3月18日、歴史社会学者の小熊英二氏のドキュメンタリー映画『首相官邸の前で』が、プレンツラウアー・ベルク地区のイベントスペースAuslandで上映されました。これは東京電力福島第一原発事故の5周年とチェルノブイリ原発事故の30周年に合わせて開催中のイベント「Protestival」(主催はSayonara-Nukes-Berlin)の一環として行われたものです。
2011年3月の福島の原発事故によって引き起こされた脱原発のデモは次第に多くの人を巻き込み、2012年夏には首相官邸前に約20万人(主催者発表)もが結集するという最大規模の抗議行動へと発展します。この映画では、性別や世代、地位や国籍など異なる立場の8人へのインタビューを核に、大手メディアにほとんど報じられることのなかった社会運動の実態を小熊氏がわずか2名で作り上げた記録映画です。
映画『首相官邸の前で』から、高円寺で行われたデモの様子
映画は2011年4月、東京の高円寺で行われたデモの映像から始まります。ドラムやトランペットが奏でる音楽と、ラップ調の語りに乗って「原発やめろ」のスローガンを上げる様子が新鮮で、震災直後の自粛ムードが色濃い東京で祭りの雰囲気を思わせるデモが行われていたことに驚きました。翌2012年3月末、デモは首相官邸前の抗議行動へと移り、毎週金曜日夜の集会へと定着。8月には市民グループと野田首相(当時)との直接の対話という異例の出来事が実現するに至ります。
映画には、「それまでデモに行ったこともないし、マイクを持って話すことなど考えたこともなかった」という女性も登場。ごく普通の市民の間から新しい社会運動が生まれていることを、迫力ある記録映像とテンポのいい編集により体感させてくれます。
さて、震災から5年、「原発の再稼働を進めようとする現政権を日本人はどう見ているのか?」など、この日登壇した小熊監督に観客から多くの質問が寄せられました。
小熊氏は「現在の日本の選挙制度は民意を完全に反映したものとは言えない。野党が連合して、投票率が上がらないと政権交代は実現できない」としながらも、「しかし、たとえ政権が変わらなくても原発が最盛期の過ぎ去った産業であることに変わりはない」と語ります。原発の新規制基準を通過するために原子炉一基あたりに要する膨大な費用や、1990年代までに作られた日本の原発が2030年代には寿命がつきること。さらに、疲弊する電力会社の現況にも触れ、4月から始まる電力自由化が脱原発の動きに今後どう影響するかという話も出ました。
小熊氏は「1つの社会が大きな危機を経験した後、新しい連帯が生まれる過程を歴史家として記録したかった」と映画製作の動機を強く語ります。この3月、ドイツやフランスなど欧州各都市で映画を上映した同氏によると、日本の観客から出て、欧州では一度も出なかった感想は、「デモのスタイルが不謹慎」「原発賛成派の声も伝えないとフェアではない」だったそうです。私はそこに、日本社会を覆う息苦しさと最近の「政治的中立性」の議論に見られる違和感を感じました。
「50年後のことを考えてこの映画を撮った」と語る小熊氏。後世の人がどう観るかは歴史が判断するところですが、同時代人が観ても何かしらのエネルギーを感じることのできる作品です。