都市ガイドシリーズ 18
「ハンザの女王」と呼ばれた世界遺産都市リューベックの魅力再発見!
16の個性豊かな州からなるドイツ。歴史や文化はもちろん、言葉も食もそれぞれ異なる。そんな魅力たっぷりのドイツ各地の都市を、一つずつスポットを当てて紹介していく「都市ガイドシリーズ」。第18回目は、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の都市リューベックへ。「ハンザの女王」として栄華を極めたこの街は、現在は世界遺産都市として多くの観光客が訪れる。そんなリューベックをニュースダイジェスト編集部が実際に訪れ、その魅力をたっぷりとお届けする。
(文: ドイツニュースダイジェスト編集部・土井美穂、取材協力:ドイツ政府観光局)

リューベックってどんな街?

バルト海南西に位置するリューベックは、1143年にトラヴェ川とヴァーケニッツ川に囲まれた土地に、シャウエンブルク伯・ホルシュタイン伯アドルフ2世によって築かれた都市。バルト海交易で栄えると、1226年に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世により帝国自由都市となった。その後500年もの間、ハンザの主要都市としてほかのハンザ都市を率い、「ハンザの女王」と呼ばれた。第二次世界大戦では、1942年に英国軍の爆撃で旧市街の大部分が破壊されてしまう。七つの塔の再建が終わった1987年、リューベックは北ヨーロッパ初のユネスコ世界文化遺産に登録された。現在も石畳の旧市街に約1800の歴史的建造物が並び、年間180万人以上の宿泊客、1700万人以上の日帰り観光客がこの地を訪れる。
また、リューベックは3人のノーベル賞受賞者のゆかりの地として知られる。1人目の受賞者は、リューベック出身のトーマス・マン(1875-1955)。リューベックを舞台にした小説『ブッデンブローク家の人々』で、1929年に文学賞を受賞した。同じくリューベック出身のヴィリー・ブラント(1913-1992)は、第4代ドイツ連邦首相を務め、東方政策によって1971年に平和賞を受賞。3人目は、小説『ブリキの太鼓』の作者として知られるギュンター・グラス(1927-2015)。グラスは1986年にリューベック近郊に移り住み、市内に事務所を構え、1999年に文学賞を受賞した。
さらに、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州唯一の音楽大学が存在し、年間を通してさまざまな音楽イベントが開催。ほかにも、北欧映画祭、人形劇、低地ドイツ語劇場など、リューベックならではのカルチャーを楽しむことができる。
参考:リューベック市公式サイト
アクセス
リューベック中央駅
Lübeck Hbf
● ハンブルク中央駅から
IREで約50分
● フランクフルト中央駅から
ICEとREで約5時間35分(最短)
● ミュンヘン中央駅から
ICEとREで約7時間40分(最短)
ツーリスト向けお得なカード
リューベック・デイパス&デイパス・プラス
Lübeck Day Pass & Day Pass Plus
ホルステン門博物館
リューベック・デイパス(1日券14ユーロ、2日券18ユーロ)は、リューベック博物館協会に加盟する10館以上のミュージアムに入場できるお得なチケット。デイパス・プラス(1日券18ユーロ、2日券22ユーロ)では、ミュージアムに加えて聖ペトリ教会の展望塔および聖マリエン教会も入場できる。加盟施設およびオンラインで購入可。(※2026年6月時点の価格)
https://luebecker-museen.de
リューベックのおすすめスポット
リューベックに旅行で来たり、引っ越してきたりした人はぜひ訪れるべき、おすすめスポットをご紹介。
Holstentor① ホルステン門

中央駅から旧市街に向かうと、最初に出迎えてくれるのがホルステン門だ。かつて敵襲から守るため、都市は城壁と要塞に囲まれており、四つの城門からのみ出入り可能だった。そのうち西側のホルステン門と、北側のブルク門が現存する。15世紀に建てられたホルステン門の外壁は3.5メートルもの厚みがあり、横から見るとその重みで建物全体が傾いている。またアーチ部分には「内側は調和、外側は平和」を意味する金色の碑文が。内部は博物館(有料)になっている。ちなみに、ホルステン門はかつて50マルク紙幣に描かれていた。
Schildstr. 12, 23552 Lübeck
https://museum-holstentor.de
50マルク紙幣に描かれたホルステン門
St. Petri zu Lübeck② 聖ペトリ教会

白塗りにされた内部
リューベックの独特の景色を作り出す七つの塔のうちの一つが、この聖ペトリ教会のものだ。850年以上の歴史がある教会だが、第二次世界大戦で破壊され、長い間廃墟のままだった。1987年に再建されると、市民行事やコンサートなど人々の対話を促進するためのイベント会場として生まれ変わった。内部は白塗りになっており、現代アートの作家たちによる十字架が飾られている。エレベーターで塔に上ると(有料)、リューベックの街を一望することができ、フォトスポットとしても人気。
Petrikirchhof, 23552 Lübeck
www.st-petri-luebeck.de
St. Marien zu Lübeck③ 聖マリエン教会


「レンガゴシック建築の母」として知られる聖マリエン教会は、バルト海沿岸地域にある約70の教会のモデルとなった建物。1251年にゴシック様式への再建が開始され、125メートルもある二つの塔は、当時の市民たちがいかに裕福だったかを物語っている。聖ペトリ教会と同じく1942年の空爆で破壊されたが、その後復興し、ゴシック、ルネサンス、バロック、モダニズムが共存する教会となった。有名な「死の舞踏」のステンドグラスが見られるほか、毎日30分ごとにカリヨンの音色が響く。天文時計とパイプオルガンは現在修復中。
Marienkirchhof 1, 23552 Lübeck
www.st-marienluebeck.de
Lübecker Rathaus④ 市庁舎

リューベックが帝国自由都市となった直後の1230年に建設が始まり、ドイツで現存する最古の市庁舎の一つに数えられる。何度も増築され、ゴシックやルネサンスなどさまざまな建築様式が混在する。ファサードのレンガ部分に造られた円形の穴は、強風から建物を守るための通気口になっている。ネオゴシック様式の内装を設えた玄関ホールは、開館中は自由に入ることができるが、それ以外の見学はガイドツアー(有料)に参加する必要がある。アドベント期間には、市庁舎広場がクリスマスマーケットのメイン会場の一つに。
Breite Str. 62, 23552 Lübeck
www.luebeck-tourismus.de/altstadt/rathaus
Günter Grass-Haus⑤ ギュンター・グラス・ハウス

作家、グラフィックアーティスト、彫刻家だったギュンター・グラスがノーベル文学賞を受賞後、彼の生涯と作品を紹介するために2002年に開館した博物館。近郊に住んでいたグラスはここにオフィスを構え、2015年に亡くなるまで頻繁に足を運んでいたという。2022年にリニューアルし、絵画や原稿、彫刻などが展示されている。また子どもには児童文学作家ナディア・ブッデによるパンフレット「Alle an Bord?」(みんな乗船した?)が配布され、物語に沿って館内を巡ることができる。
Glockengießerstr. 21, 23552 Lübeck
https://grass-haus.de
Museum Behnhaus Drägerhaus⑥ ベーンハウス美術館

リューベックにゆかりのある作家を中心に、19~20世紀の作品を展示する美術館。邸宅だった建物で、名前は最後に住んでいたヨハネス・ハインリヒ・ベーンに由来する。地下部分は13世紀頃のもので、上部は1800年頃の古典主義様式。典型的なリューベックの商人の家の間取りで、19世紀初頭の内装を再現する。ドイツ・ロマン派のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品のほか、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが自身のパトロンだったリューベックのリンデ博士の息子たちを描いた絵画が見られる。
Königstr. 9-11, 23552 Lübeck
https://museum-behnhaus-draegerhaus.de
Europäisches Hansemuseum⑦ ヨーロッパ・ハンザミュージアム

モダン建築と古城修道院が複合したヨーロッパ・ハンザミュージアムは、数百年にわたるハンザの歴史をマルチメディアやインスタレーションを駆使し、インタラクティブに体験できるミュージアム。展示室にはかつてハンザの交易拠点だったノヴゴロド、ベルゲン、ブルージュ、ロンドンなどが再現され、タイムスリップしたかのような気分が味わえる。来館者は入場前にカードに言語(独英露スウェーデン語)と任意でハンザ都市を1都市登録でき、展示室でカードをタッチさせるとそれぞれに合った情報を見ることができる。
An der Untertrave 1, 23552 Lübeck
www.hansemuseum.eu
Travemünde⑧ トラーヴェミュンデ

200年の歴史ある海辺のリゾート地で、市内からは電車で30分、バスで40分ほど。浜辺にはドイツの海の風物詩であるかご型ベンチ「シュトラントコルプ」が並ぶ。漁船から直送される新鮮な魚で作る薫製魚やフィッシュサンドに舌鼓を打とう。レンガ造りの旧市街や灯台、砂の彫刻ミュージアムなど、ゆっくり散策するのも◎。また、トラーヴェミュンデからはフェリーが就航しており、ロストックのヴァーネミュンデをはじめ、スウェーデンやフィンランドまで行くことができる。
スタッフが現地で見つけたもの
歩いたからこそ見つけた街の魅力。リューベック散策がさらに楽しくなるヒントをご紹介!
Ⓐ Café Niederegger マジパン尽くしの朝食
リューベックの名物といえばマジパン。1806年創業のニーダーエッガーは、秘伝のレシピによる最高級マジパンを国内外に届けてきた。最高品質のアーモンドをふんだんに使い、わずかに残る食感と香り高い風味が特徴だ。今回本店のカフェでいただいたのは、マジパン朝食セット(マジパン入り蜂蜜とジャム、パン、クロワッサン)、マジパン・カプチーノ、マジパン・ナッツケーキ。どれも甘い!が、ケーキはナッツ感もあって意外にもさっぱりとしたお味。正直苦手……という人も作りたてのマジパンのおいしさをぜひ味わってみてほしい(責任は負えません)。食後は、最上階のマジパン・ミュージアムにも足を運んでみよう。


Ⓑ Schiffergesellschaft 船乗りたちのレストラン
リューベックらしい食事を楽しみたいなら、Schiffergesellschaf(t リューベック船員組合)へ。500年以上前に設立された組合の船乗りたちが商談や食事を共にした場所で、およそ150年前からレストランとして愛されてきた。船内のような店内には模型船が吊り下げられ、魚介料理とともに航海に出たようなひとときを提供してくれる。北ドイツの船乗りたちの伝統食「ラプスカウス」は、マッシュポテトとコンビーフを混ぜたものに目玉焼きを載せ、塩漬けニシンやビーツを添えたもの。ピンク色の見た目はインパクト大だが、ニシンと合わせると美味。ほかにも北海産のカニを使ったスープやカレイのソテーなど、海の幸が味わえる。


Ⓒ Der Teufeli 悪魔の伝説
聖マリエン教会の入口横に、ほほ笑みを浮かべた悪魔がちょこんと座っている。13世紀、大火災に遭った教会をできるだけ早く再建しようとした職人たちは、悪魔に新しい酒場を造ると言って資材の花崗岩を運ばせた。しかし途中で悪魔は自分がだまされたことに気づき、花崗岩で教会を破壊しようとした。慌てた職人たちは悪魔のために酒場を造ると約束。そうして目の前の市庁舎の地下に酒場を造ったという。この像は1999年に設置され、市庁舎を見ながらほほ笑んでいる。残念ながら酒場は閉業してしまったが、ニーダーエッガーで手乗りサイズの悪魔のマジパンを発見! ユニークなお土産にぴったりだ。

800年の歴史が築いた美しさ リューベックが「ハンザの女王」と呼ばれた理由

周りのドイツ人にリューベックについて尋ねると、口をそろえるようにして「とにかく美しい街」という答えが返ってくる。実際に足を運んでみて感じたのは、どうやらその美しさは「ハンザの女王」と呼ばれた歴史から来ているということだった。その歴史をひも解くとともに、取材で訪れたハンザ的スポットをご紹介する。
参考:Planet Wissen「Mittelalter: Hanse」、NDR「Mittelalter: Die Hanse beherrscht den Norden」、関東学院大学「#KGU_RESEARCHERS ハンザ(同盟)の商業ネットワーク」
そもそもハンザとは何か?
「ハンザ」(Hanse)は古高ドイツ語で「集団」を意味し、中世の北ヨーロッパで商人たちが築いた交易ネットワークのこと。日本語では「ハンザ同盟」として知られているが、これは英語の「Hanseatic League」を訳したもので、本来は「ハンザ」と呼ぶ。12世紀半ばにドイツの商人たちが交易上の利益を守るために協力関係を結んだことが始まりで、14~16世紀に最盛期を迎えたハンザは最大で欧州200都市に広がったといわれる。
1356~1669年には、定期的にハンザ総会が開かれた。この会議にはハンザ都市の代表者たちが集まり、交易協定、加盟都市の承認および除名、特権の扱い方などが話し合われたという。そのハンザ総会の最初にして最後の開催地であり、「ハンザの女王」といわれたのがリューベックだ。
ハンザを率いたリューベック
バルト海の入り口に位置する帝国自由都市リューベックは、北海の入り口だったハンブルクと並び、その地の利を活かして富を築き上げた。取引された主要商品の一つが塩だ。塩の産地であるリューネブルクからシュテクニッツ運河を通って運ばれた塩が、リューベックからスカンジナビア全域へと輸出された。バルト海には多くの淡水が流れ込む影響で、塩分濃度が低く塩が採れなかったため、重要な交易品だったのだ。
さらに、ノルウェーとスコーネ地方ではこの塩を使ってニシンを塩漬けにし、リューベックはそのニシンを内陸へと運んだ。特にカーニバル後の断食の時期、長期保存できるニシンは肉の代わりとして重要な食糧だった。ほかにもスウェーデンからは鉄鋼、フランドル地方からは毛織物、内陸部からは地中海や東欧の品など、リューベックにはあらゆる交易品が行き交った。
そうして栄えたリューベックは当時北ヨーロッパで最大の人口を誇り、経済の中心地としてハンザ都市の政策を主導していく立場にあり、大きな影響力を持っていた。リューベックの船乗りや商人たちはハンザのなかでも一目置かれる存在で、都市を守るホルステン門は富と権力の象徴だったのである。
現代に受け継がれるハンザ
17世紀に入ると交易船がバルト海から直接北海に出るようになり、ロシアからも陸路での輸送が増えた。さらに各国が勢力を増し、多くのハンザ都市の特権が奪われ、ハンザ自体が衰退していくと、リューベックの地位も次第に失われていく。1669年にハンザ総会にはわずか6都市しか参加せず、その会議を最後にハンザは自然消滅した。
リューベックはその後、第二次世界大戦で大きな被害を受けたものの、旧市街を復興させ、1987年にユネスコ世界文化遺産に登録された。その登録条件の大切な要素となったのが、五つの教会からなる七つの塔だった。この教会群は単なるランドマークではなく、かつて自由と繁栄の象徴だったハンザ都市リューベックを今に伝えるものなのである。何世紀にもわたるハンザの歴史が街を形づくり、実際にその中を歩けることこそが、リューベックならではの美しさといえるだろう。
そして、ハンザが消滅して3世紀以上がたった1980年、オランダのズヴォレで新たにハンザ(DIE HANSE)が創設された。新ハンザは都市同士のネットワークを復活させ、文化・科学・社会分野における都市間の交流を促進することを目的とする。2025年時点で加盟都市は16カ国約200都市に拡大。そのほとんどがドイツであり、もちろんリューベックも加盟している。21世紀になった今も、ハンザの精神はこの欧州に生きているのだ。
リューベックに残るハンザ的スポット
塩の倉庫
Salzspeicher

ホルステン門横のトラヴェ川沿いにたたずむ、ルネサンス様式のレンガ造りの倉庫で、リューネブルクから運ばれた塩が貯蔵されていた。ちなみに、かつての交易路とほぼ同じルートのエルベ・リューベック運河沿いを走る全長112キロのサイクリングロードは「旧塩街道」(Alte Salzstraße)と呼ばれている。
ゲンゲとヘーフェ
Gänge und Höfe

かつてリューベックの市民は城壁外に住むことを禁止されており、人口増加に対応するため、建物の裏に「Buden」と呼ばれる1~2階建ての小さな家が建てられた。旧市街には、今も裏につながる通路「ゲンゲ」と中庭「ヘーフェ」が90ほど存在する。ほとんどは自由に出入り可能だが、立ち入り禁止の場所も。
聖霊病院
Heiligen-Geist-Hospital

裕福で敬虔なハンザ商人や評議員たちは、貧しい人々、高齢者、病人などの「恵まれない人々」を援助していた。1286年に造られた聖霊病院は現存する世界最古の社会施設の一つで、なんと1970年代まで入居者がいた。アドベント期間には入居者用だった小部屋を屋台にして、クリスマス市が開かれる。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック




