30年来の友人が語る
ヤーノシュの魅力再発見!
児童書を中心に320冊以上の本を世に送り出してきたヤーノシュ。親から子どもへ、そして孫へと読み継がれてきた作品たちが愛され続ける理由を紐解くために、ヤーノシュ協会(Janosch Gesellschaft e.V.)の共同代表を務めるDr. ウルリヒ・キュプケさんに、ヤーノシュの魅力とおすすめの作品を聞いた。
参考:Janosch Gesellschaft e.V.「Dr. Ulrich Kypke: Eine persönliche Anmerkung」
人間の複雑な感情を描く作家
キュプケさんがヤーノシュと初めて出会ったのは1991年。子どもたちと一緒に環境を救いたいという思いから書かれた絵本『Emil Grünbär und seine Bande』(エミール・グリューンベアと仲間たち、未邦訳)が、スイスのディオゲネス出版から発売されたばかりのことだった。キュプケさんはヤーノシュと共に「子ども環境クラブ」を設立したという。
ヤーノシュの第一印象について、キュプケさんはこう振り返る。「ヤーノシュは自らあらゆることに興味を持つ、オープンな人物だと感じました。年齢を重ねた今でも批判的な思慮深さを持ち合わせています」。さらにキュプケさんは、そんなヤーノシュのことを「哲学者であり、懐疑論者であり、博愛主義者であり、冒険家であり、皮肉屋であり、異端者であり、戦争の敵であり、そしてもちろん、画家でデザイナーで文筆家であり、映画と放送劇の作家です」とも表現する。多才なヤーノシュのさまざまな顔に驚かされるとともに、同氏がいかにユーモアをもって鋭い視点で社会を見つめてきたのかが伝わってくる。
キュプケさん自身も長年ヤーノシュ作品に魅了されてきたファンの一人。全てのヤーノシュ作品には人間の感情の矛盾が描かれている、と同氏はその魅力を語る。「例えば、怒りには何かに同意することの兆候、不幸には明るい兆し、そして幸福にはこの先来るかもしれない絶望のかすかな兆候が描かれています。ヤーノシュ作品では、いつも新しい感情の矛盾が見られる。彼の作品は刺激的で感動的にもかかわらず、しばしば優しくも怒りっぽくもあり、結局のところそれらを明確に解釈することはできません。しかし、子どもたちは新しいことや思いがけないことに対して、大人よりもオープンです。ですから、子どもはこういった感情の兆候をよく理解しているのだと思います」。
児童文学の古典として愛され続ける
初めての絵本が出版されてから60年以上が経ち、多くの作品やテレビアニメなどを通じて、ヤーノシュは3世代にわたって愛されてきた。キュプケさんは、ヤーノシュ作品が時代を超えて受け入れられるには理由があると話す。「ヤーノシュの長年の友人で出版仲間であるハンス= ヨアヒム・ゲルベルク氏(児童書プログラムBeltz & Gelbergの創立者)は、ヤーノシュの『永久的な影響』についてこのように書き残しています。『ヤーノシュの画期的な芸術は時代を作ってきた全ての芸術と同じように、永久的な影響があります。彼の芸術は長い時間とどまり続けるでしょう。しかしそれは、全ての時代や世代にとって全く新しい芸術としてです』と。ヤーノシュ作品はその多彩さと奥深さによって何度も改めて知られ、認識されていく芸術遺産となるでしょう。すでにもう、児童文学の古典と認識されていますから」。
ドイツだけでなく世界中で愛されるヤーノシュ作品は、生誕90周年を機にまた新たな読み手によってその魅力が再発見され、未来の世代へと読み継がれていくことだろう。最後に、キュプケさんおすすめのヤーノシュ作品をご紹介いただいた。読書タイムにのんびりと、ヤーノシュの世界観を味わってみよう。
おすすめのヤーノシュ作品
絵本 ヤーノシュ作品を初めて読む人に
ヤーノシュを代表する絵本といえば、この『Oh, wie schön ist Panama』。1979年にドイツ青年文学賞を受賞し、同年日本でも『パナマってすてきだな』(あかね書房)というタイトルで出版され、子どものころに読んだことのあるという人も多いかもしれない(現在日本語版は残念ながら絶版に)。ある日、クマが川で釣りをしていると、上から下までバナナの香りがする箱が流れてきた。箱には「パナマ」と書かれている。クマとトラは、夢の国パナマを目指して旅に出ることに。その珍道中の末、読む人に大切な何かを教えてくれる。
Oh, wie schön ist Panama
発行元:Beltz
2002年1月刊
※オリジナルは1978年3月刊行
児童書 こんなグリム童話、読んだことない!
「カエルの王様」や「長靴を履いたネコ」、「幸せハンス」などのグリム兄弟のおとぎ話をヤーノシュが完全に新しいバージョンで、これまでとは全く違う視点から語るというユニークな童話集。グリム童話の登場人物たちがタクシー運転手を怒らせたり、有名なメディアスターになったりと、ヤーノシュの豊かな想像力と狡猾さが物語のスパイスになっている。面白おかしいカラフルなイラストと共に54の童話を収録。本家のグリム童話集と読み比べてみると、ヤーノシュの魅力をさらに発見できるかも?
Janosch erzählt Grimm’s Märchen
発行元:Beltz
2001年4月刊行
小説 ヤーノシュの子ども時代を知る
児童書だけでなく、いくつか重要な小説も書いてきたヤーノシュ。『Cholonek oder Der liebe Gott aus Lehm』(チョロネクもしくは粘土から作られた親愛なる神、未邦訳)は、1939年から数年のドイツとポーランドの国境地帯を舞台にしており、ヤーノシュの子ども時代へと読者をいざなう。貧困や戦争の苦境、オーバーシュレジエン地方のナチス占領について、自分の経験のことのように感じることができる小説だ。ヤーノシュ は酒に酔いながら本作に取り組んだことで、子ども時代のトラウマについて執筆することができたという。
Cholonek oder Der liebe Gott aus Lehm
発行元:Goldmann Verlag
1992年2月刊行
画集 作家のさまざまな顔が見える記念画集
生誕90周年を記念して今年2月に刊行された画集。ヤーノシュの初期の作品から、クマとトラをはじめとする個性的なキャラクターたちまで、線画や水彩画、エッチング、テキスタイルなどによる多様な作品240点以上が収録されている。かわいらしい動物たちだけでなく、大人向けのダークな作品も多数セレクトされており、ヤーノシュのさまざまな顔が垣間見える。家にいながらまるで回顧展を観に行ったかのような満足感を味わえる1冊。ヤーノシュファンならぜひ手に入れたい。
Janosch - Lebens & Werk
発行元:Merlin Verlag
2021年2月刊行