ジャパンダイジェスト

アイルランド問題とドイツ

ユーロ圏に住む市民の頭上に、再び黒雲が広がってきた。アイルランドは深刻な経済危機と過重な財政赤字に苦しんでいるが、11月に入って国債の価格が暴落している。同国政府は高いリスク・プレミアムを払わないと、国外の資本市場で国債を投資家に買ってもらうことができなくなっているのだ。国債が売れないということは、政府が借金をできなくなるということを意味する。これは今年前半にギリシャ政府が国債を売れなくなり、欧州連合(EU)の緊急援助を申請した時と同じ状況である。EU債務危機の第2幕が始まった。

アイルランドの財政赤字は、国内総生産(GDP)の30%を超えると予想されている。不良債権に苦しむ銀行を再建するために、多額の公的資金を注ぎ込んだことが最大の原因である。

同国政府はこの原稿を書いている11月17日の時点では、「来年中頃までは、十分な資金があるのでEUの援助は必要ない」と主張している。しかしEUと国際通貨基金(IMF)は、アイルランド政府が援助を申請した時に素早く対応できるよう、救済プランを着々と準備している。本稿が発表される時には、アイルランドはすでに援助を申請しているかもしれない。ギリシャの時と異なり、EUはすでに7500億ユーロ(約82兆5000億円)の資金を抱える援助システムを持っている。このためアイルランドが援助を申請すれば、直ちに救いの手が差し伸べられるので、市場の混乱は長続きしないものと見られる。

ところでアイルランド政府は、「わが国の国債価格が暴落したのは、メルケル首相のせいだ」と批判している。ドイツ政府は、10月に行われたEU首脳会議などで「ユーロ圏加盟国が債務危機に陥ったら、借金のリスケジューリング(借り換え)を行い、国債を買っていた銀行などの投資家にも負担を課すべきだ」と主張してきた。リスケジューリングとは、窮地に追い込まれた債務者が借金を返せるように、条件を緩和して新しい融資計画を作ることを意味する。政府に対するリスケジューリングでは、その国の国債を買っている銀行などの機関投資家が、債権の一部をあきらめさせられることがある。つまり、国債に投資したお金の一部が返って来なくなり、銀行に損失が生じるというわけだ。今年5月のギリシャの債務危機の時にも、一時リスケジューリングの噂が流れたが、銀行の間で不満の声が強まったため、EUは実施しなかった。

しかしメルケル首相は、「市民たちが税金で過重債務国を助けている時に、銀行だけが負担を免れるというのは不公平だ」として、将来はリスケジューリングによって金融機関にも負担を求めるという姿勢を打ち出している。もっとも現在のEUの援助システムは2013年まで続くので、仮にリスケジューリングが導入されるとしても、3年後のことである。

アイルランド政府は、「メルケル首相の発言で投資家の間で不安が広がり、国債を手放す者が増えたために価格が暴落した」と主張している。ドイツ政府はこうした見方を全面的に否定している。しかし、もしもリスケジューリングが導入されることになれば、これまでは「借り手が政府なので、比較的安全な投資手段」と考えられてきた国債に対する投資家の見方は大きく変わるだろう。

それにしても、わずか1年の間に2つの国が債務危機に陥るとは、ヨーロッパという患者の容態はまだまだ健康と言うには程遠い状態である。スペインやポルトガルなど、ほかの国にまで問題が飛び火しないことを祈る。

26 November 2010 Nr. 844

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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