ヴァイオリニスト葉加瀬太郎が
ドイツで初公演を行ったのは2011年。
このとき彼が聴衆に見せたのは、
クラシック音楽を愛して止まない演奏者としての顔だった。
あれから2年、ニューアルバム「JAPONISM」を引っ提げ、
葉加瀬太郎が再びドイツの地に降り立つ。
初のワールドツアーとなる今度の公演では、
彼のクリエイター、そしてエンターテイナーとしての
手腕が存分に発揮されると聞き、
そこに懸ける意気込みをうかがった。
1968年1月23日、大阪府生まれ。ヴァイオリニスト、作曲家、音楽プロデューサー。90年、東京藝術大学在学中にバンド『KRYZLER&KOMPANY』を結成し、ヴァイオリニストとしてメジャーデビュー。96年の同バンド解散後、ソロ活動を開始し、2002年に自身のレーベル「HATS」を立ち上げる。07年より英国を拠点に活動中。代表作に「情熱大陸」「Etupirka」「ひまわり」など。11年発表の初ベストアルバム「THE BSET OF TARO HAKASE」で日本ゴールドディスク大賞受賞。
まず、2011年のドイツ初公演のご感想をお聞かせいただけますか。
ロンドンでは、ずっとアコースティックな演奏形態のコンサートをしていて、そのメンバーを連れての演奏だったので、ホームグラウンドを離れたとは言え、いつもと同じ感覚で演奏することができました。ただ、僕にとってドイツ音楽というのは、小さな頃から心を掴んで離さず、大切にしてきたものなので、その故郷であるドイツで演奏するというのは、光栄であると同時に身が引き締まる想い、緊張もありました。
アルバムでは、雅楽師の東儀秀樹氏や三味線奏者の上妻宏光氏、尺八奏者の藤原道山氏とのコラボが実現しています。
3人とご一緒させていただいたのは、それぞれの楽器の達人、名手だからというわけではなく、彼らでなければならなかったからです。彼らは普通の演奏者ではなく、ご自身の音楽を作っていらっしゃるアーティストなので、その彼らと何かをやるというエッセンスが欲しかったのです。これほどビッグネームの方々が1つのプロジェクトのために集まってくれる機会はなかなかないので、実現してとても嬉しく思っています。
葉加瀬さんが世界に発信したい「日本」とは。
僕はロンドンと日本を往復する生活をしていますが、ロンドンから飛行機で成田空港に着いて、そこから夕方、東京に入っていく途中、レインボーブリッジを渡るときに果てしなく広がる大都会を見て、世界で一番大きな都会だと思うし、その中で大勢の日本人が真面目に生きているんだ考えると、すごく綺麗だなと思います。この街が出来上がっていること自体が、奇跡のような気がするのです。そんな気持ちを伝えたいですね。
8月には、その日本を象徴する富士山の山頂での演奏にチャレンジされましたね。
8月21日、富士山頂で「万讃歌」を披露
アルバムのリリース日に何かアクションを起こそうと、スタッフと考えていたのですが、奇しくも今夏、富士山が世界文化遺産に登録されたので、「これはもう、登るしかないでしょう」ということになりました。僕に逆らう権利はありませんので、身を挺して登りました(笑)。東京のラジオ局J-WAVEの企画で、僕が山を登る様子、さらに山頂での演奏を生放送することになったのですが、これまで山に登ったことは一度もなかったので、考えてみれば無茶な話ですよね。登る1週間前にウェアやシューズを揃え、3日前に東京の高尾山を登ってみましたが、何のリハーサルにもなりませんでした。登っている最中は「辛い」なんて簡単に言えないほど辛かったです。演奏も、山頂の気温は2度という極寒の中でしたから、もう気合と根性で弾き切ったという感じです。経験なしに無茶なことをするもんじゃないです。ただその分、スタッフと共に1つのことをやり遂げたという達成感はありました。
世界遺産と言えば、今度の公演先のケルンも、世界遺産の大聖堂を誇る街です。この街に対するイメージ、ここでやりたいことはありますか。
大聖堂はぜひ見たいです。それから、クラシック音楽ファンとして思うのは、オーボエ奏者の宮本文昭先生*がずっといらっしゃった街ということでしょうか。子ども心に、一流のオーケストラで首席として演奏している日本人奏者がいるということを誇りに感じていた記憶があります。そんなことを思い出したり、あるいはシューマンもここに立っただろう、メンデルスゾーンもブラームスも歩いたかもしれない……と思いながら、街を歩いてみたいと思います。
*オーボエ奏者。1982~99年、ケルン放送交響楽団で首席奏者を務めた。
初のワールドツアーは、葉加瀬バンドを連れての大々的な「エンターテインメント・ショー」になるそうですね。
バンドとして、僕のほかにドラム、パーカッション、キーボード、ベース、ギター、コンピューターを操作するマニピュレーター、ピアノ、チェロの8人が参加します。このメンバーに照明や音響、舞台、楽器のスタッフが加わり、総勢30人ほどの大所帯で各地を回ります。
今回のツアーは、これまで欧州で行ってきたような純粋なクラシック音楽の演奏とは一線を画すものになります。ケルン公演で可能かどうか検討中ですが、日本で1990年代に流行したディスコ「ジュリアナ東京」スタイルのダンスをしたり、インストゥルメンタル・バンドなのに、全員楽器を置いてひたすら踊る時間があったりと、観客も一緒に参加できる形を考えています。さらには照明を駆使し、目で見て楽しめる効果も追求していて、音楽を楽しく見せるためには何ができるのかということを考え、工夫しています。
富士山登頂も無事やり遂げ、一皮向けた音楽家、葉加瀬太郎の新たな一面が見られそうで、公演が楽しみです!
僕の音楽は、単純にロックンロールと言えるようなものでもなければ、ジャズでもありません。リズムがあって、ポピュラーな音楽のスタイルを基にエンターテインメントにし、観て聴いて、皆で一緒に踊って楽しめるヴァイオリンの可能性をいろいろと探しているつもりです。今の時代の、"エンターテインする"ヴァイオリン音楽だと捉えて聴いていただければと思います。