ジャパンダイジェスト

なぜドイツの名目GDPは日本を抜いたのか?

国際通貨基金(IMF)は、今年4月「2023年の日本の名目GDP(国内総生産)がドイツに抜かれた」と発表した。ドイツの2023年の名目GDPは4兆4574億ドルで、米国・中国に次いで第3位だった。日本は4兆2129億ドルで第4位に転落した。ドイツの2023年の名目GDPは、日本を5.8%上回った。

第7代連邦首相のゲアハルト・シュレーダー氏(2003年撮影)第7代連邦首相のゲアハルト・シュレーダー氏(2003年撮影)

インフレと円安だけが原因ではない

日本の多くのメディアは「ドイツのインフレと円安が主な原因」と報じた。確かにドイツ連邦統計局によると、2023年のドイツの消費者物価上昇率は前年比で5.9%だった。これに対して日本の2023年の消費者物価総合指数の上昇率は前年比で3.2%だ。さらにドイツの2023年の物価上昇率は、日本の1.8倍だった。名目GDPでは、実質GDPと違って物価上昇の影響が差し引かれていない。したがって物価が上昇すれば、財やサービスの合計である名目GDPも上昇する。

もう一つの理由は、円安だ。IMFの統計はドル建てである。日本銀行によると2023年の年初(1月4日)には、交換レートが1ドル=131.30円だったが、2023年の年末(12月29日)には1ドル=141.40円だった。この期間にドルに対する円の交換レートは、約6.6%減ったことになる。

一方この時期にユーロの交換レートは、ドルに対して下落しなかった。例えば2023年の年初(1月4日)には1ユーロ=1.0546ドルだったが、2023年の年末(12月29日)には1ユーロ=1.1066ドルだった。

過去30年間の成長率の違いも影響

だがドイツのインフレと円安だけが順位逆転の理由ではない。より重要な理由は、過去30年間の両国の成長率の違いだ。

経済協力開発機構(OECD)によると、日本の名目GDPは1970~1980年に201.8%増えた。ドイツの名目GDP成長率(159.4%)に大きく水をあけている。1980年の日本の名目GDPは1兆5050億ドルと、ドイツ(8148億ドル)の約1.3倍になった。1980~1990年の日本の名目GDP成長率もバブル景気の影響で134.1%と高くなり、ドイツ(89.6%)を上回っていた。1990年の日本の名目GDPは2兆4588億ドルと、ドイツ(1兆5450億ドル)のほぼ1.6倍だ。

だがバブル崩壊の影響で、日本の1990~2000年の名目GDP成長率(40.8%)は、ドイツ(44.8%)に追い抜かれた。2010~2020年のドイツの名目GDP成長率は51.2%だったが、日本の名目GDP成長率は18.4%とドイツの約3分の1だ。

2000~2020年までの日本の名目GDP成長率は70.3%だったが、ドイツは日本の2.1倍の149.6%だった。1990年代まで日独間で広がっていた名目GDPの差が、2010年代以降急激に縮まったのである。

シュレーダー氏の改革プログラムで成長率が改善

ドイツの名目GDP成長率は、2010年以降に伸びが目立つ。例えば2010~2020年のドイツの名目GDPの成長率は51.2%で、2000~2010年の42.4%を上回った。その一因は、1998~2005年まで首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏が断行した、労働市場・社会保障制度改革「アゲンダ2010」だった。

シュレーダー氏は、社会民主党(SPD)の政治家としては珍しく、経済界の重鎮たちと太いパイプを持っていた。彼は、企業経営者たちの「社会保険料などの労働費用を減らさないと、雇用を増やせない」という訴えに理解を示した。彼は2003年に連邦議会で「アゲンダ2010」の発動を宣言し、この国で最も大胆な労働市場・社会保障改革に踏み切った。

シュレーダー氏の「アゲンダ2010」はこの国の労働費用の伸び率を、ほかの欧州諸国に比べて抑え、企業競争力を引き上げた。欧州連合(EU)統計局によると、ギリシャの労働費用は2000~2010年に37.2%、フランスは22.7%伸び、加盟国も平均14.2%増えた。これに対して、ドイツの労働費用の2000~2010年の伸び率は5.8%に留まった。シュレーダー氏の改革は、労働費用の上昇率を抑制したのだ。2010年以降、ドイツの名目GDP成長率が上昇し、日本を追い上げた一因もこの改革にある。

生産性の違いも一因

労働生産性(1人の労働者が1時間に生み出すGDP)の違いも、ドイツが日本を追い抜いた原因の一つだ。OECDによると、2022年のドイツの労働生産性は68.6ドルで、日本(48.0ドル)よりも約43%高い。日本は、OECDの37カ国中第21位だった。これに対しドイツの労働生産性はOECDで第11位で、G7ではドイツの労働生産性は米国に次いで第2位である。自動車など一部の業種では、日本の労働生産性はドイツを上回っているとされるが、サービス業などあらゆる業種を含めると、ドイツに水をあけられている。

21世紀に入って日独の名目GDP成長率に差が生じ、ドイツが日本を追い上げていたところに、2023年のインフレ・円安が加わり、順位逆転につながった。だが、2023年のドイツの実質GDP成長率はマイナス0.3%で、G7で最低だった。IMFは、2027年にはドイツもインドに抜かれ、世界第4位になると予想している。高齢化と少子化が進み、就業人口の減少に悩む日独は、大幅なデジタル化などによって生産性を引き上げたり、高技能・高学歴移民を増やしたりしなければ、将来GDPの順位が下がっていく。日本もドイツも、さらなる努力が必要だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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