1人の熱狂的な美術蒐集家から始まったヨーロッパの磁器物語。18世紀、ザクセン王アウグスト2世の東洋磁器の美しさへの憧れが芸術家や職人を突き動かし、素材、フォルム、装飾、模様のすべてにおいて“最高級”の枕詞が付くマイセン磁器を生んだ。そして「白い金」と呼ばれたその磁器は、ドイツが世界に誇る逸品となったのである。今号では、工房設立300周年を迎えたマイセン磁器にスポットを当てる。
(編集部:林 康子 / 写真提供:Staatliche Porzellan-Manufaktur Meissen GmbH)
マイセン磁器300年の歩み
13世紀以降、ヨーロッパの貴族たちが中国から買い付けていた白磁。その贅沢品を当地で作れたら……という野望を持ったか否か、18世紀初頭、ザクセン王アウグスト2世(強王)の宮廷錬金術師ヨハン・フリードリヒ・ベットガーが、「無価値の素材から『金』を作れる」と言い放った。それを聞きつけた王は、それを証明させるために彼を幽閉。しかしベットガーはそこで、数学者で哲学者のエーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウスに説得されて陶器の製造に乗り出す。
そして1707年、赤い色の焼き物(ベットガー炻器 =Böttgersteinzeug®)、08年にはヨーロッパ初の白磁器(ベットガー磁器=Böttgerporzellan)の製造に成功。ベットガーがその成果を王に報告すると、10年1月23日に磁器製造の独占権を持つ「王立ザクセン磁器工場」がドレスデンに建てられ、さらに製造の秘密を守るため、6月6日に工房がマイセンのアルブレヒト城に移設されたのである。
その後の歴史
1861~ 64年 | マイセン磁器工房、近郊のトリービシュタールに移転(今日まで製造の拠点) |
1912~15、16年 | 工房内に磁器美術館建設。展示ホール(Schauhalle)がオープン |
1991年 | 6月26日、東西ドイツの成立に伴い、国立マイセン磁器製造所(Staatliche Porzellan-Manufaktur Meissen GmbH)設立 |
1996年 | 絵付け師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(Johann Gregorius Höroldt)*の生誕300周年 |
1998年 | 6月1日、国立マイセン磁器製造所マイセン磁器のファンクラブ「マイセン磁器友の会(Freunde des Meissener Porzellans)」設立 |
2000年 | 世界初、マイセン磁器製のパイプオルガンが完成 |
2005年 | 磁器美術館の拡大リニューアル・オープン |
2006年 | 彫刻家ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー**の生誕300周年 |
2007年 | ベットガー炻器、誕生300周年 |
* 7色の虹色を含む16色の新たな絵付け用の絵具を開発した絵付け師
** 様々な造形技術を開発、発展させ、マイセン磁器における人物や動物の彫刻品の基礎を打ち立てた彫刻家
トレードマーク「青い双剣」
Gekreuzte Schwerter
マイセン磁器の製造では機密保持が厳守され、従業員にも製造過程の一部のみが伝えられていた。しかし1718年にウィーンで競合を立ち上げようと考えた職人の1人、サミュエル・シュテルツェルが製造技術を盗み出そうとしたため、偽装防止措置として1722年、交差した青い2つの剣の模様がマイセン磁器のトレードマークに認定された。
玉ねぎ模様「ブルーオニオン」
Zwiebelmusterdekor
中国や日本の磁器の影響を色濃く受けていた初期のマイセン磁器。しかし東洋磁器に施されていた絵柄は菊の花や竹など、ヨーロッパ人には馴染みのないもので、ザクロもその1つだった。その模様を最初に見て玉ねぎと勘違いした絵付け師が、1939年に玉ねぎ模様の図案を作成。後に大ヒットする「ブルーオニオン」のきっかけとなった。
マイセン磁器の原料
Porzellanerde
初期の頃のマイセン磁器の製造には、エルツ山地の北麗の町アウエで採掘されるカオリン(磁器土)が使われていたが、1764年にある農家がマイセンから12km離れたザイリッツ村で偶然、カオリン鉱床を発見し、ここの白い土が磁器の製造に最適であることが判明。以来、ここで採掘されるカオリンが利用されている。
300年の歴史の中で、ヨーロッパの食卓やインテリアのあり方を規定してきたマイセン磁器のブランド。レアな素材から制作過程における磨き抜かれた職人技に至るまで、贅を尽くしたその品質は、今や世界中の磁器愛好家たちを虜にしている。
あらゆるスペースを瀟洒に飾る
18世紀初頭、マイセン磁器生誕期にケンドラーが編み出した造形に代表されるように、マイセン磁器の彫刻製品は、1つ1つ入念に彫り込まれたきめ細やかな装飾が特徴。オブジェ、壁飾り、照明、花瓶と実に豊富なバラエティを誇り、公共空間から広々としたオフィス、家のリビングルームまで、あらゆる空間を華麗に彩ってくれる。
女性の「美」を引き立たせる
近年、ジュエリーの分野でも躍進するマイセン磁器のブランド。特に、今年4月に行われた世界最大級のデザインの祭典「ミラノサローネ」(イタリア・ミラノ)に出展し、世界のジュエリー・ファンを魅了したMEISSEN Mystery®のコレクションは、女性らしさを最大限に引き出す上品な素材、色、フォルムのアンサンブルで人気を集めている。
食卓で、伝統とモダンが交わる
長らく上流階級の食卓に上ってきたマイセン磁器の食器。しかし今日、人々の食事スタイルは大きく変化し、ピザもスシもドイツ人の日常に定着している。国際色豊かな食生活を営む現代人の嗜好に合わせ、マイセンの食器はブルーオニオンなどの伝統を保持しながら、モダンなフォルムを取り入れる新しい試みを行っている。
300年の伝統を凝縮した、
今年だけの限定品
マイセン磁器工房は今年、300周年を記念して約40のプレミアム・コレクションを発表した。300年をかけて築き上げられた成果の集大成であるこのコレクションは、2011年に日本で開かれる「マイセン磁器誕生300周年-ザクセン王国の文化遺産」と題した巡回展でも披露される。
写真を通して眺めるだけで、目の保養になるマイセン磁器。しかし、それだけでは物足りない! 愛好家も、まだ本物を目にしたことがない人も、生誕300周年というこの機会にマイセン磁器工房を訪れ、五感を通してその魅力にはまってみてはいかがだろう。
Staatliche Porzellan-Manufaktur Meissen GmbH
Talstr.9, 01662 Meißen
www.meissen.com
マイセン・ブティック
MEISSEN®-Boutique
自分用に、あるいは大切な人への贈り物として欲しいという人へ。美術館に併設されたマイセン磁器のショップは、工房が誇る多種多様な品を取り揃えている。オーダーメイドでオリジナルの1品に仕上げてもらうことも可能。また世界30カ国、300の専門店でも購入できる。7月末には、ケルンにマイセン・ブティックが新規オープン(Wallrafplatz 3)。当ブティックに問い合わせて、オープニング招待券をゲットしよう!
E-Mail:
このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
Tel. 0221-2585677
カフェ&レストラン
Café & Restaurant
食材の色や風味を引き立たせるマイセン磁器の食器で、極上の食事はいかが? 工房のレストランのメニュー「マイセンの時間旅行(Meissener Zeitreise)」は、代表的な絵柄が施された食器で出される3品のコース(第2金曜19:00~、29ユーロ)。また、カフェの「ティー、コーヒー、ココア―3つの飲み物を楽しむ」というプログラムでは、これらの飲み物やマイセン磁器製の容器に関するレクチャーが施される(第3日曜、飲食代14.50ユーロ)。
レストラン11:00~、カフェ9:00~18:00
www.gastronomie-meissen.de
絵付け・クリエィティブセミナー
Mal- und Kreativkurse
熟練した職人の技の結晶であるマイセン磁器の模様を自ら描くことができるセミナー。初級から上級まで、レベルに合わせて工房のプロによる指導を受けられる。基礎コース(3日間:243ユーロ)は、紙の上に絵を描き、マイセン磁器の絵柄に対する理解を深めるというもの。そして絵付けコース(3日間:243ユーロ、5日間:490ユーロ)では、青の双剣や花、東洋の絵柄など、様々なモチーフの中から、自分の好きなものを選んで実際に磁器に絵を描いていく。
2010年のコース開催日程は、工房のウェブサイト参照
www.meissen.com
磁器美術館
Museum of MEISSEN® Art
約2万点におよぶマイセン磁器の歴代の作品を所蔵する美術館。その展示ホールでは、常時その中から3000点が披露されている。展示品は毎年入れ替えられるので、訪れるたびにマイセン磁器の新たな側面に出会える。高さ3.5メートルの宮廷用のセンターピースは、まさに圧巻! また、実演工房では轆轤(ろくろ)・成形作業、接合(像形磁器の各部分をつなぎ合わせる作業)、ブルーオニオンの絵付け、花模様・インド風の絵付けの工程を見学できる。
開館時間:9:00~18:00(11~4月は9:00~17:00)
入場料:8.50ユーロ
(割引4.50ユーロ、ファミリーチケット18.50ユーロ、6歳まで無料)
Der Meissener Porzellan-Zoo
für kleine und goße Kinder
マイセン磁器の動物園
12月31日(金)まで
古来より芸術家を惹き付けてきた動物の世界。マイセン磁器工房も例外ではなく、設立以来、様々な動物の像を、時にナチュラルに、時に威厳を放つよう誇張したスタイルで手掛けてきた。同展は、バロックやユーゲントシュティール期など、時代ごとに、動物に焦点を当てたマイセン磁器の歴史を俯瞰する。
300周年 特別展
All Nations are Welcome
文化、国境、宗教の架け橋としてのマイセン磁器
12月31日(金)まで
マイセン磁器は代々、君主や外交官、愛好家らによって贈呈品として世界中の人々の手に渡り、様々な民族、文化、宗教をつなぐ架け橋の役割を担ってきた。同展では、国際性、多様な文化や時代の影響を色濃く反映する作品を展示する。ハイライトは、18世紀ロシアの女帝エカチェリーナ2世が作らせた像形作品「Die Große」。
オープンデー
Tag der offenen Tür
10月23日(土)
実演工房は、あくまで訪問者のために特別に設置されているもの。オープンデーでは、実際に市場に出回る製品が作られている、工房のほぼすべての部屋が一般公開され、轆轤、成形、接合、絵付けの全工程を間近で見ることができる。秘密厳守、普段は未公開の工房の扉の奥を覗けば、マイセン磁器がぐっと身近に感じられるだろう。
10:00~17:00
入場料:8.50ユーロ(20人以上の団体1人6.50ユーロ)
Triumpf der blauen Schwerter
青い双剣の勝利
8月29日(日)まで
マイセン磁器誕生のきっかけを作った張本人、アウグスト2世が収集品を置くための「磁器の城」として建造したドレスデンの「日本宮殿」で、マイセン磁器の最初の約100年(1710~1815年)の作品が展示される。普段は未公開の数々の貴重な特別展示品が、バロックからビーダーマイヤー期の磁器文化を物語る。
開館時間:10:00~18:00 木~21:00 月曜休館
入場料:6ユーロ(割引3ユーロ) Japanisches Palais
住所:Palaisplatz 11, 01097 Dresden
www.skdmuseum.de
Der Stein der Weis(s)en
賢者の(白い)石
10月31日(日)まで
ベットガーが発明した繊細で上品な輝きを放つマイセン磁器は、アルブレヒト城の中でゴシック様式の堅い城壁に守られるようにして発展を遂げた。今日、この場所で育まれた技術を示す痕跡はないが、初期にここで多くの名作が生まれたのは事実。展示品は当時の作業の様子を想起させ、「見えない工房」を蘇らせる。
開館時間:10:00~18:00 水~21:00
入場料:8ユーロ(割引6ユーロ) Albrechtsburg Meissen
住所:Domplatz 1, 01662 Meißen
www.der-stein-der-weissen.de