前回、デュッセルドルフのアルトビールをご紹介したからには、ケルンのケルシュについてもお話ししないわけにはいきませんよね。ケルンはデュッセルドルフから電車で30分。日本ならば優に通勤通学圏内のご近所同士ですが、伝統的に犬猿の仲と言われ、サッカーや政治の場などで常に睨み合っている関係。距離が近いにもかかわらず、互いの街で相手のビールを飲むことはありません。
ライン川中流域にあるケルンは、古代ローマの遺跡があちこちに残っている、歴史の薫り高き街。ビール醸造においては、欧州の他都市が上面発酵から下面発酵に切り替える中、ケルンとデュッセルドルフは頑なに独自のスタイルを貫き通してきました。特にケルンでは、ビールの苦味と香りの要になるホップの使用が許可されたのが、どの都市よりも遅い16世紀でした。
ケルシュは、ビールには珍しいAOC(原産地統制の呼称。シャンパンやブルゴーニュワインなどが代表格)を持っており、「ケルシュ協約」に調印しているケルン近郊の24の醸造所のビールだけが、ケルシュを名乗ることができます。ケルシュ協約とは、ビールの工業化に危機を感じたケルシュの醸造家らが1986年に締結した協約のことで、「ケルシュを注ぐグラスは200mlの円柱グラスとする」など、ケルシュの伝統と品質を守るための16の掟が定められています。日本や米国などでも似たようなビールが造られていますが、それらは「ケルシュ風」と呼ばれています。
ドーム・ケルシュのグラスには、街のシンボルマークである
ケルン大聖堂が描かれている
ケルシュの特徴は、薄い黄金色と純白のきめの細かい泡。発酵にはフルーティーに仕上がる上面発酵酵母を使い、すっきりと仕上がる低温長期熟成の手法で造られています。上面発酵と低温熟成、双方の良いとこ取りをしたビールで、スミレの花のような甘く華やかな香りの後に、爽やかなホップの香りと苦味が追い掛けてきます。ピルスナーに似た味わいですが、よりまろやかで飽きることなくグイグイと飲めてしまいます。大麦麦芽のほかに小麦麦芽を加え、フルーティーさを強調している醸造所もあります。
街のシンボルである大聖堂の周囲には、ケルシュの醸造所直営店が多く軒を並べています。綺麗な味のドーム(Dom Kölsch)、苦みが後を引くジオン(Brauhaus Sion)、小麦を使い、やさしい味に仕上げたマルツミューレ(Brauerei Zur Malzmühle)、若者に人気のペフゲン(Päffgen Kölsch)など、はしご酒をして飲み比べをすることをお勧めします。
ケルシュは、シュタンゲ(Stange=小枝)と呼ばれる200mlの円柱グラスで提供されます。グラスが空になるとケーベス(Köbes=ウエイター)が、クランツ(Kranz)と呼ばれる王冠のような形をした手提げのお盆に乗せて運んで来ます。新しいグラスに交換するとコースターに線が1本、シュッと引かれます。このコースターで何杯飲んだか分かるようになっており、勘定の際の伝票代わりになります。コースターをグラスの上に置かない限り、日本の椀子蕎麦のように次から次へとビールを持ってきてくれるという飲兵衛に嬉しいシステムは、デュッセルドルフのアルトビールと同じです。