ザウアークラウトから納豆まで ドイツで楽しむ発酵食品
近年、世界的なトレンドとなっている発酵食品。ドイツでもコロナ禍以降、ドイツを代表する発酵食品であるザウアークラウトが再び注目を集めたほか、コンブチャやキムチ、そして日本の糀をはじめとする発酵食品を楽しむ人が増えている。本特集では、そんなドイツの発酵食品ブームやザウアークラウトの背景を紐解くと共に、ドイツ在住の発酵ファンの方々にご協力いただき、さまざまな発酵食品を自宅で手作りする方法を聞いた。 (文:ドイツニュースダイジェスト編集部)
参考:zdf heute「Super-Food - alte Technik, neuer Trend」 、Hogapage「Fermentation als neuer Foodtrend」、Der Feinschmecker「Fermentation: Milchsäuregärung ist wieder Trend」、NDR「Kimchi, Sauerkraut & Co: Wie gesund sind fermentierte Lebensmittel?」
健康促進&サステナビリティで注目! ドイツでもブームの「発酵食品」とは
そもそも発酵とは、酵母や乳酸菌、カビなどの微生物の働きを利用することで食品を加工する技術のこと。その歴史は古く、紀元前6000年ごろには中東で発酵飲料が作られていた記録が残っている。古代エジプトではパンやビール、古代中国では発酵させた豆や魚を使った調味料が広く普及していた。これらの技術は交易や移住を通じて広まり、ドイツのザウアークラウト、日本の味噌や醤油、韓国のキムチ、バルカン半島や中央アジアが発祥とされるヨーグルトなど、地域の気候や食材に合わせて多様な発酵食品が誕生してきた。
近年、そうした発酵食品は世界中で注目を集めている。その理由の一つが、腸内環境を整える働きだ。発酵食品にはプロバイオティクス(善玉菌)が豊富に含まれており、消化を助けたり免疫力を高めたりする働きがあるとされている。発酵過程で生成されるビタミンやアミノ酸は、栄養価を向上させるだけでなく、独特の風味を生み出す。
さらに、環境面でもサステナブルな食文化として評価されている。発酵は食品を長期間保存可能にするため、冷蔵保存や化学保存料に頼る必要が少ない。また、傷みかけた野菜や余剰作物を活用してピクルスやキムチ、ザウアークラウトに加工することで、冷蔵技術が普及する以前から食品ロスを減らす方法として利用されてきた。
ドイツではザウアークラウトやピクルスといった伝統的な発酵食品が長く親しまれてきたが、近年はこれらの伝統食品に加え、海外の発酵食品が新たなトレンドとして台頭している。キムチや納豆、コンブチャ(発酵飲料の紅茶キノコ)が人気を集め、多文化的な食の融合が進んでいる。このように発酵食品は伝統的・地域的な枠を超えて、現代の料理や新しい食文化に取り入れられている。健康意識やサステナビリティの高まりを背景に、発酵食品を使った新しい味や、持続可能な食文化がさらに生み出されていくことだろう。
ドイツの発酵食品の代表格 ザウアークラウトの秘密
ドイツが誇るスーパーフードの「ザウアークラウト」。その歴史や地域性、ドイツ人とザウアークラウトの関係性などから、ザウアークラウトの魅力に迫る。
古代ローマ人も食べていた!?
ザウアークラウト(Sauerkraut)は、キャベツを塩で発酵させた保存食であり、ドイツを代表する伝統食品の一つ。その歴史は古く、アジアでは紀元前221年に建設された中国・万里の長城の建設労働者たちが、キャベツを発酵させた食料を食べていたという記録もある。ドイツにおいては、ローマ時代に伝えられたとされ、寒冷な冬を乗り越えるための貴重な保存食として発展した。
中世ヨーロッパでも、発酵食品は重要な栄養源であった。ザウアークラウトはビタミンCを豊富に含み、長期保存が可能であるため、航海に出る船乗りたちにも重宝されたのだ。特に18世紀には、英国海軍のジェームズ・クックがザウアークラウトを取り入れ、英国海兵たちの壊血病の予防に役立てたという。
地域ごとに一味違うザウアークラウト
現代のドイツにおいても、ザウアークラウトは家庭料理やレストランでは欠かせない存在。特に肉料理との相性が良く、ブラートヴルスト(焼きソーセージ)やアイスバイン(豚のすね肉の煮込み)と組み合わせることが一般的。その酸味が肉料理の脂っこさを中和し、食欲を増進させるのだ。
また、ザウアークラウトの味や調理法は地域ごとに異なる。南ドイツでは白ワインで風味を付けたものが好まれ、バイエルン地方ではキャラウェイシードやジュニパーベリーが加えられることが多い。東部や北部では、シャキシャキした食感を残すために加熱せずに食べることが一般的。一方、西部や南部ではしっかりと火を通し、まろやかに仕上げたザウアークラウトが好まれる。
「クラウト」と呼ばれたドイツ人
ザウアークラウトは、ドイツ人の食文化を象徴する存在であるがゆえに、歴史的にはドイツ人を指す揶揄としても使われてきた。特に第一次世界大戦や第二次世界大戦の時期には、英国や米国でドイツ兵やドイツ人を「クラウト」(Kraut)と呼ぶ風潮が広まったという。なお、近年では「クラウト」という言葉が持つネガティブなイメージも薄れつつあり、むしろ自国の文化を象徴するものとして受け入れられている。
「クラウト」という言葉がユニークな形で転用された例の一つが、「クラウトロック」(Krautrock)だ。これは、1960年代末〜1970年代にかけてドイツで発展した実験的なロック音楽のムーブメントのこと。プログレッシブロックや電子音楽の要素を取り入れ、従来のロック音楽とは異なる独特の音響体験を生み出した。この名称自体は、英国の音楽メディアがドイツのバンドを形容するために用いたもので、当初はやや皮肉を含んだニュアンスがあった。しかし、このジャンルは世界的に評価され、後のテクノやアンビエント音楽にも大きな影響を与えた。
コロナ禍でザウアークラウトがブームに!
コロナ禍に人々の健康意識が高まったことを受けて、ザウアークラウトは「古くて新しいスーパーフード」として再び注目されるようになった。特に、ザウアークラウトの持つ免疫力向上や腸内環境改善の働きが見直され、多くの人々が家庭で手作りするように。パンデミック初期のロックダウン中には、食料の備蓄が求められたこともあり、長期保存が可能なザウアークラウトは再評価された。自宅で発酵食品を作ることが新たな趣味として広まり、SNS上では「#homemadefermentation」や「#sauerkraut」などのハッシュタグが人気を集めた。こうした流れのなかで、ザウアークラウトは単なる伝統食品ではなく、現代の健康意識に合ったスーパーフードとしての地位を確立しつつある。
「簡単おいしいレシピ」より ザウアークラウト&アレンジレシピ
手間がかかるほど愛も深まる! ? 発酵食品を手作りしてみよう
今日、スーパーやネット通販を利用すれば、ドイツでも日本食も含めてあらゆる発酵食品を手に入れることができる。しかし発酵食品をあえて手作りする面白さは、そのトライ&エラーにあり。ここでは、「発酵愛」に溢れたドイツニュースダイジェストゆかりのお二人に、お気に入りのレシピをはじめ、ドイツで買える食材や気候などの違いなど、さまざまなヒントを教えてもらった。
お話を聞いた人 ①
久次貴子さん おんせん県出身。ドイツ人の夫と、二人の子どもと日独いいとこどりの暮らし。昼間はリロケーションサポートのお仕事、趣味は夜な夜な糀作り。台所はいつも実験室のようになっている。本誌連載「私の街のレポーター」では、シュトゥットガルトを担当。
糀との出会いは15年前のドイツニュースダイジェスト!
私がドイツで糀を作り始めたのは、世界各地で糀を醸している人たちの話を読んだり聞いたりして、その工夫や知恵に自分も挑戦してみたい! と心を動かされたのがきっかけです。 特に影響を受けたのが、塩糀を江戸時代の文献から発見した、大分県佐伯市の糀屋本店の女将・浅利妙峰先生。妙峰先生との出会いは、なんとドイツニュースダイジェストなのです。15年前、ニュースダイジェストで浅利先生がドイツで糀ワークショップを開催するという記事を読みました。当時、私は子どもが生まれたばかりで参加することができず、浅利先生に「来年はぜひ参加したいので、これからもドイツでワークショップを続けてください!」 と手紙を書いたのです。帰国の際に会いに行ったところ、お手紙のことを覚えていてくださって感動しました。
濾したどぶろくと酒かす。
どぶろくを作ってみると、全ての工程に意味があり、何一つ無駄がなく、美しくて感動します
糀の柔らかい手触りと音と香りは心を落ち着かせてくれますし、味噌作りや糀のワークショップで糀に触れた人が「気持ち良くてずっと触っていたい」とおっしゃる気持ちがよく分かります。ちなみにドイツではオーガニックの穀物が手に入りやすいので、発酵食品を作る人たちにとってはとてもありがたいです。ただ、麹菌だけは日本の種麹屋さんから購入しています。
最近作って感動したのが、お酒好きにはたまらない「こぼれ梅」(みりんの搾りかす)。まずは、みりんを作ることが必要で、さらにみりんを作るには糀が必要で、1年がかりです。この経験を通して、みりんの甘さは砂糖ではなく、もち米由来だと知りました。こぼれ梅は想像していた以上のおいしさでした。
完成した「こぼれ梅」にドライフルーツを混ぜてみました。とんでもなくおいしい!
久次さんお気に入りのレシピ
糀と共に生活する
糀はあらゆる日本の調味料に必要なものであり、糀を育てることで自分が日本人であることを再認識している気がします。初めて作るという方には、かわしま屋さんのものがスタンダードで良いと思います。ただし、ウェブサイトにある多くのレシピは、日本に住んでいて、日本の米と水を使っている人のためのもの。ドイツでは米も水質も、温度も湿度も違います。「そこをどうやってフォローするか」というのが燃えるポイント。私自身は、昔の人のように電気を通さずに、人の知恵で工夫して作ってみたい! という好奇心(もはや意地)から、湯たんぽ、鍋帽子、人肌(!)を使いながら糀を育てています。
塩糀と玉ねぎ糀
自分で育てた糀を使って、さまざまな調味料をつくることができます。わが家では、塩の代わりに塩糀、コンソメの代わりに玉ねぎ糀を使用。さまざまな作り方がありますが、私は浅利妙峰先生のレシピを参考にしています。旨味の詰まった塩味があり、酵素も取れて消化に優しいです。酵素にでんぷんやタンパク質を分解する働きがあるので、肉や魚を柔らかくしたりするのにもおすすめ。
参考:糀屋本店「こうじ屋ウーマン浅利妙峰直伝!塩糀(塩麹)のつくり方」
茹でた芽キャベツに塩糀をまぶすだけで、とってもおいしいです!
塩麹 | 生糀または乾燥糀 | 90g |
塩 | 30g | |
お湯(55度くらい) | 120ml |
玉ねぎ糀 | 生糀または乾燥糀 | 100g |
玉ねぎ | 300g | |
塩 | 35g |
- 清潔な容器(蓋が金属でないもの)
- ボウル
- 計り
- 箸またはロングスプーン
- フードプロセッサーまたはブレンダー
- ボウルに塩と糀を入れ、清潔な手で塩と糀を擦り合わせる。しっとりとして糀のいい香りがするまで混ぜる。
- 塩糀:熱湯消毒した容器に、❶とお湯を入れる。 玉ねぎ糀:熱湯消毒した容器に、❶とフードプロセッサーで刻んだ玉ねぎを入れる。
- 常温で保管する。1日1回、熱湯消毒したスプーンか箸で混ぜて空気に触れさせる。5日後から味見をして、塩の角が取れてまろやかになっていたら完成!お好みでブレンダーで攪拌しても。
甘酒
甘酒は酒粕甘酒と糀甘酒がありますが、糀甘酒はアルコールゼロ。「甘酒」は、実は夏の季語なんですよ。体を冷やす効果があり、汗をかいて疲れた体に甘酒の糖分が沁みます。
参考:かわしま屋「甘酒の作り方全集|米糀だけ・もち米で作る甘酒を、炊飯器や魔法瓶などで作ろう」
生糀または乾燥糀 | 300ml |
お湯(55度くらい) | 300ml |
- ヨーグルトメーカーや炊飯器
- 温度計
- 糀にお湯を入れ、温度計を使って50〜60度に保ちながら混ぜる。60度以上になると糀菌が死んでしまい、反対に40度以下になると乳酸菌が活発に働いて酸っぱくなるため、温度管理が大切。
- ヨーグルトメーカーや炊飯器の保温モードを使って、❶の温度を55〜60度に保ちながら約6時間保温する。
- 糀の甘い香りが漂ってきたら、よくかき混ぜて出来上がり。
お話を聞いた人 ②
高橋亜希子さん IT系の翻訳者・プログラマー。三度の食事と、手に入らない食材を自分で育てるのが何よりの楽しみ。食やガーデニングにまつわるプロダクトの製作やスタートアップ事業も行っている。本誌連載「私の街のレポーター」では、ライプツィヒを担当。
菌と時間に委ねつつ、気楽に取り組むのもポイント!
もともと何でも自分で作るのが好きで、加えてアジアショップに買い出しに行ったりするのが面倒になってきたため、発酵食品も自分で作るようになりました。自分の納得できる材料で作れるし、何より時間と菌がほとんどの仕事をしてくれるので、私がほかのことをしている間においしい食べ物が出来上がっているというのが最高です。あと、天然酵母であるサワードウ(サワー種)のスターターや、野菜や果物を発酵させて作る酵素シロップが発酵しているときに出るぷつぷついう音を子どもと聞くのも、目に見えないお友だちがいる感じで大好きです。
ルバーブの酵素シロップ。残った果実は煮詰めてジャムのようにしても◎
いつも作っているものとしては、サワードウのパンは週に一度程度、自分で作ったスターターを使って焼いています。ほかにも納豆は1〜2週間に一度にまとめて作って冷凍したり、野菜の塩水漬けは台所の片隅に瓶を常に置いておいて、野菜の端を入れて時々塩を足したりします。季節のものとしては、年初に普通のお味噌を仕込んで、秋口には冬に使う白味噌を仕込みます。キムチは白菜の旬に、酵素シロップはルバーブなどを使って夏にと、季節感を味わえるのもいいですね。
発酵食品作りには失敗もつきものですが、それも含めて魅力だと思います。サワードウのパンでも、スターターが元気すぎて容器からあふれたり、反対にうまく膨らまず石のようなパンができたり、想像の斜め上を行くパンが焼けて大笑いしたり。発酵食品を作り始めた頃は、神経質に細部にこだわっていましたが、最近では気楽に取り組むのが継続のコツだなと思います!
発酵してふかふかに膨らんだサワードウのパン
高橋さんお気に入りのレシピ
サワードウのパン
サワードウとは、小麦粉と水を発酵させて作る天然酵母。こちらのレシピは、ドイツでパン作りが趣味という人で知らない人はいない有名ブログ「Plötzblog」を参考にしたものです。ごく基本的で食べやすい白いパンが焼けます。
参考:Plötzblog「Mildes Weizensauerteigbrot」
スターターの作り方
材料水 | 50ml |
全粒粉. | 100g |
- まずは5日くらいかけてスターターを作る。清潔な瓶に全粒粉20gと水10mlを加えて混ぜる。混ぜにくければ、ほんの少し水を多くしてもOK。室温で保存する。
- 翌日、❶に全粒粉20gと水10mlを加えて混ぜる。この作業を5日くらい繰り返す。3日くらいすると小さな泡が出てきて、5日ほどで大きめの泡が見えるようになれば完成。冷蔵庫で保管する。
パンの焼き方
材料スターター | 60g |
水 | 245ml |
小麦粉(550番の白いもの) | 345g |
塩 | 8g |
- ボウルにスターターと水45ml、小麦粉45gを入れて混ぜ、3〜6時間室温で置く(残りのスターターには、全粒粉40gと水20mlを入れて混ぜ、一日室温に置いてから冷蔵庫に戻す)。
- ❶のボウルに水200ml、小麦粉300g、塩8gを入れて、ひとまとまりになるまで5分ほどこねる。
- 次の3時間で、30分ごとに10回ずつくらいこねる。徐々に生地がつるっとして扱いやすくなる。市販のイーストよりもゆっくり発酵するので、時間は正確でなくてもOK。
- 発酵かごに小麦粉を振るい、生地を丸めて入れる。発酵かごがない場合は、ザルやボウルにキッチンタオルを敷き、小麦粉を振って代用できる。キッチンタオルを被せて冷蔵庫で12時間以上寝かせる。
- 十分寝かせて膨らんでいるのを確認したら、オーブンを200度に予熱する。
- オーブンの余熱が終わったら、発酵かごをオーブンシートを敷いた天板にひっくり返し、パンの上部に包丁で切れ目を入れてオーブンの中へ入れる。
- オーブンに入れて10分ほど経ったら、オーブンの温度を220度に上げ、さらに30分ほど焼く。途中、焼き色を見ながら焼き時間を調整する。
Heizung納豆
納豆を作るための納豆菌は、「枯草菌」と呼ばれる細菌の一種。さまざまな植物にこの枯草菌が付いているため、庭に生えているハーブを使って納豆を作ることができるのです。さらに、ドイツの住宅ではおなじみの暖房機器Heizungを使えば、ほったらかしでおいしい納豆の出来上がり!
乾燥大豆 | 1カップ |
お好みのハーブ | 適量 |
- 乾燥大豆を一晩浸水する。
- 吸水した大豆を圧力鍋で茹でる。圧がかかってから20分弱火で蒸したら、圧を解放する。
- お好みのハーブを用意する。枯草菌がなくならないよう、軽く水で流すくらいにしておく。春はネギ、夏はシソ、秋冬はパセリやセージのほか、ローズマリーやパクチーなどでも。分量としては、ネギの青い部分だと10cmを5本くらい、シソだと5〜6枚、パセリだと5〜6枝くらい。
- 蒸し上がった大豆とハーブを交互に容器に詰める。容器と蓋の間にふきんやキッチンペーパーを挟み、湿気が程よく逃げ、かつ乾燥しすぎないようにする。
- ❺Heizungの上にふきんを敷き、その上に❹を置いて12〜24時間寝かせる。表面が一部白くなり、乾燥して糸を引いていたらOK。
- 冷蔵庫で一晩寝かせて出来上がり。ハーブも一緒に食べてOK。多めに作って冷凍し、その都度解凍して食べてもおいしい。