Herta Müller 1953年8月17日、ルーマニア西部のバナート地方生まれ。ベルリン在住。ドイツ人作家。2009年度ノーベル文学賞受賞者。邦訳に『狙われたキツネ』がある。 ©Michael Sohn/AP/Press Association Images |
チャウチェスク体制の厳しい検閲を受けながら、処女作『澱み』を発表したのは1982年。その後、就業と作品発表を禁止されてドイツへ出国してからも、全体主義と民族同化政策による2重の抑圧に苦しんできたルーマニアのドイツ系住民をテーマに、書籍18冊を上梓した。しかし知名度は高いとは言えず、今回2009年のノーベル文学賞受賞の知らせには「言葉がありません」。同じく驚いてしまった世界中の出版社を、翻訳作業へと走らせている。
現ルーマニア西部バナート地方のドイツ人村で生まれた。18世紀、オスマントルコの再興を恐れるオーストリア女大公マリア・テレジアから請われ、当時トルコと領域を接していたハンガリーの同地に入植したドイツ系開拓民の子孫である。
ドイツ語を母語とし、ティミショアラ大学でドイツ文学とルーマニア文学を修めて技術翻訳者になった。しかし秘密警察への協力を拒んで職場を追われ、代用教員をしながら作品を発表。ついに就業と出版を禁止されたため、当時のドイツ系夫とともに出国を申請し、1987年に初めて遠い先祖の土地を踏んだ。
今年発表した長編『息のブランコ』では、同じくルーマニア出身の詩人オスカー・パスティオールの体験を基に、戦後ナチス協力民族としてソ連領へ移送され、強制労働に従事させられたドイツ系住民の苦しみを描いた。実は彼女自身の母親も移送された1人。共著の予定だった詩人は06年に他界した。「彼が受賞を一番喜んでくれたでしょう」。目が潤んだ。
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