7月末に開幕するロンドン五輪。その開会式のテーマ曲が、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」に基づく「不思議の島々」に決まったと、先頃発表されました。ロンドンではオリンピックに先駆けて4月から「ワールド・シェイクスピア・フェスティバル」が開かれ、街はシェイクスピア一色に染まります。オリンピック観戦や観劇のためにロンドンを訪れる際、もう1つの楽しみは、何と言ってもパブでエールビールを飲むことではないでしょうか。
シェイクスピアが活躍した16世紀半ばから後半にかけてのエリザベス1世の統治時代、パブは自家製のビールを目当てに庶民が集まる賑やかな場所でした。パンとビールは市民の生活必需品であったにもかかわらず、中には粗悪なビールを出したり、測量用の升の大きさをごまかしたり、高額を吹っ掛けて所持品一切を奪う追い剥ぎまがいのパブも横行し、「エール・コナー」と呼ばれるビール検査官がそれらの悪行を取り締まっていました。実は、シェイクスピアの父親は息子のウィリアムが生まれる前、この検査官を務めていたのです。
シェイクスピアの叔父が経営していたパブ
「Shakespeares Head」
ウィリアム・シェイクスピアの父親ジョン・シェイクスピアは、英国中部の街ストラトフォード・アポン・エイヴォンで皮手袋商人として成功し、市長に選ばれたこともある人物でした。それぞれの村や市のエール・コナーには、毎年ビールの良し悪しの判別に熟練した地元の名士が任命されるというのが習わしです。彼らは醸造所やパブを訪問して粗悪なビールを取り締まり、不正を働いた醸造者を裁判所に訴える権限を持っていました。違反が発覚した場合、1回目は罰金で済みますが、それが悪質なものだったり、違反が何回も続くと、パブの主人はたとえ女性であろうとも町中を引き回されたり、椅子に縛られテムズ河に落とされるなど、恐ろしい体罰が与えられたのです。
エール・コナーの検査には、現在でも行われているような厳格な味覚検査のほか、ちょっと変わったものもありました。まず、グラス1杯のビールを木製のベンチに注ぎ、革製のズボンを履いた3人のエール・コナーがその上に座り、30分後に一斉に立ち上がります。その際、ベンチがお尻にくっついて持ち上がると不合格というもの。ビールがベタベタとしてズボンに張り付くのは、発酵が不十分で糖分がビール内に残っているからであり、不出来 なビールだと考えられていたのです。
この方法は、17世紀には麦汁の濃淡を推測し、税率を決めるためにも使われていました。また、英国のみならず、ドイツのベルナウやチェコのボヘミア地方、ベルギーのフランダース地方、フランスのアルザス地方でも同様の検査が行われていました。困ったことに、ドイツでは英国とは真逆で、ベンチがお尻から剥がれると麦芽の質が悪いとみなされたのです。シェイクスピアの父上も、真面目な顔でお尻にベンチをぶら下げていたのでしょうか。
現代の知識に照らし合わせると、実に根拠に欠いたこの愉快な検査は、今なお伝説のように語り継がれています。
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