリモートワークの実践例について伺った。
参考:Golem.de「HOMEOFFICE WEGEN CORONA:Von der IT-Branche lernen」、Narrative BASE「Narrative ch. Online Talk 日本版の働き方、戻すか?! 進めるか!? ベルリンの最新リモートワークモデルから学ぶ」
お話を聞いた人
稲熊 史子(いなくま ふみこ)さん
大学で経営およびマーケティングを学ぶ。化粧品メーカーに8年勤め、商品開発とマーケティングに従事。2013年にベルリンに移住し、フリーランサーを経て、2018年よりASOBU GmbHのオフィスマネージャー、PRを担当している。
https://www.asobu-gmbh.com
ASOBU独自のリモートワーク
場所を手放す
オフィスがない代わりに、プロジェクト管理ツールやオンラインストレージ(P11参照)を利用したプラットフォームをつくり、コミュニケーションや業務に関する情報を一元化・可視化させる。
時間を手放す
全員が集まるコアタイムがない代わりに、文字・音声・動画・対面などのコミュニケーション手法を目的別に使い分けながら、上記のプラットフォーム上で業務確認やスタッフ同士のやり取りを行う。
管理を手放す
上記のプラットフォーム上で進捗状況が全て把握できるため、マネジメントする上で情報共有のためのミーティングや進捗確認が不要となる。
ドイツ人の働き方がヒントに
コロナ危機以前から、リモートワークを実施してきたASOBU。その背景には、建築設計やまちづくりのプロジェクトをサステナブルな働き方で実施することこそが、真の持続可能な社会の実現に寄与できるとの思いがあった。そのため、「いつでも・どこでも・誰でも働きやすい環境」がモットー、と稲熊さんは言う。
「ASOBUを立ち上げる時、インターネットがある時代なので、私たちの活動に共感してくれる人や高い専門性を持つ多様なメンバーと、いろいろな国でプロジェクトをやりたいね、という話になりました。だとしたら、一緒にいなくても共有できるプラットフォームが必要、ということになったんです」
こうして、同社では新しい働き方を模索することになった。その際にヒントになったのがドイツ人の働き方だった、と稲熊さんは続ける。 「オフィスにファイルが並んでいることはドイツでは当たり前の光景ですが、歴史を紐解いても、情報を整理することが得意な国民だと思います。また、ジョブ型雇用(職務を明確にして最適な人材を配置する雇用形態)を主流とするドイツ企業では即戦力を求めることや、休暇を大事にする考え方なども日本とは違いますよね。だから、誰かが入社したり休暇で不在になっても、情報整理がされているので、スムーズに働けるという環境なのだと思います」
そしてたどり着いたのが、「場所・時間・管理を手放す」という、右上のスタイルだった。
コロナ危機でミーティングが減った!?
前述の三つの事柄を手放すことで、スタッフ同士のコミュニケーションの効率が上がり、それぞれ集中して仕事に取り組めている、と稲熊さん。コロナ危機でも、働き方に変わりはなかったのだろうか。
「スタッフにアンケートをしたところ、これまでとほとんど変わらなかったという人しかいませんでした。強いて言うなら、子育て中の人が多く、保育園や学校が休みになったため、ミーティングの時間が取りづらくなったこと。そこで、ミーティングができるだけ減るように、ボイス・ビデオメッセージを導入するなどの工夫をしました。それから、意外かもしれませんが、リモートワークになるとスタッフ同士の心遣いがかえって生まれやすいんです。こういう伝え方をしたら分かりやすいかな、返信がなかったらほかの仕事で忙しいんだな、もしくは保育園のお迎えの時間かもしれない……など、顔が見えなくてもそれぞれが稼働している様子がきちんと見えているからこそ、思いやりの気持ちが芽生えるようになるのだと思います」
リモートワークは仕組みづくりが重要
とはいえコロナ危機で急にリモートワークに切り替わり、ミーティングが多くなってしまった、誰が何をしているのか分からない、などの悩みはドイツでも日本でも少なくない。
「これらの悩みは、オンラインミーティング以外に情報共有する仕組みがないことが理由の一つだと思います。リモートワークを経験してやはりオフィスが良い、という結論に至った企業もあると聞きますが、仕組みさえあれば考え方が変わるのかもしれません。情報を共有、蓄積していくことは会社の財産にもなりますし、企業がリモートワークという選択肢を持つことで、より魅力的な環境を提供することになり、優秀な人材を惹きつけることにつながると思います」
リモートワークをあきらめていた人や今後も継続するか悩んでいる人に向けて、まずは「本当に現場でやる必要があるのか、現場に行く目的は何か」を考えてみると良い、と稲熊さんはアドバイスする。
「物理的に不可能な職種もありますが、例えば事務仕事は自宅で行うなど、業務を切り離して考えると、部分的にできることがあるかもしれません。また、テクノロジーが解決してくれることも。当社でも、ドイツ国内外の設計プロジェクトにVR(バーチャル・リアリティー)を使っています。360度写真や3Dモデルをバーチャル空間で確認しながら、日独の設計チームが連携して設計・施工監理ができる手法も採用。できないと思っていたことを細分化し、『何ができて、何ができないのか』を、もう一度突き詰めると見えてくるものがあると思います」
日独カップルの新居として設計中の戸建住宅プロジェクトの完成予想CG。建築模型の代わりにVRを利用し、ドイツと日本の設計士がバーチャル空間を共有して設計している
「遊ぶようにモチベーション高く働ける環境」を目指すASOBUは、仕事のパフォーマンスを上げるだけでなく、働く人々の人生をより豊かにしていく努力をいとわない。リモートワークという枠を超えて、時代の流れに柔軟に対応しながら常に新しいやり方を模索していくことも、同社の独自スタイルといえそうだ。次ページでは、そんなASOBU式リモートワークの実践ヒントを紹介する。
在宅勤務での悩みを解決!ASOBU式リモートワークの実践ヒント
それぞれがきちんと仕事をしているか分からない ツールを利用して業務を「見える化」する
オンライン上のプロジェクト管理ツールでは、現在それぞれの業務担当と進捗をプロジェクトごとに整理し、各々が確認することができる。さらに、細かいやり取りも全て同ツール内で完結させることが可能なので、業務や進行が「見える化」され、進捗確認などの不要なコミュニケーションも減る。ASOBUでは以下の三つのツールに集約し、スタッフ全員にシェアすることで、誰もが必要な情報にアクセスできるプラットフォームを実現している。
- プロジェクト管理・コミュニケーションツール Wrike(ライク)
- オンラインストレージ Box(ボックス)
- オンラインミーティング Zoom(ズーム)
業務に必要な資料の場所が分からない 情報整理のルールをつくる
リモートワークでは周囲の人に気軽に質問することができないため、徹底した情報整理が必須となる。ASOBUのストレージでは、まずフォルダをプロジェクトごとに分類し、最新データ以外の古いデータは全てアーカイブフォルダに収めるというルールがある。誰が作業しても最新のデータが明確になることで、探す手間が省けるだけでなく、誰かに聞くという不要なやり取りを減らすことにもつながる。
ミーティングが多く個々の業務に集中できない ボイス・ビデオメッセージでミーティングの回数を減らす
ミーティングするほどではないけれど、書いて伝えるには難しい……そんなときに便利なのが、ボイス・ビデオメッセージだ。ASOBUでは、簡単なパソコンの操作説明からちょっとした企画のプレゼンまで、音声と動画で数分にまとめ、ストレージにアップロード。それぞれ好きなタイミングに確認し、考えを整理した上で返信できたりアーカイブしたファイルを転送するなど、簡単に行えるのが便利だ。
スタッフ同士のコミュニケーションが減ってしまった 積極的に雑談タイムを設ける
コミュニケーション不足におすすめなのが、「ワン・オン・ワン・ミーティング」と呼ばれる1対1で話し合う時間。ASOBUでは、業務時間中に仕事以外のことを話し合う機会を意識的に持つことで、相手の考えや興味分野を知り、働きやすい人間関係の構築を目指している。さらに、デザイナーなどの専門スキルをシェアするオンラインワークショップを社内で月2回開催。異なる専門性を持つメンバー同士が視座を理解し合うことで、協業しやすい環境づくりを行っている。
家にいるとだらだら仕事をしてしまうことが…… 仕事モードに切り替えるルーティンをつくる
「職住融合」となるリモートワークでは、なかなか仕事モードに切り替えられないという人も多いだろう。例えば、オフィスで仕事を始める前にコーヒーを入れていたならば、自宅でも同じようにルーティン化することが一つの手段。ほかにも部屋を片付けてから業務を開始する、毎日の終業時間を明確に決めるなどの「自分との約束」も有効だ。自分に合った方法を見つけてみよう。
ASOBU GmbHでは、働き方やオフィス環境のアドバイスも行っています。
このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
までお問い合わせください。