ジャパンダイジェスト

生誕90周年記念 ドイツの国民的絵本作家の軌跡をたどる
ヤーノシュとその仲間たちの物語

ヤーノシュ

子どものころに好きだった絵本を覚えているだろうか? この質問に「ヤーノシュ」と答えるドイツ人は少なくないだろう。 今日ドイツで最も成功している絵本作家の一人といわれるヤーノシュは、2021年3月11日に90歳の誕生日を迎えた。 この特集では、そんなドイツ国民に愛され続けている彼の波乱万丈の人生を振り返るとともに、魅力的なキャラクターや作品をご紹介。 ユーモア溢れるヤーノシュの言葉や作品は、人生を楽しむために大切なことを教えてくれる。(Text: 編集部)

ヤーノシュ

PROFIL

Janosch本名はホルスト・エッカート。1931年3月11日、ドイツ領ヒンデンブルク(現在はポーランドのザブジェ)に生まれる。1960年に初めての絵本を出版してから今日まで、イラストレーター、絵本作家、小説家として精力的に活動。これまでに大人向け・子ども向けを含めて320作品以上を発表し、40以上の言語に翻訳されている。妻のイネスと共にカナリア諸島のテネリフェ島に在住。

ヤーノシュの人生

LEBEN

1931年
ドイツ領ヒンデンブルクに生誕
1946年
両親と共に西ドイツへ移住
1949年
クレーフェルトのテキスタイル学校でデザインを学ぶ
1953年
ミュンヘン美術アカデミーに入学するも、2学期で退学
1960年
初めての絵本『うまのヴァレクのはなし』を出版
1979年
『パナマってすてきだな』でドイツ青年文学賞を受賞
1980年
スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島へ移住
1986年
アニメシリーズ「ヤーノシュの夢の時間」放送開始
1992年
文学作品でアンドレアス・グリフィウス賞を受賞
1993年
ドイツ連邦共和国功労勲章を受賞
1999年
トロイスドルフ児童文学博物館に原画を永久貸与
2010年
引退を発表
2013年
ツァイトマガジンで「ヴォンドラック」の連載を開始
2021年
生誕90周年を迎える

生誕90周年を記念して、作品集の出版や展覧会などのイベントが盛りだくさん。生誕90周年を記念して、作品集の出版や展覧会などのイベントが盛りだくさん。詳しくは https://janosch-medien.de にて

波乱万丈の90年史 苦悩の果てに小さな楽園を見つけて
「ヤーノシュ」という生き方

水彩画の柔らかく温かいタッチに、ユーモアと愛に溢れたセリフ……それらはヤーノシュ作品の特徴ともいえるが、彼が生み出す物語は、決して表層的な優しさや調和にとどまらない。子ども向けの作品であっても、愛情や友情、夢や幸福についてだけでなく、時には暴力や貧困、孤独などについても真摯に語られるのだ。そこには、ヤーノシュがたどってきた人生経験が色濃く反映されている。

参考:Janosch Gesellschaft e. V.、Deutsche Welle「Vielleicht ist alles auch Unsinn, was ich sage" - Kinderbuchautor Janosch zum 85」、Deutschlandfunk「Janosch zum 75. Geburtstag」、KURIER「Mit Tiger und Bär von der Kindheitshölle ins Paradies」、Spiegel「Schreiben Sie: mit Janosch nur Sauereien geredet」「Lieblingsuhrzeit? Nachts, bis vier」、Goethe Institut「Aus swe Hölle in die Hängematte」、WELT「Warum Janosch die Tigerente für "Mist" hält」、「Janosch – "Wenn ich will, kann ich fliegen"」

1. 戦争と貧困、暴力に苦しんだ子ども時代

1931年3月11日朝5時25分、ヤーノシュは祖母のうるさい目覚まし時計の音に起こされるようにして生まれたという(本人談)。当時のドイツ領に生まれた彼は「ホルスト」というドイツ系の名前を付けられ、3〜4歳ごろまで祖父母と生活した。その後は両親と暮らすようになるが、父はアルコール依存症で暴力的、神を恐れるカトリック教徒の母は冷たく、二人ともホルストを度々殴ったという。家には電気も水道も通っておらず、戦争の影響で全ての物資が不足していた。さらに学校でのいじめや、ヒトラーユーゲントへの参加を強いられるなど、彼はさまざまインタビューや本の中で、子ども時代を「地獄」と形容している。

ホルストは13歳から鍛治職人としての職業訓練を受け、その後は錠前屋で働いた。第二次世界大戦後の1946年には、両親と共に西ドイツのバート・ツヴィッシェンアーンへと引っ越すが、そこでも苦労の日々は続く。18歳ごろからは昼は紡績工場で働き、夜は警備員の仕事をして家計を支えた。しかし19歳の時に、クレーフェルトのテキスタイル学校に通い始めたことが、その後の人生の転機となる。

1歳ごろのヤーノシュ1歳ごろのヤーノシュ

私には子ども時代がなかったので、永遠にそれを埋め合わせなければなりません

(ヴェルト紙のインタビューより)

2. 「才能なし」と言われて美術アカデミーを退学

ホルストが通ったテキスタイル学校(現在のニーダーライン専門大学)では、ゲルハルト・カドウ(1909-1981)が教鞭を執っていた。カドウは美術・デザイン学校のバウハウス出身で、「線と色彩の魔術師」とも称されるパウル・クレー(1879-1940)のもとで学んだ人物。ホルストはカドウの授業で、パターンの描画やデザインを学ぶとともに、パウル・クレーの作品にも接することとなった。ホルストは、当時こそクレーの作品を理解できなかったものの、その後の作風に非常に大きな影響を受けたと語っている。

それからホルストは画家になるため、1953年にミュンヘン芸術アカデミーに入学する。しかし担当教授から「画家としての才能がない」と言われ、2学期が終わる頃にはアカデミーを去ることになった。フリーランスの画家として活動するもなかなか芽が出ないでいたある日、知り合いから「ツァイト紙に作品を送ってはどうか」と助言される。それをきっかけに1957年に初めてツァイト紙にドローイングとテキストが掲載され、その後も南ドイツ新聞や、風刺雑誌Pardonなどに寄稿した。

24歳ごろのヤーノシュ24歳ごろのヤーノシュ

毎日絵を描くということは、(私にとって)問題解決の練習をするということです

(Janosch Gesellschaft e. V.より)

3. 絵本作家「ヤーノシュ」の誕生とその成功

ホルストはイラストの仕事を探している過程で、出版社のゲオルグ・レンツ(1928-2009)と出会う。レンツはホルストの描く作品のコメディーやジョークを気に入り、1960年に初めての絵本『うまのヴァレクのはなし』(原題:Die Geschichte Valek dem Pferd)を「ヤーノシュ」という名義で出版することに。この「ヤーノシュ」という名前が生まれた由来は諸説あり、ホルストがレンツのオフィスに行った際に、レンツの秘書が別の訪問者と間違えてホルストのことを「ヤーノシュ」と思い込み、それを面白がってそのまま作家名にしたという話が有名だ(本人は後にこの逸話を否定したことも)。

ヤーノシュの初めての絵本は、あまり売れ行きが良くなかった。その後レンツの出版社は倒産してしまったが、ヤーノシュの作品はほかの出版社から出されて徐々に認知度を高めていく。そして1978年に発表された『パナマってすてきだな』(原題:Oh, Wie schön ist Panama)でドイツ青年文学賞を受賞して一躍有名になり、その後も次々と作品が評価されるように。さらに、クマとトラのコンビなどが登場するアニメシリーズ「ヤーノシュの夢の時間」は、80年代終わりごろにドイツで爆発的な人気を誇った。

『パナマってすてきだな』(1978)以降、ヤ―ノシュ作品の代名詞的存在であるクマとトラ『パナマってすてきだな』(1978)以降、ヤ―ノシュ作品の代名詞的存在であるクマとトラ

私は誤っていわゆるアーティストになってしまった。だって、それを仕事だとは思っていなかったのだから

(ヴェルト紙のインタビューより)

4. 世界で一番好きな場所はハンモック

Janosch作家として成功を収めたヤーノシュは1980年にドイツを離れ、長年のパートナーであるイネスと共にスペイン領カナリア諸島にあるテネリフェ島の小さな家に引っ越す。フリーランスの作家として活動を続けるなか、大人向けの自伝的小説である『Polski Bluse』(1991)や『Gastmahl auf Gomera』(1999)なども執筆。作品を通して自分の幼少期と向き合い、友情や家族関係、人生の意味を探求した。また、彼の故郷ザブジェに孤児院を設立するほか、環境保護やアフリカの医療支援、動物福祉のための活動に収益の一部を寄付するなど、社会支援も積極的に行った。

1999年、ヤーノシュはトロイスドルフ児童文学博物館に絵本の原画を永久貸与することを決める。そして2010年には「旅行をしたり、とにかくハンモックに横になっていたい」と、もう本を書かないことを宣言。しかし、2013年には再びツァイトマガジンに登場し、2019年11月ごろまで毎週コラムを執筆した。そして今年90歳という節目を迎えたが、もともとインタビュー嫌いで有名なヤーノシュは、表舞台に姿を表すことはもうほとんどない。しかしきっと今も、ハンモックで横になって大好きな赤ワインを飲みながら、誰にも邪魔されずに自由を謳歌していることだろう。

私の好きな季節は、人生の後の永遠の時です。常に太陽があり、周りに神はいない

(ヤーノシュの伝記『Wer fast nichts braucht, hat alles』より)

かわいいだけじゃない!
個性派ぞろいのヤーノシュの仲間たち

ヤーノシュの作品に登場するキャラクターたちは、自由や冒険を愛するだけでなく、馬鹿なことをしたり、嘘をついたり、自分の利益を追求することもある。しかし最終的には、いつでも友情や愛情が勝つ。その理由をヤーノシュはかつて、「それは私自身の家族に欠けていたもので、いつも私が求めているものだから」と語っている。ここでは、そんなヤーノシュの魅力的なキャラクターたちを紹介する。

クマとトラ
Bär und Tiger

クマとトラ Bär und Tiger

ヤーノシュ作品の代表的なキャラクターといえば、小さなクマとトラのコンビ。1976年に初めて描かれ、二人がパナマを目指して旅をする絵本『パナマってすてきだな』(詳しくはP12) で人気者になった。小川の近くにある小さくて居心地のいい家に住んでいる二人は、いつでも自由で好奇心いっぱい。大冒険や小さな発見のその先に、ちょっぴり哲学的な考えをもたらしてくれる。

代表的な登場作品 『Oh, Wie schön ist Panama』(1978)、『Ich mach dich gesund, sagte der Bär』(1985、邦訳タイトルは『ぼくがげんきにしてあげる』)

ギュンター・カステンフロッシュとティガーエンテ
Günter Kastenfrosch und die Tigerente

ギュンター・カステンフロッシュとティガーエンテ Günter Kastenfrosch und die Tigerente

緑のカエルのギュンター・カステンフロッシュは、生意気でせっかちで、ものすごくおしゃべり。うっとうしがられることもあるが、人懐っこくてどこか憎めない存在だ。彼の恋人は、木で作られたトラ柄アヒルのティガーエンテ。ギュンターがいくら愛をささやいても無言なため、ギュンターは彼女の気持ちを都合よく解釈したり、愛に確信を得られず不安になったりしている。

代表的な登場作品 『Komm, wir finden einen Schatz』(1979)、『Günter Kastenfrosch in Wort und Bild』(1991)

パパライオンと彼の幸せな子どもたち
Papa Löwe und seine glücklichen Kinder

パパライオンと彼の幸せな子どもたち Papa Löwe und seine glücklichen Kinder

ライオン一家のママは、毎朝早くに家を出てオフィスに向かう。そしてパパの仕事は、家にいて子どもたちを幸せにすること。ある子は宇宙にロケットを飛ばしたいと言い、ある子は船の船長になりたくて、またある子は静かなる革命を楽しみたい……パパは子どもたちそれぞれの冒険に少しずつ手を貸し、ママが帰宅する頃にはクタクタに。子どもたちは大満足なのであった。

代表的な登場作品 『Papa Löwe und seine glücklichen Kinder』(1998)

エミール・グリューンベアー
Emil Grünbär

エミール・グリューンベアー Emil Grünbär

緑のクマのエミールが暮らしているのは、街から6キロほど離れ、森まで10センチのところにある古い家。同居人であるガチョウのドリー・アインシュタインと、イヌのリュディー・フォン・リーバーバウムと、「幸せな生活」という名の芸術を実践していた。しかしある日、家の水道水から悪臭が立ち込めてきたことをきっかけに、エミールたちは環境問題の解決のため立ち上がる。

代表的な登場作品 『Emil Grünbär und Seine Bande』(1991)、『Emil Grünbär auf dem Bio-Bauernhof』(2004)

ヴォンドラック
Wondrak

ヴォンドラック Wondrak

ヤーノシュの分身的存在であるヴォンドラックは、 2013~2019年までツァイトマガジンに毎週登場。黄色と黒の縞模様の服に、口ひげとドイツ的なお腹が特徴で、時事ネタや社会問題に比類なきユーモアでコメントする。例えば「夜、テレビを観る時間を最高のものにするには ?:テレビの前に一緒に座ってくれる人が必要。ぴったりの人なら、もはやテレビも必要ありません」。

代表的な登場作品 『Herr Wondrak rettet die Welt, juchhe!』(2016)、『Herr Wondrak, wie kommt man durchs Leben?』(2021)

 
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