ジャパンダイジェスト

TPPと欧州の食肉偽装問題

日本のTPP交渉参加が決定した。TPPとは、環太平洋の国々における経済連携協定のことである。正式名称はTrans-Pacific Partnership。日本の交渉参加には、原加盟国と現在交渉に参加している全11カ国からの承認が必要であったが、4月20日にそのすべての支持が得られたのだ。日本がTPPに加盟した場合、どのような問題の発生が予想されるのか。欧州の食肉偽装問題を振り返りながら考えてみよう。

TPPとその問題点

TPPは、貿易自由化を目指し、域内の関税をほぼゼロにする取り組みである。日本の交渉参加承認の条件として、ニュージーランドやカナダは、米国と同様に自動車の関税撤廃をなるべく後ろ倒しにするよう求めてきた。一方、日本にとっての懸案事項は安価な作物が輸入され、日本国内の農業にダメージが出ることだ。また、遺伝子組み換え作物の輸入や食品農薬残留値を米国並みに緩和することにより、食の安全が危険にさらされることも懸念される。

TPPが話題に上る以前から、日本の食のグローバル化は進んできた。例えば、スーパーマーケットのお惣菜コーナーで販売されている焼き鳥に、タイ製やベトナム製などと書かれていることがある。これは、現地で串に刺すまで加工され、輸入された食品である。

欧州の食肉偽装問題

TPP加盟後の日本にも起こりうる事態が、欧州で発生した。問題の発覚はアイルランドからであった。2012年末、アイルランドの食品検査局FSAIによって、ハンバーガーに馬肉が含まれていることが発見された。アイルランドと英国の2つの食品加工会社が原因とされ、その会社からドイツのスーパーマーケット「アルディ」や「リードル」、英国の「テスコ」に食肉が卸されていたことが判明した。その後、英国の地方自治体FSAの調査により、冷凍食品会社フィンダスの商品から馬肉100%のラザニアが発見された。フィンダス社の購入先はフランスのコミジェル社であった。コミジェル社は冷凍加工食品会社で、その冷凍食品が16カ国に卸されていたことから、欧州中に問題が波及した。

最終的な馬肉の流通経路は図1をご覧いただきたい。よくもこれだけの国々を経由したものだと感心してしまうほどの複雑さである。このような流れの中で、書類上の表記が馬肉から牛肉に書き換わってしまったのだ。実際の馬肉は、ルーマニアからフランスのスパンゲル社へ納入され、ルクセンブルクのタボラ食品工場で加工された。問題は、正規の流通経路に乗らない馬肉に、人体に害のある薬がどのくらい使われているかわからないということだ。例えば、競走馬にはドーピングとして「フェニルブタゾン」という抗炎症薬が使われるが、人体に害があるため、食肉には投与されない。

馬肉を食べる日本人、食べないドイツ人

また、食文化に対する相違がこの問題を大きくしている面もある。日本人は馬肉を食べる習慣があるが、問題の広まったドイツや英国、アイルランドでは馬肉を食べる習慣があまりない(農村で郷土料理のように食べる地方もあるようだが)。乗馬の習慣があるドイツでは、馬は犬と同様にコンパニオンアニマルと見られているため、その肉を知らずに口にしていたというのは、非常にショッキングな出来事なのである。

1999年に欧州連合(EU)の通貨が統合されてから15年。通貨の壁が撤廃され、圏内の流通が飛躍的に拡大した結果、このような問題が発生した。陸続きの欧州と違い、他国と海を隔てた日本では流通における自然の障壁があるとも考えられるが、書類上の複雑なやりとりからこのような問題が発生する可能性は否定できない。関税障壁が撤廃される前に、食の安全をどう確保するのか。さらに消費者自身が判断できるような正しい情報をどう入手し、開示していくのかが今後の課題となるだろう。

図1 馬肉の流通経路

地図

食の安全 ― お隣スイスの事情

欧州、そしてドイツにおける食の安全を脅かす事件は、今回の食肉偽装問題に限ったことではない。2011年1月にはオランダから輸入した家畜飼料により、ドイツの豚、鶏、鶏卵、七面鳥が汚染されたということで、1000カ所以上の農場が一時的に閉鎖された。また、EU圏内が感染源ではなかったが、2012年9月には中国から輸入された冷凍イチゴが原因で集団食中毒が発生した。

このような状況に、いち早く対策を打ち出して発表するのは隣国スイスである。2011年1月12日のNZZ紙によると、スイスのスーパーマーケット「コープ」では、牛肉の92%、鶏肉の80%以上が国内産といった情報から、食の安全性をアピールした。

「さすがスイス!」と言いたいところだが、これにはこの国特有の事情がある。スイスは、輸入肉に高い関税をかけて自国の牧畜産業を保護している。その結果、国内に流通するのは国産の肉が大半を占める代わりに、ドイツと比較すると約2~4倍の値段に膨れ上がる。

陸続きの欧州のこと。国境を挟んでこれほどまでに価格差があるということになれば、そのままでは終わらない。週末になると国境付近のスイス住民はドイツへショッピングに繰り出す。その辺りの事情は税関もよくわかっていて、スイスの車がドイツに行く場合にはほとんどノーチェックなのに、スイスに帰る場合にはかなりの確率でトランクをチェックされる。関税を払わずに持ち込める生肉は1人当たり500gまで(2011年現在)。これは、日本人にはかなり多く感じるが、ほとんど毎日肉を食べるスイス人にとっては、1週間分に満たない量である。

つまりこの報道は、自国の産業保護政策の正当性を消費者にアピールするための発表でもあるのだ。一方、産業保護政策がスイスの美しい牧畜風景を守っているのも事実である。
用語解説

馬肉スキャンダル
Pferdefleischskandal

一連の食肉偽装問題を表す単語。このような問題が起こった背景には、牛肉に対し馬肉が5分の1程度の価格で取り引きされていること、そして馬肉の購入元であるルーマニアでは、馬肉を食べる習慣があることが挙げられる。今回の騒動を受けて、緑の党は食品業界に厳格なルール設定とコントロールを要求した。9月の連邦議会選挙の結果にも影響を与えそうだ。

<参考文献とURL>

Süddeutsche.de
■ "Pferdefleisch in Hamburgern gefunden"(16.01.2013)
■ "Lasagne vom Pferd"(08.02.2013)
■ "Pferdefleisch-Skandal schwappt nach Frankreich"(10.02.2013)
■ "Schmerzmittel in Pferdefleisch nachgewiesen"(14.02.2013)
■ "Schnitt ins eigene Fleisch"(14.02.2013)

Neue Zürcher Zeitung
■ "Geiz ist für Tiere gar nicht «geil»" (12.01.2011)

藤田さおり(ふじた・さおり) 法政大学経営学部経営学科卒業。ニュルンベルク在住。スイスの日本人向け会報誌にて、PCコラムを執筆中。日本とドイツの文化の橋渡し役を夢見て邁進中ですが、目下の目標は、ドイツの乳製品でお腹を壊さないようになること。
 
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