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メルツ政権の 年金改革案が大詰め

6月23日、フリードリヒ・メルツ首相は約30項目の年金改革案を公表した。学者と政治家から成る年金委員会は首相に改革案を提出。メルツ氏は「改革案を全て実行するために、直ちに法制化作業を開始する」と宣言した。

6月23日、年金改革案を発表したメルツ首相(左)6月23日、年金改革案を発表したメルツ首相(左)

受給開始年齢の段階的引き上げ

現在ドイツの年金受給開始年齢は67歳だ。年金委員会は、2031年以降、受給年齢を国民の平均余命に合わせて段階的に引き上げることを提案した。現在の予測によると、2031~2041年の間に、受給開始年齢は67歳から67.5歳に上昇する。その後も受給開始年齢は徐々に上昇する。

現在ドイツには、いわゆる「63歳引退制度」がある。もともとは45年以上働いて公的年金保険の保険料を支払っていれば、63歳になった時点で年金を満額で受け取ることができた制度。現在は35年以上働いて保険料を納めた場合、63歳から減額を条件に年金を受け取ることができる。

メルツ政権は年金支出を減らすために、63歳引退制度を廃止する方針だ。年金受給可能年齢はまず64歳に引き上げられ、その後も平均余命の変化とともに上昇する。さらに政府は、保険料収入を増やすために、現在は公的年金保険で原則としてカバーされていない自営業者や連邦議会議員らに対しても、公的年金保険制度への保険料の支払いを義務付ける方針だ(ただし独自の年金制度を持っている職種は除く)。

月収が603ユーロ(11万1555円・1ユーロ=185円換算)以下の低賃金部門(ミニジョブ)で働く市民の大半は、公的年金保険の保険料支払い義務を免除されているが、メルツ政権はこれらの市民にも保険料払い込みを義務付ける。「これはミニジョブの事実上の廃止だ」という批判も出ている。また、公務員は「ペンジオーン」(恩給)と呼ばれる独自の年金制度を持っており、公的年金保険制度の枠外にいる。将来、公務員にも公的年金保険への加入を義務付けるかどうかは、まだ決まっていない。

メルツ政権は、スウェーデンをモデルにした、積立型の年金基金を新たに設置する。現在のドイツの公的年金は、現役世代が支払う保険料を年金受給者に支払う賦課方式だが、国家年金基金では国民一人ひとりの保険料を積立てる。集められた保険料は、公的機関によって株式市場などで運用される。将来、市民の所得の2%が年金基金への保険料として払い込まれる。保険料は労使が半分ずつ負担する。

公的年金の赤字縮小を目指す

改革の目的は、公的年金保険の収支の改善だ。高齢化と少子化が進むドイツでは、公的年金保険制度が恒常的に赤字を抱えている。2024年の年金保険の支出額は4030億ユーロ(74兆5550億円)で、約20億ユーロ(3700億円)の赤字だった。2025年の赤字は55億~70億ユーロ(1兆175億~1兆2950億円)に膨らむ見通し。政府は年金保険料率の急増を防ぐために、連邦予算によって収支のギャップを補填している。年金の赤字補填を担当する連邦労働・社会省の予算は1900億ユーロ(35兆1500億円)に上り、2025年のドイツの連邦予算の37.9%を占める。

メルツ首相は昨年8月30日に行った演説の中で「社会保障制度を現在のまま放置した場合、将来は制度を維持できなくなる。私は社会保障制度を守るために、改革を断行する」と述べていた。同氏は、「この改革は痛みを伴い、険しい道になるが、私はこの道を行く」と固い決意を強調した。ただし改革案への反対・不満が強まる可能性もある。ドイツ労働組合同盟(DGB)や全金属労組(IGメタル)は、今年4月に63歳引退制度の廃止などに反対する姿勢を打ち出していた。企業経営者は、積立型の年金基金により、企業に新たな負担が生じることを懸念している。

公的健保制度の改革も打ち出す

メルツ政権は公的健康保険制度の改革案も、今年4月29日に閣議決定した。健保運営機関、医療機関、製薬会社、市民が大きな影響を受ける。

例えば政府は病院が受け取る診療報酬の伸び率の上限を、実際にかかった費用の伸び率もしくは基本賃金の上昇率とする。政府は、公的健康保険運営機関の管理職社員の報酬を制限する。医薬品を購入する際の市民の自己負担額を増やす。特定の手術の必要性については、別の専門医の意見を聞くことを義務付ける。現在所得が一定の水準を超えない場合、配偶者の保険料の支払い義務は免除されているが、政府は免除の対象を狭くする。ホメオパシー(代替医療)の医薬品への支出は、公的健康保険ではカバーされなくなる。

メルツ政権によると、これらの措置で、2027年に163億ユーロ(3兆155億円)を節約できる。メルツ政権が社会保障改革を重視する理由は、公的健保や年金の保険料率が上昇することで人件費がかさみ、ドイツ企業の国際競争力が劣化しているからだ。企業で働く就業者の社会保険料は、原則として企業も負担する。したがって社会保険の保険料率が上昇すると、企業の収益率が低下し、外国などで販売するドイツ製品の値段が他国に比べて高くなる。ドイツの社会保険料が賃金に占める比率は、2015年には39.6%だったが、2025年には41.9%に上昇した。人件費の高さは、産業の空洞化につながる。実際、製造業界の国内での生産額は年々減っており、メルツ政権は社会保障支出の削減によって、この流れを食い止めようとしている。

メルツ首相が、ゲアハルト・シュレーダー氏(1998~2005年まで首相)と同じように、思い切った社会保障改革を断行できるかどうかは、未知数だ。改革に反発した市民の票が、極右政党に流れる危険もある。政府が市民の理解を勝ち取って、社会保険料率の伸び率を抑えられるかどうかが、注目される。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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