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ギリシャ危機は終わらない

7月上旬の12日間、世界経済は再び欧州の小国ギリシャに振り回された。日本の新聞やテレビでも、ギリシャ危機がトップニュースとして扱われた。

•事実上の支払い不能状態

ギリシャ政府の過重債務が表面化した2009年末以来、ドイツをはじめとするユーロ圏加盟国はギリシャ救済に取り組んできた。しかし、ギリシャの債務をめぐる今回の危機は、過去5年間で最も深刻な事態を迎えた。ギリシャ政府がほかのユーロ圏加盟国が求めていた緊縮策や経済改革の実行を約束しなかったため、6月30日の深夜にギリシャへの第2次救済プログラムは失効した。このため、ギリシャ政府は6月30日までに国際通貨基金(IMF)に返済するべきだった債務約15億4000万ユーロ(2156億円、1ユーロ=140円換算)を返すことができなかった。これは、ギリシャが事実上の債務不履行状態(デフォルト)に陥ったことを意味した。IMFや格付け機関は、デフォルトを直ちに宣言しなかったが、ユーロ圏加盟国がIMFの債務返済を延滞したのは初めてのこと。

ギリシャのチプラス首相は、「緊縮策を受け入れるか否かについて、7月5日に国民投票を行う」と一方的に宣言。ドイツのメルケル首相や欧州委員会のユンケル委員長は、国民投票についてチプラス首相から事前に知らされておらず、「ギリシャ政府に対する信頼は完全に失われた」と強い口調で同国を批判した。

7月5日の国民投票では、ギリシャの有権者の61%が緊縮策を拒否した。これによって、ギリシャが正式にIMFなどからデフォルトを宣言され、ユーロ圏から脱退する可能性が一段と高くなった。ドイツのショイブレ財務相は、ギリシャ経済が回復するまで、少なくとも5年間はユーロ圏から離脱することを盛り込んだ提案を準備していた。当時ギリシャの財務相だったバルファキス氏も、ユーロと並行して旧通貨ドラクマを流通させる計画を密かに検討していた。

ギリシャで発行された2ユーロ硬貨
ギリシャで発行された2ユーロ硬貨

•銀行倒産の危機

ギリシャ政府の金庫は当時、実質的に空っぽの状態となり、ギリシャの銀行は、欧州中央銀行(ECB)の「緊急流動性援助(Emergency Liquidity Assistance=ELA)という短期融資によって、かろうじて生き長らえている状態だった。もしもECBがこの融資を停止したら、ギリシャの銀行は倒産することが確実だった。

このため、チプラス政権は6月28日に「資本移動規制」を発動し、市民や企業に外国への資金の持ち出しや振り込みを禁止し、さらに6月29日から1週間にわたり国内の銀行を休業させた。市民が銀行から預金を引き出す額も、1日につき60ユーロ(8400円)に制限した。

窮地に追い込まれたギリシャ政府は7月8日、ユーロ圏の緊急融資機関ESM(欧州安定メカニズム)に対し、第3次救援プログラムの発動を申請した。同国は正式な破綻を免れるために、ESMに対し3年間にわたって535億ユーロの融資を求めたのだ。だが、ほかのユーロ圏諸国は、チプラス政権が緊縮策や経済改革を実行することを確約しない限り、融資を行わないという態度を強調した。

このためチプラス政権は、国民が緊縮策に対して「ノー」と言ったにもかかわらず、部分的に債権国側の要求を受け入れた。7月9日、チプラス政権は欧州委員会に対し、緊縮策や経済改革を網羅した13ページの文書を提出。同政権は、国営企業の民営化や公的年金の受給開始年齢の67歳への引き上げ、観光業界に対する税制上の優遇措置の廃止、軍事予算の削減などを約束した。

7月12日、ユーロ圏加盟国の首脳は17時間にわたる緊急会議の結果、ギリシャが緊縮策と経済改革を実行することを条件に、第3次救援プログラムの発動を決定。ギリシャは最高860億ユーロ(12兆400億円)の追加融資を受けられることになった。

•ギリシャは債務を返せるのか?

この合意により、ギリシャのユーロ圏離脱の危機は当面遠のいた。だが私は、ギリシャ危機が終わったと考えるのは早過ぎると思う。この5年間、ギリシャ政府は何回も似たような緊縮策を約束し、部分的に法制化したものの、労働組合などの反対を受けて実行できていない。

これまで、ユーロ圏加盟諸国はギリシャに対して2400億ユーロ(33兆6000億円)の融資を与えたほか、2012年には民間の投資家の債権1070億ユーロを減免した。それにもかかわらず、ギリシャの公的債務残高の国内総生産に対する比率は、2010年の148%から2014年には175%に増加した。

フライブルク大学のL・フェルト教授は、7月14日付けの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)で、「ギリシャのチプラス政権は、ほかのユーロ圏加盟国の信頼を失った。このため、今後、同国が経済改革を実行するかどうか、慎重に見極める必要がある」と発言。

また、ドイツ連邦政府の経済諮問委員会を率いるC・シュミット委員長も、「ギリシャはまず、合意文書の内容を実行するためのメカニズムが機能するかどうかを、他国に証明しなくてはならない。ギリシャ政府が、今回の合意を実行できるかどうかについては、懐疑的にならざるを得ない」という慎重な見方を示した。

同国をめぐる危機は、まだ終わっていない。今後ユーロ圏加盟諸国は、数10年間にわたってギリシャを支援することを迫られるかもしれない。

7 August 2015 Nr.1007

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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