6月28、29日にブリュッセルで行なわれたEU首脳会議は、ユーロ救済のために何度も行われてきたこれまでのサミットとは異なる様相を見せた。ギリシャなど過重債務と不況に苦しむ南欧諸国の救済をめぐって、ドイツのメルケル首相が初めて妥協したからだ。
今回のサミットの焦点は、EUの緊急融資機関・欧州金融安定メカニズム(ESM)だ。ESMは、ギリシャのように債務危機に陥った国に融資を行う、一種の火消し役だ。EUが2010年に一時的に創設した欧州金融安定ファシリティー(EFSF)を永続的な機関とするために作られた。
これまでEFSFとESMは、銀行に直接融資することを禁止されており、まず各国政府に融資しなくてはならなかった。現在ユーロ圏で火の手が最も近くまで迫っているのは、スペインだ。同国では不動産バブルの崩壊後、銀行が多額の不良債権を抱えたが、政府は財政難に苦しんでおり、銀行を救済するための資金がない。このためスペイン政府は6月25日、銀行への支援を理由に、EUに緊急援助を要請した。
スペイン政府はEUからお金を借りると、公的債務比率(債務と国内総生産=GDPの比率)が上昇する。すると、スペインは国債を売る際に高い利回りを払わなくてはならなくなり、資金調達がさらに困難になる。EUが「銀行と国債の悪循環」と呼ぶ事態である。今回のサミットでは、この悪循環を打破することが最大の課題となった。スペインとイタリアは、近い将来、銀行危機がさらに悪化する事態に備えて、ESMが銀行に直接融資できるよう制度改革を求めていた。
これまでドイツは、ESMによる銀行への直接融資に強く反対してきた。彼らは「ESMが銀行に直接融資するということは、ESMへの出資者である各国政府が、経営難に陥った民間銀行の“投資家”になることを意味する。その銀行が倒産した場合、各国政府、さらには納税者が損失を受ける。銀行に出資していた機関投資家の損失が、納税者によって軽減されるというのはおかしい」と主張したのだ。
ドイツはEU最大の経済パワーなので、加盟国の中で最も多く負担を強いられる。ドイツのESMへの貢献額は2480億ユーロ(24兆8000億円・1ユーロ=100円換算)に達している。
過去のサミットでドイツは、ギリシャやイタリアから「自国の負担ばかり気にして、真剣に南欧諸国を助けようとしていない。ドイツの頑固な態度がユーロを危険にさらしている」という批判を受けてきた。ドイツを支援するのは、オーストリア、オランダ、フィンランドなど欧州北部の国だけで、サルコジの敗退後に就任したオランド仏大統領も、ドイツの緊縮一辺倒の路線を批判し、南欧諸国に同情的な姿勢を見せていた。これらの圧力に屈したのか、メルケル首相は「ユーロ圏全域の銀行を監視する監督官庁が設置されることを条件に、ESMが各国の銀行に直接融資できるようにする」という共同宣言に調印した。
ユーロ圏の最大の弱点は、通貨が同じなのに、各国の財政政策や経済政策がてんでばらばらであることだ。ドイツは、いわゆる「銀行同盟」を創設するとともに各国に財政政策に関する主権をEUに譲り渡すことを求め、政治統合を一気に進化させることを狙っている。だがドイツ国内では、経済学者らがメルケルの妥協を強く批判しており、連邦憲法裁判所でESMをめぐって違憲訴訟も始まっている。ユーロ圏は発足当初からの理想だった政治統合を深められるのか。それとも、債務危機の重圧に負けて脱落者を出すのか。欧州諸国は、戦後最も重要な分水嶺に差し掛かりつつある。
20 Juli 2012 Nr. 928