私は今年9月1日、アテネにいた。デモ隊と警官隊が時々衝突する議会前のシンタグマ(憲法)広場から程近い高級住宅街、コロナキ。街路樹にはオレンジがたわわに実っている。温度計の水銀柱がじりじりと上昇する中、ドイツでは聞かれない油蝉の合唱が、朝から響き渡る。
すると、蝉の声に混じって、アコーディオンとタンバリンの音が聞こえてきた。2人のギリシャ人が楽器を弾き、歌を唄いながら歩いている。彼らは住宅街を通りから通りへめぐりながら、施しを求めているのだ。向かいのアパートに住んでいる中年の女性は、お金を窓の下に投げ落とした。辻楽師たちの哀愁を含んだ歌声に、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の融資を得るために奔走するギリシャ政府の姿がだぶって見えた。
2011年の時点でギリシャの公共債務の残高は、3530億ユーロ(38兆8300億円)。同国は、2011年から2013年までに1240億ユーロ(13兆6400億円)の借金と利息を払わなければならない。欧州統計局によると、2010年の財政赤字は、国内総生産(GDP)の10.5%に達する。これはEU平均の6%を4ポイントも上回っている。債務のGDPに対する比率も、2009年の127.1%から2010年には142.8%に悪化し、EU平均を57.5ポイントも上回っている。ギリシャ人たちはこれらの数字を見て、どこから手をつければ良いのか、途方に暮れている。ギリシャを定期的に訪れるドイツ人のビジネスマンは、「彼らのメンタリティーを変えない限り、この国は変わらない」と語った。
確かに、5年ぶりに訪れたアテネは相変わらずストの町だった。私がアテネに到着した日にはタクシー運転手がストライキ。翌日には学生と教職員が中心街で大規模なデモ。その次の日には、突然地下鉄の運転士たちがストライキに踏み切った。ストやデモは経済活動を停滞させ、景気をさらに悪くする。政府は市民の抗議にもひるんでいない。財政赤字を減らさないと、EUとIMFから融資を受けられないので、新しい不動産税を導入したり、2015年までに公務員を15万人解雇する計画を発表したりしている。しかしこれらの措置が、不況に拍車をかけていることも事実だ。
アテネの町を歩いていると、空き家が目につく。「Enoikiazetei(空室あり。貸します)」と書かれた紙が、町の至る所で、商店のショーウインドウや建物の壁に貼られている。あるドイツ人は、「公的債務問題が噴出して以来、ギリシャ人は以前ほど朗らかに笑わなくなった」と私に語った。5年前には昼間から満員だったコロナキのカフェバーも、閑散としていた。
ギリシャ支援のためにドイツは、すでに220億ユーロ(2兆2000億円)の負担を約束している。だが問題はギリシャにとどまらない。ドイツ連邦議会は9月末にユーロ危機に対処するEFSF(欧州金融安定化基金)の拡大に同意したが、同国が債務保証する金額は1230億ユーロから2110億ユーロ(21兆1000億円)に増えた。金利も含めるとドイツの負担は4000億ユーロに達するという見方もある。確かにドイツは欧州で最も豊かな国であり、他国を支援するべきだ。しかし市民の間では、「ギリシャは底の抜けたバケツ」という不信感が強まっている。2000年以上も前に欧州文明の基礎を築いたギリシャは、今やユーロの安定を脅かす問題児になった。秩序立った一時的な国家破産と、債務の組み換えを避けて通れないという見方が、EU全体に広がりつつある。万一ギリシャを破産させる場合に、第2のリーマンショックのような事態につながることを、世界は最も恐れている。EU諸国が万全の予防措置を取ることを願う。
14 Oktober 2011 Nr. 889