ドイツ語は難しい。しかし、ドイツ語が話せなければ生きていけない状況に身を置かれたら、捨て身で覚えるしかない。ドイツに暮らしたことがある人ならば、誰もが感じるこの切迫感。それはまさにサバイバル! でも、学んでいくと奥深くもあるのがドイツ語の面白さ。そこで今回は、様々な分野の方々にどのようにドイツ語を習得したかをインタビュー。ドイツ語学習に挫折しかかっている読者の皆さんにエールを送ります。(取材・文:見市 知)
日常生活でサバイバル!
「ドイツ人と深く話してみたい」
「学ぶ」から「使う」に意識が変化
柳原伸洋さん(38歳)
Nobuhiro YANAGIHARA
歴史研究者、ライター(伸井太一 として活動)、
東海大学文学部ヨーロッパ文明学科講師
● 在独歴:約5年
● ドイツ語学習歴:19年
● 最初の渡独時の年齢:23歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:ほぼゼロでした。 Bahnhof, Hilfe, Polizeiなどの数単語だけ、渡独前に必死に覚えました
マンガ『MASTER キートン』(作画・浦沢直樹)が好きで、高校生くらいからドイツの歴史に興味を持つようになりました。大学時代、友人が留学していたドイツにバッグパッカーとして遊びに行ったのが、最初のドイツ体験です。そのときドイツで出会った人たちやドイツの社会に興味が湧いて、ドイツ人ともっと深く話せるようになりたいと思ったのです。ドイツ語を「学ぶもの」ではなく「使うもの」として意識した最初の体験でした。だから、日本でドイツ語を学習している学生には、1週間でもドイツに行って来たらいいよ、とよく勧めます。言葉に対する感覚を得る経験は本当に貴重ですから。
しかし、実際ドイツに住んでみると、役所の手続きでまずてこずりました。その後、奮起するようになったきっかけは挙げればきりがありません。ドイツで盲腸の手術をしたり、泥棒に入られたり、子供が生まれたことなどが大きかったですね。それと、日本の高校でドイツ語講師をしていたことがあるのですが、そのときの上達ぶりといったらなかった(笑)。何ごとも、人に教えることで上達するというのは本当だと思いました。
初心者時代に心がけていたことは、とにかく分からないことがあったらその場で辞書を引くか、恥ずかしがらずに会話相手に聞き返すということです。聞き返すのには勇気がいりますが、そうやって聞いて覚えたことは忘れません。あと、「もっとゆっくりしゃべってください(Bitte sprechen Sie langsamer.)」は定番フレーズでしたね。
語学学習は、ほかの資格などの勉強と異なって非常に感情的な作業だと思います。だから、泣いて怒って笑って、楽しんで学習を進めるといいと思います。詩を暗唱してドイツ語の響きをただ楽しんでみるのも良いかも。ケストナーやリルケがお薦めです。
ドイツ語学習の味方はコレ!
ドイツ語のオーディオブックの中で、「好きな声」を見つけて、繰り返し聞く。好きな声だと断然耳に残ります。ドイツ語学習ペンを使うと、音声が出るオーディオブックもあります。自分がドイツ語を話す声を吹き込んで聞くのもお勧めです。
芸術の世界でサバイバル!
自己表現へのこだわり
耳と感覚で覚えたドイツ語
森優貴さん(38歳)
Yuki MORI
振付家、ダンサー、 レーゲンスブルク歌劇場
ダンスカンパニー芸術監督
● 在独歴:約19年
● ドイツ語学習歴:15年
● 最初の渡独時の年齢:18歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:全くできませんでした
18歳で渡独してから、ハンブルクバレエ団付属バレエスクールをはじめに、ニュルンベルクとハノーファーのバレエ団に所属しました。世界各国からダンサーが集まって来るので、ドイツのダンスカンパニーでのダンサーの共通語は大概英語なのです。ドイツ語を学ぶ必要が生じたのは、ダンサー以外の劇場関係者、芸術監督などとのコミュニケーションにおいてでした。
僕はドイツ語学習において、いわゆるドイツ語学習教材を一切使ってきませんでした。すべて耳で聞いて、まねして繰り返し使うことで身に着けてきました。幸い職業柄なのか音を聞き取る感覚はあって、発音で苦労したことはありません。日本人が苦労すると言われるLとRの聞き分けや、ウムラウトの発音なども。だからこそ、今でも聞き取る感覚は大切にしています。
20代のときはダンサーとして、ドイツ語と英語を織り交ぜたコミュニケーションで特に困ることはありませんでしたが、現在の劇場に芸術監督として就任したときから、状況は大きく変わりました。市の評議会や劇場内での会議、プレスへの対応など、「正しいドイツ語」を話す能力を求められる場面が増えました。あるとき面と向かって、「あなたのドイツ語もずいぶんうまくなったわよ」と言われたときには一瞬、悔しい気持ちになりましたね。
一方で、よくドイツ人から「ドイツ人が使わないドイツ語の表現や言い回しをするね」と言われるのですが、それが逆に興味深く、感覚的にイメージしやすいと言われることがあります。僕が心がけているのは、言わんとしていることの本質を、明確に伝えたいということです。ダンスというのは、言葉を使用しない身体表現を用いた舞台芸術です。職業柄、自分自身を表現することへのこだわりが強いのでしょうね。
ドイツ語学習の味方はコレ!
相手が話すことを聞き取り、まね、繰り返し…… 聞いて話す事をひたすらやってきました。音で聞いて覚えるやり方は自信にもつながります。洋楽を聞き覚えでまねて歌うような感覚です。だから、僕のドイツ語学習の味方は同僚たちですね。
サッカーでサバイバル!
「Achtung!」が分からず
必死で覚えたトレーニング用語
安藤梢さん(33歳)
Kozue ANDO
サッカー選手
SGS Essen所属
● 在独歴:6年半
● ドイツ語学習歴:6年半
● 最初の渡独時の年齢:26歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:全くできませんでした
ドイツのサッカーチームに移籍して、必然的にドイツ語を学ばなければならない状況に置かれました。最初のころはドイツ語が全然できなかったのですが、チームメイトに食事やパーティーに誘われたら、なるべく行くようにしていました。みんなが笑って盛り上がっていても一人だけその輪に入れなかったり、そのときはつらかったですが、分からない言葉を聞き返すとチームメイトが丁寧に教えてくれたので、とても勉強になりました。
やはりトレーニングで必要な言葉からどんどん覚えました。監督に「右」「左」「1と言ったらオレンジのボールを、2と言ったら緑のボールを」などと指示されて、すぐに反応しないといけないので、それは必死で覚えましたね。次の日のトレーニングの時間や予定もドイツ語で聞き取らなければならないので、時間や曜日のドイツ語もすぐに覚えました。
本当に体で覚えたドイツ語としては「危ない!(Achtung! )」があります。練習が終わってゴールを運んでいるときに、ボールがこちらに飛んできたんです。そのとき誰かが「Achtung!」と言ってくれたのに、意味が分からなくてよけられず、ボールが頭にぶつかりました。文字通り、痛い思いをして覚えた言葉です(笑)。
自分の言いたいことを表現したり、ドイツ人とケンカして言い負かすのはまだまだ苦手ですが、監督の言っていることもドイツ語のサッカー解説も、今ではかなり理解できるようになりました。
ドイツ語を一生懸命勉強したら、どんどん使って自分の考えを表現したり、自分をアピールしないと意味がないと思っています。黙っていると意見がないと思われてしまう。片言でも自分の意見を言うように心がけたら、チームメイトとの関係がみるみる良くなりました。ドイツ語の知識を頭に入れるだけでなく、その知識を使う場を見つけて積極的に使うことが、上達への早道だと思います。
ドイツ語学習の味方はコレ!
サッカー用語を友達にドイツ語と日本語で録音して もらい、遠征先のホテルでそれを毎晩聞きました。 ドイツ語が分からなかったときも、チームメイトからの誘いはできるだけ断らず行くようにして、ドイツ語に触れる機会を積極的に持つようにしました。
出産&育児でサバイバル!
ドイツ人の親子教室に参加
子育ての中でコミュニケーション
近藤真梨子さん(31歳)
Mariko KONDO
主婦/ドイツで出産。
1歳半の男の子のママ
● 在独歴:約2年
● ドイツ語学習歴:1年3カ月
● 最初の渡独時の年齢:30歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:自己紹介ができる程度
ドイツで出産、育児をするにあたって、少しでも話せた方が便利だと思ったのが、ドイツ語を学習し始めたきっかけです。それにせっかくドイツにいるのだから、ドイツ人の友達が欲しい、ドイツ人とドイツ語で会話したいと思いました。
子供が生まれて「PEKIP」という親子教室に参加しました。ドイツ人向けのサークルなので、最初は会話や説明の内容が全く分からなかったのですが、ドイツ語を少しでも聞く機会になると思って通っていました。そこで子供についての1週間の簡単な振り返りを話すのですが、何回も通っているうちにそれを、私もドイツ語でチャレンジするようになりました。そのうち、ドイツ語が流ちょうなアジア人のママ友ができて、ドイツでの子育てについて教えてもらうようになり、またそのことが、もっとたくさん話したいと思えるきっかけになったと思います。パン屋さんでも、最初は商品名が分からず指さしで注文していたのですが、そのうち「これの名前は何ですか?(Wie heißt das?)」と聞いて覚えるようにしました。またドイツ語をしゃべるときはとにかく、はっきり大きな声でしゃべることを心がけています。
ドイツでは小さな子供を連れていると、年配の方などに話しかけられることがよくあります。何歳なのか? 男の子なのか、女の子なのか? ということをまず最初に聞かれるのですが、最近ではそれよりもう少し踏み込んだ会話ができるようになり楽しいです。
ドイツ語学習の味方はコレ!
Memriseという語学学習のためのアプリで、ちょっとした空き時間にドイツ語に触れる時間を作りました。小さな子供がいると、ゆっくり机に座ってパソコンに向かうという勉強方法がやりにくいので、リスニング 教材を聞くのにもスマートフォンを活用しました。
留学でサバイバル!
暗記は有効な学習法
コツコツ型勉強+積極性で上達
天満江里さん(24歳)
Eri TENMA
Heinrich-Heine-Universität Düsseldorf,
Modernes Japan修士課程在籍
● 在独歴:1年8カ月
● ドイツ語学習歴:5年3カ月
● 最初の渡独時の年齢:19歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:A2
ドイツ語は大学で習い始めました。まずは、教科書に載っている会話文を暗記するようにしました。暗記するだけで語学力が伸びるとは思いませんでしたが、ある文章を完全に暗記しておけば、単語を入れ替えるだけで様々な場面に使えるんですよね。自分の仕事や勉強、生活に必要な文型や単語を優先して覚えておいて、暗記したものを上手に組み合わせることによって、ドイツ語で話せる分野の幅が広がります。
机の上での勉強から始まったドイツ語学習でしたが、上達したきっかけはやはり、ドイツで暮らす中で積極的に話すようになったこと。最初は相手との意思疎通がなかなかできず、くじけそうになりましたが、そのような段階を過ぎるとあるとき急に、相手の言っていることが分かり、自分の言いたいこともすらすら出てくるようになりました。
「13歳以降に学習を始めた言語は、ネイティブスピーカーレベルには到達できない」という説がありますが、「それなら!」と少し開き直って、間違えてもいいからとにかく話すことを心がけています。「完璧に正しく話すこと」が言葉を使う目的ではなく、意思疎通をすることが目的だと思うので、「まず話す」ことを大事にしています。
ドイツ語学習の味方はコレ!
聞き取りが一番苦手だったので、それを克服するためにドイツの学術的な内容を放送しているラジオを聞きました。同じ番組を繰り返し聞いて、分からない単語を書き出して意味を調べる……この作業を、内容が完全に分かるまでやりました。
接客対応でサバイバル!
「間違ってもいいんだ」と発見
何を伝えたいかをイメージする
田中真一さん(46歳)
和食料理人
● 在独歴:約10年
● ドイツ語学習歴:現地の語学学校に3カ月、インターネット講座半年、その後タンデムパートナーがいたりいなかったり……
● 最初の渡独時の年齢:37歳
● 最初の渡独時のドイツ語力:「グーテンターク」くらいしか知りませんでした
日本ではカウンターで調理・接客をしていたので、ドイツでもお客さんともっとコミュニケーションをとれるようになりたいと思ったのが、ドイツ語を学習するきっかけでした。カウンターに立っていると、お客さんから食材や巻きずしの作り方などについて質問されることが多いのですが、会話ができないのがもどかしかったのです。
それで渡独3年目でドイツ語学校に通い始めました。授業では、トルコ人やロシア人、ラテン系ヨーロッパ人の生徒たちが、間違っても堂々と積極的に話している姿を見て圧倒されました。それまでは、文法や発音を間違ってはいけないということにとらわれていたのですが、「あ、間違ってもいいんだ!」と勇気をもらえたんです。
渡独4~5年くらいで、受け身で質問に答えるだけでなく、こちらからお客さんに話しかけることができるようになりました。7~8年経った頃には、ドイツ人の業者相手にクレームを言うこともできるようになりました。
ドイツ語を使う上でいつも心がけていることは、何を伝えたいか、何を話したいかをしっかりイメージしておくことです。ドイツ人相手にクレームを言いに行って、それが通じたときの爽快感は言葉にできないですよね。「これを伝えたい」というストレートな思いがあると、それが力になって言葉がそこに乗っかり、相手に伝わる。それを経験すると、ドイツ生活がガラリと変わって見えてきます。ドイツ人も、何も気難しい人たちばかりじゃないんだなって気づきました。
ドイツ語学習の味方はコレ!
すでに日本語で観たことのある映画のDVDをドイツ語で観るようにしています。ドイツ語のフレーズやニュアンスを耳になじませる訓練になります。私が特に好きな映画は『スターウォーズ』で、ドイツ語版DVDと日本語版ブルーレイを持っています。
「中二病*で学ぶドイツ語」の仕掛人が教える
異色のドイツ語学習法とは?
昨年12月、東京で日独協会が主催したドイツ語圏文化セミナーの「中二病で学ぶドイツ語」。「日本のサブカルチャーに登場する『カッコいいけれども少し妄想がかった』中二病的ドイツ語のヴォルト(単語)やザッツ(文)から、ドイチェ・ヴェルト(ドイツ語世界)に接近してみませんか?」との異色の趣向がネット上で話題を呼び、当初の予想に反して満席となったこのイベント、仕掛人の伸井太一さんにお話を伺いました。
同イベントのアイデアはどこから生まれたのですか?
伸井(以下N):ドイツ語への入り方はいろいろあって良いと思っていて、このイベントは、「響きから入ったらどうなるか?」という発想です。だから最初に言うんです、「このセミナーに参加しても、絶対にドイツ語ができるようにはなりません」って(笑)。
「ドイツ語が上達するわけではない」このセミナーが目指しているものは何ですか?
N:ドイツ語を楽しんでもらうことですね。例えばアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(監督:庵野秀明)に出てくる組織名に「ネルフ(NERV)」とか「ゼーレ(SEELE)」というのがあって、これはドイツ語で「神経」と「魂」という意味。それを知ると、エヴァンゲリオンの組織の関係性がより深く理解できるじゃないですか。
このセミナーに参加して「ドイツ語勉強したい!」と思うようになる人って、どのくらいいるんでしょうか?
N:100人中3人いてくれたらいいかなと思っています。ちなみに前回が好評だったため、今年度は「中二病…」をテーマに、東京以外の日独協会さんも巡回する予定です。
「中二病で学ぶドイツ語」についてのお問い合わせ
日独協会 www.jdg.or.jp/inquiry
(写真は日独協会Facebookから引用)
*「中二病」とは?
中学2年生くらいの思春期にありがちな、背伸びしがちな言動、自己愛に満ちた空想や思考をやゆするネットスラング。