バッハにベートーベン、シューマン、ブラームス、メンデルスゾーン……
ドイツが生んだ名音楽家は枚挙に暇がない。
彼らの偉業を讃え、意思を受け継ぎ、各地で開かれている音楽祭は、
この国を今なお音楽大国たらしめている。
歴史情緒あふれる会場で、世界トップレベルの作曲家や演奏家、指揮者、
次世代のクラシック界を担う若き才能が奏でる音楽に耳を傾けるというのは、
ドイツで味わえる至高の贅沢ではないだろうか。
(編集部:林 康子)
チケットはどう買う?
街を挙げて盛大に執り行われるドイツの音楽祭の人気は、毎年、チケット販売開始直後に売り切れが続出し、抽選で当たるチャンスも非常に低いという事実から推し量ることができる。チケットの販売は開催のおよそ数カ月~半年前に開始されるケースが多いので、行きたい音楽祭、観たい作品が決まったら、早速その音楽祭のウェブサイトで、販売開始日程を確認しよう。チケットの購入方法には、オンラインや電話予約のほか、音楽祭によっては現地のチケット販売所やツーリスト・インフォメーションで販売しているところもある。また、残席があれば、会場窓口で当日券を購入するという手もある。
何を着て行く?
オペラやクラシック・コンサートが上流階級の社交場だった時代は、タキシードにドレスと、完璧に正装をして鑑賞に出掛けたもの。しかし、時代とともに一般市民にも開放されるようになってからは、ドレスコードの許容範囲もかなり広まった。とはいえ、やはり日常から離れて気分転換をする特別な日には、雰囲気作りのためにも多少はお洒落に気を遣いたい。
男性なら白のYシャツにダークスーツ、それに適した色のネクタイと、アクセントに白いポケットチーフを使っても良いかも。そして女性はイブニングドレスやカクテルドレスにショール、そして足元を美しく見せるヒール、小さめのハンドバッグ、さりげないアクセサリーで上品さを演出してみよう。
どう振舞う?
開演時間に会場に着けば良いと思うことなかれ。座席の確認やクロークでのコート・手荷物の引き渡しなど、着いてからも何かと時間を取られる。遅くとも開演15~30分前には到着できるよう、余裕を持って出掛けよう。
開演前にラウンジで軽くシャンパンや白ワインをいただくのも楽しみの1つ。開演予告の最初の合図が鳴ったら、通路から離れた内側の席の人はこの合図でホールへ、通路に近い席の人は2回目の合図で中へ入ろう。これは、狭い座席間で観客がスムーズに着席するための工夫なのだ。そして3回目の合図でいよいよ開演!上演中はなるべく物音を立てないように気を付けよう。咳やくしゃみがどうしても止まらないときには、一時退席するなどの配慮も必要。
感動をどう表現する?
心を揺さぶられる見事な公演を観たら、誰しもその感動を演奏家や出演者に伝えたいと思うだろう。ただし、拍手するシーンというのは演目によって決まっていることがほとんど。ポイントが分からない場合は、周囲の拍手に合わせよう。「ブラボー!」などの声は、公演の最後に掛けることが通例とされている。
野外や古城で行われる音楽祭はドイツの夏の風物詩。
数ある音楽祭はどれも、毎回趣向を凝らしたプログラムで観客を魅了している。
さあ、あなたも爽やかな夏の風が運ぶ音の旅へ!
ここでは、ドイツの代表的な音楽祭を紹介しよう。
ドレスデン音楽祭
Dresdner Musikfestspiele
Neue Elbland Philharmonie,
Foto: PR
5月19日(水)~6月6日(日)
www.musikfestspiele.com
「1978年より毎年ドレスデンで国際音楽祭を開催する」──当時のドイツ民主共和国政府の通達によって始まった音楽祭はこれまでに、カラヤン率いるベルリン・フィルやニューヨーク交響楽団などの豪華ゲストを招いて盛大に行われてきた。「鉄のカーテン」崩壊20周年の今年は、ロシアをテーマに東西相互の音楽的な影響を振り返るプログラムが組まれる。
ヴュルツブルク・ モーツァルト音楽祭
Mozartfest in Würzburg
Kaisersaal 2009, ©Oliver Lang
6月5日(土)~7月4日(日)
www.mozartfest-wuerzburg.de
バイエルン国立音楽院の指揮者ヘルマン・ツィルヒャーが1921年にヴュルツブルクのレジデンツで「魔笛」を披露した際、「まるで指揮棒で宮殿の装飾をなぞっているようだった」と、モーツァルトとこの宮殿の相性の良さに感激したという。それ以来続く伝統的な音楽祭。今年は、注目の若手指揮者トーマス・ヘンゲルブロックがオープニングを飾る。
バッハ音楽祭
Bachfest in Leipzig
In der Thomaskirche, eine der Hauptwirkungsstätten J.S. Bachs, ©Bach-Archiv Leipzig
6月11日(金)~20日(日) www.bach-leipzig.de
ライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(音楽監督)を務め、数々の楽曲を生み出したバッハの功績を讃えるこの音楽祭は、1904年の初開催以来、1世紀以上の伝統を誇る。今年の主役はシューマンとブラームス。バッハの影響を色濃く受けた2人の楽曲が紹介される。また、改装オープンしたばかりのバッハ博物館では、直筆の楽譜などバッハゆかりの品々を観賞できる。
メクレンブルク= フォアポンメルン音楽祭
Festspiele Mecklenburg-Vorpommern
Klütz, Schloss Bothmer, ©FMV
6月13日(日)~9月12日(日)
www.festspiele-mv.de
今年、メクレンブルク=フォアポンメルン州の州都シュヴェーリンは建都850周年を迎える。さらに当地の音楽祭も20回の節目ということで、米国の偉才指揮者ケント・ナガノ率いるベルリン・ドイツ交響楽団などの大物ゲストを招いて盛大に催される。メインを飾るのは、ハンガリーの人気トランペット奏者ガーボル・ボルドツキが贈る13のコンサート。
ハイデルベルク古城音楽祭
Heidelberger Schlossfestspiele
Studentenprintz, ©Theater und Orchester Heidelberg
6月25日(金)~8月8日(日)
www.schlossfestspiele-heidelberg.de
中世ドイツの面影を色濃く残す街ハイデルベルクの古城を舞台に、コンサートから演劇、オペラ、ダンスまで100以上の催し物が繰り広げられる。目玉は、ハイデルベルク大学に通う学生と街宿の娘の恋模様を描いたオペレッタ「学生王子」。このほか、ハンガリーの若きソロ・チェリスト、アドリアーノ・シュヴァーベらによるコンサートも見逃せない!
ラインガウ音楽祭
Rheingau Musik Festival
Kurhaus Wiesbaden,
Foto: Heike Rost
6月26日(土)~ 8月28日(土)
www.rheingaufestival.de
1987年、音楽をこよなく愛するミヒャエル・ヘルマンが発起人となってエバーバッハ修道院で開かれた2つのコンサートは、今やクラシックからジャズ、カバレットまで、150を越える多彩なコンサートがライン川流域の40カ所で行われる、一大音楽祭に成長した。今回は、21世紀を代表する作曲家として名高いフィンランド人のカイア・サーリアホが登場。
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭
Schleswig-Holstein Musik Festival
Amadeus Chamber Orchestra of Polnisch Radio, ©K. Ziober
7月10日(土)~ 8月29日(日)
www.shmf.de
今年で25周年を迎える音楽祭。クラシック音楽は格調高いコンサートホールで聴くものという通念を打ち破り、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州内の古城や旧領主の館のほか、造船所や工場など一風変わった場所でコンサートが催される。また、この音楽祭の今年のテーマ国はポーランド。期間中は同国の最新音楽事情に触れられるプログラムが満載。
バイロイト音楽祭
Bayreuther Festpiele
7月25日(日)~ 8月28日(土)
www.bayreuther-festspiele.de
歌劇王リヒャルト・ワーグナーが1876年に、自作「ニーベルングの指環」を上演するために開いた音楽祭。上演されるのは「さまよえるオランダ人」「ワルキューレ」など7演目のみだが、その質の高さは世界中のファンを惹きつけ、チケット入手が最も困難な音楽祭としても有名だ。そこには、完璧さを求めたワーグナーの情熱が受け継がれていると言えよう。
モーリッツブルク音楽祭
Moritzburg Festival
©Moritzburg Festival
8月8日(日)~ 22日(日)
www.moritzburgfestival.de
ザクセンの豊かな自然に囲まれたモーリッツブルク城で行われる室内音楽祭。シューマンやブラームス、メンデルスゾーンなど、19世紀ドイツの偉大なロマン派音楽の作曲家の楽曲を著名なソリストたちが演奏する。今年のハイライトはベートーベンの交響曲第3番「英雄」。メキシコの若き奇才、アロンドラ・デ・ラ・パラの表現力豊かな指揮にご注目あれ!
ルール・トリエンナーレ
Ruhrtriennale
Gebläsehalle, Landschaftspark Duisburg-Nord ©Annette Jonak, Anne Lochmann
8月20日(金)~ 10月10日(日)
www.ruhrtriennale.de
2009、10、11年の3季にわたって開催されるトリエンナーレは、宗教と創造性の関係性に着目する。ユダヤ教を取り上げた昨年に続き、第2弾の今年はイスラム教がテーマ。エッセンの「ツォルフェライン(Zollverein)」をはじめ、ルール工業地帯を象徴する建物を会場で、音楽、演劇、オペラなどを通して知られざるイスラムの神話や文化が紹介される。
ベートーヴェン音楽祭
Beethovenfest
Beethovenhaus Kammermusiksaal ©Michael Sondermann
9月10日(金)~ 10月9日(土)
www.beethovenfest.de
1845年、ベートーヴェン生誕75周年を機にボン市内に建てられた記念碑の完成を祝って行われたのが同音楽祭の始まり。その後も市民のベートーヴェンへの想いに支えられて今日まで続けられ、1998年からは国内外の演奏家が集う毎年恒例の音楽祭となっている。今年のオープニングでは、ベートーヴェンの生涯がショートフィルムやビデオクリップで紹介される。
デュッセルドルフ・
シューマンフェスト
Schumannfest Düsseldorf
今年、ロマン派音楽を代表する作曲家ロベルト・シューマンは生誕200周年を迎える。多くの音楽祭がシューマンに焦点を当てた特別プログラムを組む中、デュッセルドルフの「シューマンフェスト」は、そのハイライトといえる存在だ。
デュッセルドルフは、シューマンが音楽監督を務めた街。妻クララや子どもたちと生活し、作曲活動に精を出した場所である。このシューマンゆかりの地で2年毎に行われるシューマンフェストは今年で11回目。記念年の今回は、シューマンが手掛けた全曲が披露される。
長年、「ブラームスには及ばない作曲家」と評されることが多かったシューマンだが、今日では彼の楽曲の斬新さ、豊かで鋭敏な表現力、当時としては画期的な作曲法が再評価され、演奏家や指揮者の間で信奉者が増えているという。
シューマン音楽の原風景が広がる街で、国内外から集結する一流音楽家の演奏に耳を傾け、この音楽家の生誕と彼が後世に遺した偉大な功績に乾杯しよう!
ロベルト・シューマン
1810年6月8日ツヴィッカウ生まれ。1830年にピアノ教師フリードリヒ・ヴィークのもとに弟子入りしてピアノ演奏を、翌年にはハインリヒ・ドルンに師事して作曲を学ぶ。1850年にデュッセルドルフ音楽監督に就任。1856年7月29日没。「トロイメライ」「交響曲第4番」などの作品が特に有名。
シューマンフェスト 注目プログラム!
● 夏の夜の夢 Sommernachtsträume
6月5日(土)19:00~ 40ユーロ
会場:Schloss Benrath
華麗なロココ建築のベンラート城で、室内楽から合唱、ピアノソロ、朗読まで一挙に盛りだくさんの公演が催される。
● シューマンの墓地参拝 Eine Reise nach Bonn
6月12日(土)9:30~18:15 25ユーロ(昼食29ユーロ)
集合場所:Schumann-Gedenkstätte, Bilker Str.15, 40213 Düsseldorf
精神障害に悩まされた末に生涯を閉じたシューマンが眠るボンの墓地を訪れるデュッセルドルフ発の日帰りバス旅行。ボンのベートーベン・ハウスではピアノコンサートも。
作曲家の意図は作品を聴けばわかるかもしれないが、実際にどんなことを考えていたのかはやはり気になるところ。公演を聴きながら彼らが遺した名言を思い出せば、彼らが伝えたかった想いにぐっと迫れるだろう。
音楽とは、あらゆる知恵や哲学よりも高度な啓示である。
私の音楽を理解する者は、
ほかの人々が背負っているような不幸からも
解き放たれるであろう。
ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)
政治、文学、人間、世界で起こっていることのすべてが
私を触発する。
あらゆる事象について私は自分なりに熟考し、
それが音楽となって吐露されるのだ。
ロベルト・シューマン(1810~1856)
音楽については多くのことが話されているのに、
十分に語り尽くされることはない。
私が思うに、言葉では足りないのだ。
もし言葉で語り尽くせるのであれば、
私はもう作曲などしないだろう。
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトロディ
(1809~1847)
愛が人間にとって大切であるように、
音楽は芸術と人間にとって大切である
カール・マリア・フォン・ヴェーバー(1786~1826)
交響曲はハイドンが現れて以来、単なる遊びではなく、
生と死に関わる問題になったのだ。
ヨハン・ブラームス(1833~1897)
音楽は、人が独りで音楽と向き合うことを望んでいる。
ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681~1767)
すべての音楽の狙いと最終的な目的は、
神への敬意と魂の浄化にほかならない。
それが考慮されない場合は本物の音楽とは言えず、
くだらないおしゃべりに過ぎない。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)
音楽公演は、演説と比べることができる。
演説者も音楽家も、公演内容と方法を
練り上げることに注力する。
つまり、いかに聴衆の心を奪い、感情を高ぶらせたり
抑えたりするかを考えるのである。
ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697~1773)